「チームの力になりたい!」―必死のリハビリで復帰を目指す湯浅京己(阪神タイガース)
■チームの力になりたい
「チームの力になりたいんですよ…」。
つらそうな、なんともいえない表情で言葉を紡ぐのは、阪神タイガースの湯浅京己投手。
大一番に向かう大事な時期に、しかもブルペン陣の疲労がたまっているときに、ともに戦えない歯がゆさ、もどかしさ、心苦しさ…。
一日も早く戻って、仲間の疲労や負担を軽減したい―。その思いだけで、リハビリを進めている。
■まさかの左脇腹の筋挫傷(肉離れ)
今季はWBCから帰ってきてすぐ、開幕からクローザーとして11試合で7試合に登板とフル回転からスタートした。が、昨秋からオフもなく走り続けてきた疲労もたたり、前腕を痛めて戦線を離脱した。
クローザーとしての責任感から早々に復帰したが、あとから思えば見切り発車だった。投げていくうちによくなるだろうというのは希望的観測に過ぎず、思うようなボールが投げられずに救援失敗。完全に不安を払拭するために、再度リハビリを余儀なくされた。
そして、ようやく…本当にようやく完全回復し、7月26日のウエスタン・リーグの福岡ソフトバンクホークス戦(鳴尾浜球場)で1回をわずか9球で三者凡退に抑え、復帰登板を果たした。最速は152キロを計測した。
同29日、30日は昇格前の「連投テスト」として同リーグ・広島東洋カープ戦(丸亀球場)に登板した。
1試合目は二俣翔一選手に二塁打を許しはしたが、2三振を奪って無失点。翌2試合目。韮澤雄也選手を右飛に、続く名原典彦選手を空振り三振に斬ったときの、その3球目のスライダーを投げた瞬間だった。左脇腹に衝撃が走った。
「ブリッて…ブルッときた。肉がズレた感じ」。
「リ」と「ル」の間のような音を巻き舌で発音する。植田海選手は先日、右脚を痛めたときに「ブチッと…きゅるんってなった」と表現していたが、「そう!そんな感じ。肉離れになった人、みんな言いますよ」と、なった人間にしかわからない共通の感覚だと強調する。
翌日、病院で左脇腹の筋挫傷と診断された。昇格を見送られたのはもちろんだが、再びリハビリ生活に舞い戻ることとなった。
それにしても、“その瞬間”に自分でも「肉離れだ!」と自覚したというのに黙って続投し、3人目の打者・中村貴浩選手を3球三振に抑えるとは…。今考えると怖ろしい。
「別にそこまで痛くなかったから…」。
まさに投手の本能なのだろう。目の前に打者がいたら抑える。アドレナリンが痛みを麻痺させていたのだ。
■親身になって心配してくれるダルビッシュ投手
しかし、その後は痛みとの戦いだった。箇所が箇所だけに笑うだけでもかなり痛い。鳴尾浜球場に通う車の運転もきつかった。ちょっとした段差をタイヤが踏むときにも激痛が走った。
当初は「何もできなかったです。ウォーキングすらできないし」と、治療に専念した。「微弱電流を流す治療器を持っているので、家でも自分でずっと当てていました」と、限られた中でできることをした。
故障を知るや、すぐに連絡をくれたのは、またしてもダルビッシュ有投手(サンディエゴ・パドレス)だった。
前腕を痛めたときも「青魚や炭水化物を多めに摂ったほうがいいよ」と教えてくれ、必要なサプリメントや効果的な摂り方までもアドバイスしてくれた。今回も心配し、とても気にかけてくれている。
「いろいろと教えてもらった。めちゃくちゃ優しくていい人」。
大先輩に対して、何もない平常時に自分から気軽に連絡はしづらい。ケガしたことで尊敬するダルビッシュ投手と連絡をとることができ、さまざまなことを教われた。感謝の念でいっぱいだ。
つらい中でも「ケガしてなかったらわからなかったことだっていっぱいあったし、いろいろ学べたことがあった」と、光明を見つけてポジティブに変換できるのは湯浅投手の強いところで、これまでもずっとそうしてきた。
いや、それができるから、湯浅投手は強いのだ。
■これまで以上に体のことを考える
そして、自分ともじっくり向き合った。前腕、脇腹と肉離れが続いたことで、あらためて体について考えた。体に関する本を読み込んだり、食事を見直したりもした。
「今までもバランスいい食事というのは意識していたけど、大雑把だった。必要な栄養とかをもっと細かく考えて食べるようにしています。肉離れしづらい体にするために」。
必要な栄養素は食事から摂取したほうが効率がいい。サプリメントに頼るのではなく、まずは食物から吸収し、それでも足りないものをサプリで補う。球団の管理栄養士・吉谷佳代先生から指導を受け、しっかり自己管理している。
「だから毎日スーパーに行ってますよ(笑)」。
