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アロー3大気圏外迎撃ミサイルのTVC(推力ベクトル制御)

JSF軍事/生き物ライター
IAI社の動画よりアロー3大気圏外迎撃体TVCによる急激な軌道変更

 イスラエル軍の大気圏外迎撃ミサイル「アロー3」の迎撃体はTVC(推力ベクトル制御)方式の推力偏向ノズルを持つのが特徴です。アメリカ軍の弾道ミサイル防衛システムの大気圏外迎撃体はGBI、SM-3、THAADのどれもが迎撃体の重心位置に大きなサイドスラスターを持つDACSと呼ばれる方式に比べると、同じ空気の無い宇宙空間で機動する方法であっても全く異なっています。

TVC(推力ベクトル制御)

筆者作成図。TVCは稼働して噴射方向を変更できるノズル。
筆者作成図。TVCは稼働して噴射方向を変更できるノズル。

 アロー3の大気圏外迎撃体はTVC方式です。最後部で噴射する可動ノズルが動いて進行方向を制御します。姿勢制御スラスターは主に迎撃体のロール(回転方向)を担当します。

 TVCは進行方向を大きく変更できることが特徴ですが、微修正の精度ではDACSに劣ります。赤外線シーカーが首振り式なのは進行方向から外れた位置に居る目標を捉えるためで、発見した場合はTVCを用いて軌道変更し突入します。

DACS(軌道修正・姿勢制御装置)

筆者作成図。軌道修正スラスターは重心位置に装着。
筆者作成図。軌道修正スラスターは重心位置に装着。

 アメリカ軍の大気圏外迎撃体はDACSと呼ばれる方式です。軌道修正用のサイドスラスターを迎撃体の重心位置に装着して、スライド移動することにより進行方向を微修正します。

 細かい精度が高い方式ですが、大きく進行方向を変えるような真似はできないので、迎撃体を切り離す前にしっかりと目標を捉えることが要求されます。

TVCの利点・急激な軌道変更が可能

IAI社よりアロー3運用イメージ動画。2分13秒頃からTVCの機動を説明

IAI社の動画よりアロー3の大気圏外迎撃体の軌道変更
IAI社の動画よりアロー3の大気圏外迎撃体の軌道変更
  • Preliminary Estimated Interception Point (予備的推定迎撃点)
  • Updated Interception Point (更新された迎撃点)

 目標を見失っても首振り式の赤外線シーカーで捜索し、発見したらTVCで急激に軌道変更して突入します。

イスラエル国防省公式動画よりアロー3。2分25頃からCG動画の解説

イスラエル国防省公式動画よりアロー3
イスラエル国防省公式動画よりアロー3

 TVCとは別に回転用の姿勢制御スラスターが作動している描写があるイスラエル国防省のアロー3公式動画。

アロー3の構成と大きさの推定

IAI特許「大気外迎撃システム及び方法」。日本語解説は筆者が追記。KV=体当り弾頭
IAI特許「大気外迎撃システム及び方法」。日本語解説は筆者が追記。KV=体当り弾頭

US20080258004A1 - Exo Atmospheric Intercepting System and Method (IAI特許「大気外迎撃システム及び方法」)

 アロー3の構成要素は、上述のIAI社およびイスラエル国防省の公式動画でのCGによる解説、IAI社の特許の情報、発表された模型、実機の写真などから以下のように推定できます。

二段式ミサイル:第一段固体燃料ロケット(TVC)+大気圏外迎撃体(TVC付き固体燃料推進ロケット有り)

 アロー3は分離した大気圏外迎撃体に推進ロケットが付いているので二段式ミサイルに分類します。THAADの場合は第一段ロケット+大気圏外迎撃体(サイドスラスターのみ、推進ロケット無し)なので一段式ミサイル扱いとします。SM-3の場合は第一段、第二段、弾三段の各ロケット+大気圏外迎撃体(サイドスラスターのみ、推進ロケット無し)で三段式ミサイルとなります。

