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ドイツが取得する大気圏外迎撃ミサイル「アロー3」の迎撃対象の推定:ロシア対策ではない?

JSF軍事/生き物ライター
IAI資料[ARROW Weapon System]よりアロー3大気圏外迎撃体

 ドイツはイスラエル製の「アロー3」防空システムの取得を計画しています。これは弾道ミサイル防衛システムの大機圏外迎撃ミサイルです。ロシアによるウクライナ侵攻以降に取得計画が持ち上がっているので、ほとんど全ての報道では対ロシア用と説明されていますが、しかし大きな疑問点があります。そもそも迎撃目標は一体何なのですか?

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アロー3はイスカンデルを迎撃できない

 アロー3は大気圏外迎撃ミサイルなので、迎撃可能な最低高度は70km以上になるでしょう(アメリカの大気圏外迎撃ミサイルSM-3の性能から類推)。これより低い空気の密度が濃い高度では、小型の人工衛星のような空力を全く考慮していない迎撃体が機動できません。しかしロシアの短距離弾道ミサイル「イスカンデル」とその派生型「キンジャール」は通常の弾道ミサイルとは異なり、高度50km以下を滑空跳躍しながら飛行してきます。つまりアロー3はこれらを全く迎撃できません。高度25~30kmを飛んで来る極超音速巡航ミサイル「ツィルコン」も迎撃できません。

 なお高層用のアロー3に対して低層用である「アロー2」ならば迎撃可能高度は10~50kmと発表されており、イスカンデルの迎撃が可能ですが、ドイツではアロー2取得について何も報道がありません。アロー2の後継で極超音速兵器の迎撃にも対応した開発中の新型迎撃ミサイル「アロー4」についてもドイツでは取得について報道が全く無く、ドイツ政府が計画しているのはアロー3の取得のみです。

 もしもドイツ政府がイスカンデルやキンジャールの迎撃を第一に考えているなら真っ先にアロー2とアロー4を取得する計画になっていないとおかしい筈ですが、そのような話が全く出ていません。つまりこれらは迎撃対象ではないと考えられます。

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アロー3でICBMの迎撃は難しい

 ロシアはINF条約に従って中距離弾道ミサイルを保有しておらず、INF条約失効後も中距離弾道ミサイルの新規開発計画がありません(RS-26ルベーシュは計画中止)。すると大気圏外迎撃ミサイルのアロー3で交戦できそうなロシアの大気圏外飛行目標はICBM(大陸間弾道ミサイル)とSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)しか残っていませんが、しかしそもそもアロー3はイランのIRBM(中距離弾道ミサイル)の迎撃を目的に開発された防空システムです。ICBMは想定に無い目標であまりに高速過ぎて、迎撃は不可能ではないですが著しく困難でしょう。

 それともアロー3がICBMを迎撃可能という既知ではない新事実があるのでしょうか? しかしドイツもイスラエルもそのようなことは一切何も説明していません。

アロー3はIRBMの迎撃は可能

 イスカンデルは迎撃不可能、ICBMは迎撃困難。ではアロー3の迎撃目標は一体何なのでしょうか? ドイツ政府は何も詳しく説明しておらず、ドイツの報道でもこれに触れたものがありません。しかし現実にアロー3購入の話が進んでいます。総額が数千億円を確実に超える大型商談がドイツ国民への詳しい説明が全く無いまま進行しているのは異様な光景です。野党やメディアは一体何をしているのでしょうか。

 消去法で考えられるのは「アロー3の迎撃目標はイランのIRBMである」という可能性です。欧州の対イラン用の弾道ミサイル防衛システムは既にアメリカが用意したイージスアショア2基(ルーマニアとポーランドに配備)がありますが、これは長大な迎撃範囲を持つSM-3ブロック2A迎撃ミサイルで欧州全域を防空するシステムです。ドイツ政府はこれとは別にドイツのみを防空するアロー3を用意する計画を立てているのではないでしょうか? アロー3は対ロシア用ではなく対イラン用であり、ドイツ政府はわざと詳しく説明していない可能性があります。

