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騎馬戦のリスク――ぶっつけ本番で首を骨折 騎手の事故防止が最優先 (福岡県に2億円の賠償命令事案)

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
騎手の安全をいかに確保するかが最重要課題である。

■騎馬戦の事故――乏しい情報

昨日(3日)、福岡地裁で注目すべき判決が下りた。高校の体育祭の騎馬戦で落下し、首より下が完全麻痺となった重度障害事故について、地裁は、学校の安全配慮義務違反を認め、福岡県に2億円の支払いを命じたのである。

この判決、どういう意味で「注目すべき」なのかというと、判決内容が画期的であったという点ではない。じつは、「画期的だ」と言えるほどには、そもそも情報がないのだ。今回の判決により、騎馬戦の事故実態の一端がようやく明らかになった。その意味で、本判決は「注目」すべきなのである。

今回のエントリでは、本事案と統計データから、騎馬戦の事故実態とそこで私たちが注視すべき課題のいくつかをあげたい。

■本事案の概要

本事案は、福岡県立の高校で2003年9月に発生した。3年生(当時)の男子生徒が、体育祭の騎馬戦で、騎手(他の生徒が組んだ騎馬に乗る役)として参加し、相手と組み合うなかで、受け身をとることもできないまま地面に落下した。

勝敗は、騎手が騎馬(騎手を支える土台の役)から落下することで決まるというルールであった[注1]。落下した生徒は、首を骨折し、首より下に完全麻痺の障害が残った。

福岡地裁は、とくに次の2点に着目して、原告の訴えを、ほぼ全面的に認めた。

本事案は、第一に、騎手を落とすという危険な騎馬戦であったにもかかわらず、練習なしのぶっつけ本番だった。そして第二に、勝敗が決まる時点(本事案では騎手が落下する時点)に関して、ルールの設定や審判員の配置が不適切であった[注2]。

さて、以上を踏まえて論じるべき点は多くあるものの、今回のエントリでは、本事案に関連づけて、2つの重大な問題を指摘しておきたい。その一つが、「ぶっつけ本番」で騎馬戦がおこなわれていることであり、もう一つが、騎手に事故が集中しているということである。

※裁判事例とは関係ありません
※裁判事例とは関係ありません

■ぶっつけ本番で首を骨折

まず一つ目の、「ぶっつけ本番」での事故について考えたい。

本事案において、学校側は事前の説明会で、代表の生徒には騎馬を組ませたものの、残る大半の生徒は、騎馬を組むことさえなかった。騎手の生徒は、バランスのとり方も、落下時の受け身のとり方も体得していない。男子生徒は「ぶっつけ本番」で、身の処し方もわからないまま騎馬戦に臨み、首の骨を折ったのである。

本事案以外の騎馬戦事故の具体的な状況については、学校管理下の障害事例からその一端がわかる。2005年度以降で調べてみると、騎馬戦では、障害事例7例(本事案は含まれていない)のうち、6件が体育祭(運動会)の大会本番中の事故である。比較対象として組体操を調べてみると、組体操では障害事例が16件あり、うち体育祭本番は1件のみである。

ここから推察できるのは、騎馬戦はそのほとんどが「ぶっつけ本番」か、あるいはそれに近い状況(直前に少しだけ練習)でおこなわれているのではないかということである。たしかに、騎馬を組むこと自体は、とりたてて難しいものではない。二段の組体操みたいなものだ。それが、油断へとつながってしまう。

なお組体操は、その実態がある程度明らかになっている。人間ピラミッドやタワーの場合、体育の時間などを利用して練習が何回もおこなわれている。

■騎手の事故が大多数

もう一つの重大な問題が、騎手に事故が集中しているということである。

日本スポーツ振興センター東京支所の資料に、騎馬戦の負傷事故状況を示したものがある[注2]。図をみてみると、もっとも多い事故状況は「騎手が騎馬から落下」で、次いで多いのが「騎手同士の接触」である。それらを合わせると、騎手の事故だけで、小学校で約5割、中学校で約7割、高校(高専含む)で6割が占められている。

騎手の事故が大多数である(東京支所の資料に赤線を付した)
騎手の事故が大多数である(東京支所の資料に赤線を付した)

騎手は、騎馬よりも圧倒的に事故に遭う可能性が高い。それもそのはずで、騎手は騎馬よりも高い位置で、かつ身体をコントロールする自由が奪われた状態で、相手騎手に向き合わねばならない。騎手の身体を、いかに安全に制御できるのかが、事故防止の最重要課題である(そのヒントは別稿にゆずる)。

■春の体育祭に向けて

昨年「【緊急提言】組体操は、やめたほうがよい」のエントリで組体操の危険性を訴えたとき、「騎馬戦のことも訴えて!」とたくさん連絡を頂戴した。今回の裁判例からは、次の事故を防ぐための重要な情報をたくさん得ることができる。

ウェブ上には、判決の情報を受けて、「走って転んでも訴訟になる」「これで訴えられたら、学校ではもう何もできなくなる」といったコメントを多く見かけた。でも、どうかそう結論するのを少しだけ待っていただきたい。そもそも事故実態すら、ほとんど明らかになっていない。実態にまず「注目」すれば、ちょっとした工夫で、重大事故を防ぐアイディアが生まれてくるかもしれないからだ。

次の体育祭まで、まだ数ヶ月はある。騎馬戦のリスクを直視することから、再発防止を考えていきたい。

(まだこのエントリでは、論じきれなかったことがたくさんある。全国統計や、ルールの見直し、学校の危機管理のあり方などである。今後、続報を出していく予定である。)

注1)正確には、騎手の頭部が、騎馬の腰の位置よりも下にきた時点で負けというルールであった。

注2)報道では、審判員の配置の問題が中心に報じられているが、裁判所はルールの設定についても問題視している。

注3)東京支所の管轄は、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、新潟県、山梨県、長野県の1都9県である。

■■運動会の競技種目における事故について■■

▽組体操リスク(1) 【緊急提言】組体操は、やめたほうがよい。子どものためにも,そして先生のためにも。

▽組体操リスク(2) 組体操が「危険」な理由―大人でも許されない高所の無防備作業

▽組体操リスク(3) 組体操 高さ7m、1人の生徒に200kg超の負荷 10段・11段…それでも巨大化

▽組体操リスク(4) 四人同時骨折 それでも続く大ピラミッド 巨大化ストップの決断を

▽組体操リスク(5) 組体操、正反対の「安全」指導 「安全な方法」がじつは「危険な方法」?! 

※冒頭ならびに本文中の写真は、「写真素材 足成」の素材を利用した。写真の内容は、裁判事例とは無関係である。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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