日本防衛省及びイスラエル国防省の発表写真よりSM-3とアロー3(注釈は筆者)
日本防衛省及びイスラエル国防省の発表写真よりSM-3とアロー3(注釈は筆者)

 ただしアロー3は分類上は二段式ですが構成としては実質的に一段式ミサイルに近く、迎撃弾頭のTVC付きロケットは急激な軌道変更用であり、射程の多くを第一段ロケットの推進力で稼いでいます。アロー3の射程は近い大きさの戦域防空用の弾道ミサイル防衛システムの中で比べると、THAAD(一段式、射程200km)以上でSM-3ブロック1A(三段式、射程1200km)以下の範囲だと考えられます。

 アロー3の一部の推定値に最大射程2400km(1500マイル)というSM-3ブロック2Aに匹敵する数字がありますが、アロー3の推定重量1.5トン級で二段式ミサイル(実質的には一段式に近い)という大きさと構成から考え難い数字です。普通に考えても、より大きく三段式のSM-3の方が射程は長くなるでしょう。おそらくですが2400kmとはアロー3の射程のことではなく、想定している迎撃目標のイランの中距離弾道ミサイルの射程の数字を勘違いしているのかもしれません。

 イスラエルの国土の狭さから言っても迎撃ミサイルが射程2400kmもあるのは過剰です。射程240kmでも1基で全国土の防衛が可能です。

 なおアロー3の大きさについては推定数値が媒体によってばらばらで特定が難しいのですが、アロー3の試験映像や公開された模型を計測すると全長:直径の比が10:1なので、これにほぼ当て嵌まる全長5.6m・直径55cm前後という数値が正しいと思われます。(アロー2の推定は全長6.8m・直径80cmで、実はアロー3の方が小さい)

追記:IAIの資料にアロー3は21インチVLSに対応という記述があり、直径53cm以下。

宇宙空間で切り離される第一段ロケットの様子

イスラエル国防省公式よりアロー3動画、53秒からオンボード映像

イスラエル国防省動画よりアロー3の第一段ロケットを宇宙空間で投棄する様子
イスラエル国防省動画よりアロー3の第一段ロケットを宇宙空間で投棄する様子

 このイスラエル国防省公式動画はアロー3の飛行試験の際にオンボードカメラを積んで、宇宙空間で切り離されて落ちていく第一段ロケットの様子が映っています。第一段ロケット最後部の広がったフレアスカート部分が確認できます。

 この切り離し動画からも、アロー3の主ロケット部分がこれ1本のみで、これより上は弾頭部分(TVC付きロケットを持つ大気圏外迎撃体なので第二段ロケット扱い)であると推定できます。

アロー3大気圏外迎撃体の形状の変遷

 アロー3の大気圏外迎撃体は剥き出しの首振り式赤外線シーカーを持つので、空気抵抗の影響があまりない高度でしか使えません。SM-3やGBIのようにシーカーは固定式ですが空気抵抗を全く考慮していない形状の大気圏外迎撃体と同様に、最低迎撃高度70kmくらいになる筈です。

IAI社の動画よりアロー3のKV(体当り弾頭)
IAI社の動画よりアロー3のKV(体当り弾頭)

 アロー3の大気圏外迎撃体は当初、公式動画や武器展示会での模型はパイプフレームが剥き出しの構造でした。宇宙空間で使うので空力を考慮せず、外装パネルは装着されていない簡易な構造だと思われていたのですが・・・

 2018年の時点で武器展示会で登場したアロー3の大気圏外迎撃体の実物大模型は、パイプフレーム構造ではありませんでした。首振り式シーカーがある以上は空気抵抗の影響が大きい低い高度で機動することができない点はそのままですが、形状が格好良くなっています。設計の変更があったのでしょうか。

イスラエルIAI社の資料よりアロー3本体(左)、アロー3弾頭の大気圏外迎撃体(右)
イスラエルIAI社の資料よりアロー3本体(左)、アロー3弾頭の大気圏外迎撃体(右)

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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