 なお現在イランは自国の弾道ミサイルの射程を2000km以下に自主規制して「欧州を狙う気はない」という態度を保っていますが、開発能力的にはもっと射程の長いミサイルを製作する技術は十分にあり、決断すれば短期間のうちに実用化できるでしょう。射程2800~3500kmもあればイランからドイツへの直撃が可能になります。

アロー3の射程は2400kmではない

 なおアロー3の性能について「公称射程2400km」という数字がありますが、これは誤解であり間違っている可能性が高いと考えます。というのもイスラエルの迎撃ミサイルの公表性能数値は独特な表記の場合があり、例えば有名なアイアンドーム防空システムの「70km」という数字は自身の射程の意味ではなく、想定している「迎撃目標のロケット弾の射程」の上限になります。実はアイアンドーム防空システムのタミル迎撃ミサイルの有効射程は数kmしかありません(小型高速目標の対ロケット弾想定、ドローンなど低速目標が相手なら有効射程はもう少し長い)。

 つまり同様にアロー3の公表スペックの2400kmとは「迎撃目標のIRBMの射程」のことではないでしょうか。これはイラン東部からイスラエルを狙うIRBMの射程と概ね一致します(※なおイランはまだこの射程のIRBMを保有していない)。しかもこの2400kmという数値自体もアロー3の限界を指すものではなく、「イランのIRBMが迎撃目標である」というイスラエルの意思表示の意味合いでしかない可能性があります。過剰に長い射程の迎撃目標の想定をしてしまうと、イスラエルの仮想敵国は一体何処なのかと勘繰られてしまうからです。

 またイスラエルの国土面積を考えると迎撃ミサイルが射程2400kmはあまりに過剰で、射程200kmもあれば全国土を守れてしまいます。この点を考えるとアロー3の有効射程は余裕を持っていたとしても数百kmもあれば十分でしょう。

アロー3はドイツの3カ所に配備予定

 ドイツが計画しているアロー3取得はRND(ドイツ報道ネットワーク)によると3セットが予定されています。配備予定地はドイツ北部(シュレースヴィヒ=ホルシュタイン州)、ドイツ南部(バイエルン州)、そしてドイツ東部(首都ベルリンの100km南南西にあるザクセン=アンハルト州イェッセン近郊のホルツドルフ空軍基地)です。

 もしもアロー3の有効射程が2400kmもあるなら、700km四方の狭いドイツ国内に3カ所も配備する必要がありません。仮に欧州全域を守る気でいるならば配備箇所はドイツに限定せず欧州全域で広く分散すべきですし、他の欧州各国に購入資金の供出を求めるなどをして然るべきですが、現時点ではそのような動きはありません。

 つまりこのアロー3を狭いドイツ国内3カ所に配備するという計画は、アロー3の有効射程は数百kmであり(推定500~600km?)、ドイツ周辺のみを守る計画である可能性が高いでしょう。ドイツの北部、南部、東部(ベルリン近郊)に配備して西部にわざと置かないのは、ドイツの西にあるフランスの首都パリをこれで守る気が無い意図が窺えます。

※ドイツは自らが主導する防空システムの共同調達枠組み「欧州スカイシールド・イニシアチブ(ESSI)」では現在までのところフランス・イタリアを入れる気が無く、フランス・イタリア側からはイスラエル・アメリカ製のアロー3ではなく欧州製の防空ステム(つまりフランス・イタリアが主導できるMBDA製)を採用すべきと反発されている。

Google地図よりドイツ東部、北部、南部から半径500kmの円
Google地図よりドイツ東部、北部、南部から半径500kmの円

 これは仮にアロー3の有効射程を500kmと仮定した場合の円です。数値の根拠はほぼ無いに等しいので注意してください。また実際の迎撃ミサイルの有効射程範囲は円形ではなく、これは簡易な概念図になります。

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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