母・衣子さんが作って冷凍してくれたりもしているが、自分でも魚類や大豆製品などを買って食卓に並べる。といっても買うのはでき上ったものばかりで、「火傷とか包丁で切ったりとかケガする可能性がゼロではない。リスクを冒してまでやる必要はないから」と調理はしない。アスリートとしての意識の高さだ。
また、「今まで以上にとるようにしている」と、睡眠も重視している。夜中に目を覚ましても、これまではついついスマホを見てしまっていたが、それもやめた。
寝具にも投資し、質と時間の両方を求めて睡眠を確保している。睡眠中に分泌される成長ホルモンも、アスリートにとっては非常に重要だ。
これまでも高い意識をもって生活してきたが、負傷後はあらためてすべてにおいて体のことを考えて過ごしている。
■サウナを活用
故障発生直後の急性期はアイシングなどで冷やさねばならなかったのが、それを過ぎると今度は血流を促すために全身を温めることが必要になる。効果的だったのが、以前から好きなサウナと岩盤浴だ。
虎風荘のお風呂でも交代浴をしたりサウナに入ったりしていたのだが、「水風呂がぬるいから効果がね…」と一般のプライベートサウナに通っている。自らネットで検索して、あちこち“冒険”するのは得意だ。
ひとりで行くときもあれば、仲よしの「がんさん」こと岩田将貴投手と出かけるときもある。岩田投手と一緒のときはおしゃべりするが、「ひとりのときはボーッとします。なんも考えてないですよ。無になるのがサウナなんで」と、“サウナーの心得”も教えてくれた。
「汗をかくので気持ちいい。スッキリするんすよ」というサウナに比べて、温まるのに時間がかかる岩盤浴は「じんわり汗をかく。サウナと違って芯から温まる」と、どちらも血流をよくし、患部の回復を促進するにはいいようだ。
■キャッチボールに笑顔が弾ける
最初の2週間ほどは痛みもあり、患部を触ることもできず、なんといっても箇所が箇所なだけにできることがほぼなく、屋内で治療に努めた。
屋外に出られるようになってからはウォーキング、少し経ってジョグなども始め、痛みがなくなってからはダッシュやウエイトもできるようになった。
ようやくMRI検査で完治が認められ、トレーニングは制限なくできるようになり、キャッチボールも再開した。
初日は20m、翌日は距離を伸ばして30mを約10分間だったが、福本剛トレーナーを相手に力強く投げ込んだ。全身からはボールを投げられる喜びがあふれていた。
ウォーキングやランニングのときもよくボールを手にしていたが、投げられなくても指先の感覚は常に忘れないようにしていた。
3日目、4日目にはさらに距離と時間を伸ばし、40mを約15分間。怖さもまったくないという。
「気持ちいいっす。やっぱ外でやったほうが解放感があります」。
いつもニコニコしているが、状態のよさからか練習中の笑顔がより輝いているように見える。すでにアップも本隊に合流しており、切り返しなども大丈夫だ。これからはできることもどんどん増えていく。
「ずっとほとんど何もできてなかったんで、投げるための筋力とかを少しずつ戻していかないといけない。トレーニングでしっかり体を戻す、強くする」。
ただ、一気に上げるのは危険だ。なんといっても再発することがもっともよくないと、本人も自覚している。強化とともに再発しないように取り組んでいく。
■アツアツピッチングで2023年を締めくくる
日々状態を観察しながらになるが、ブルペンに入れる日もそう遠くないだろう。このまま順調にいけば、リーグ戦は難しくともクライマックス・シリーズには間に合うのではないかと期待が高まる。いやリーグ戦も、もし雨天中止などで後ろに振り替えられれば可能性は出てくるのではないだろうか…。
まだブルペンにも入っていないのに、元気な姿を見ているとついつい気が逸ってしまう。
湯浅投手自身もとにかく「チームの力になりたい」との、その一心で取り組んでいる。
「中継ぎ陣、絶対に今疲れてきていると思います。少しでも力になりたいって思ってるんで。どんな場面でも、どんな展開でもチームの力になれれば…」。
連日試合中継を見ながら、投手が打たれると心を痛め、チームのためならなんでもしたいと気持ちをたぎらせている。投げるポジションにこだわりはなく、とにかくチームの一員として、勝つための1ピースとして、早く戻って腕を振りたい―。
また、2023年シーズンを「悪い印象のままで終わりたくない」という思いもある。今一度、いい状態の自分をファンの前で披露したい、湯浅京己らしい姿で締めくくりたい、と。
我々はまた、アツアツのピッチングが見られることを楽しみに待とう。
(撮影はすべて筆者)