Yahoo!ニュース

組体操が「危険」な理由―大人でも許されない高所の無防備作業 ▽組体操リスク(2)

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
法則化体育授業研究会・根本正雄編『体育授業づくり全発問・全指示 組体操』明治図書

運動会本番がやってくる――学校現場の倒錯した教育観

この週末、各地の小学校で、運動会が開催される。5月に入ってYouTube上で「小学校の朝礼がスゴすぎる!」と一躍話題になった女金八先生こと香葉村真由美氏は、2010年6月の講演会で、組体操について次のように語っている。

5年生は運動会で組体操をします。「こんなのできない。無理だ!」と言ってはことごとく失敗しました。(略) 結局練習では一度も成功しませんでした。運動会の当日、10人タワーの皆は、呪文のように「できる」「できる」と言い始めました。そして1段目が立つ。2段目が立つ。よろよろしながら、ついに3段目が立ったのです!

2010年6月14日(月)女金八先生 香葉村真由美氏 講演会

※参考動画

三段タワー他(2013年5月25日、運動会での6年生による組体操)――「練習では8塔あるタワーのてっぺんが全部立てなかったそうですが、こちらも本番では見事に決めて観客から拍手…」

成功してよかった、本当に。でも、ここで立ち止まって考えてほしい。練習では、一度も成功していない。落下や崩壊のリスクを抱えたまま、本番のプレッシャーのもと無理やり競技を実行させる。リスク管理の発想からすれば、安定的に実行できるようになってはじめて、成功のプレッシャーがかかる本番を迎えるべきである。にもかかわらず、このような無謀な事態が、平然と美談として語られてしまう。

雨が降ろうが、風が吹こうが、練習で一度も成功していなくても、練習中に重傷事故が起きても、一年前に重傷事故があったとしても、<<運動会で成功させることが最大の目的>> だから、組体操はなんとしてでも最後の本番までやり遂げられる。ここに学校現場の、倒錯した教育観がある。

高所(2m以上)での活動に求められる基準

5/19(月)の記事「【緊急提言】組体操は、やめたほうがよい」は、4日間で162万件のアクセス数を記録した。その記事に対する反応としてもっとも多くみられるのは、「危険だからといって、何でもやめてしまってよいのか」という意見である。この記事では前回の議論を補足するかたちで、とりあえずは2つの視点から組体操の危険性について考えたい。

第一の視点として、一つの法令を紹介したい。労働の安全衛生についての基準を定めた厚生労働省の「労働安全衛生規則」である。ここには、床面からの高さ2m以上の高所での作業について、「墜落等による危険の防止」のために、細かな規則が定められている。

第五百十九条 事業者は、高さが二メートル以上の作業床の端、開口部等で墜落により労働者に危険を及ぼすおそれのある箇所には、囲い、手すり、覆(おお)い等(以下この条において「囲い等」という。)を設けなければならない。

2 事業者は、前項の規定により、囲い等を設けることが著しく困難なとき又は作業の必要上臨時に囲い等を取りはずすときは、防網を張り、労働者に安全帯を使用させる等墜落による労働者の危険を防止するための措置を講じなければならない。

労働安全衛生規則

大人が2m以上のところで仕事をするときには、ここまで厳しい管理が事業者に要請される。一方で、子どもたちが組体操という高所での教育活動に従事するときには、学校側には何の管理も求められない。組体操には、「囲い」もなければ、「手すり」も「覆い」も「防網」もない。上段に位置する子どもたちは、つかまるところも何もない状況で、組体操という高所作業に取り組んでいる。たとえるなら,高さが3~5mのぐらぐらする脚立の天板に,子どもが何の安全策もないまま上るということである。大人の労働の世界ではあってはならないことが、子どもの教育の世界で繰り広げられているのである。

組体操では、体の根幹部分(頸部含む)と頭部を負傷する

「危険だからといって、何でもやめてしまってよいのか」という見解は、組体操事故の問題を一蹴してしまい、具体的な現実から目を逸らすはたらきをもつ。それどころか、「危険をかえりみずに、何でもやってしまえばよいのか」というこれまた過激な反論を呼び込むことになる。このとき、不毛な水かけ論がスタートする。

第二の視点として,組体操が危険であることについて,負傷事故件数を用いて改めて確認をしたい。前回指摘したように、組体操では、他競技と比べて事故が多く起きている。これが第二の視点の核心であることに変わりはない。今回はさらに、負傷(一部疾病を含む)の部位を明らかにしたい。

画像

上の表(→注)を作成した理由は、「跳箱運動は1~6年だから件数が多いのはわかるが、バスケットボールは5~6年(あるいは3~6年)であり、組体操(実施されているとすれば5~6年)と比べても件数が多いから、バスケットボールの事故にこそ注目すべき」との意見をもらったからである。その問いへの答えとして、表のなかで着目すべき箇所を、水色でマークした。

バスケットボールの負傷部位の3分の2が「手・手指部」であることに注目したい。他方で組体操では、体の中心を成す体幹部の負傷が多い。なかでも,重大事故につながりやすい頸部の割合も高い。また同じく重大事故になりうる頭部の負傷の割合も大きい。組体操は、身体の根幹部分、あるいは重大事故につながりうる部分の負傷が、バスケットボールに比して多いことが明らかである。だからこそ、バスケットボールに比べて,よりいっそうの安全配慮が必要なのである。

前回の記事で言及したように、組体操をやめるべき理由は、他にもある。たとえば、訴訟を想定したときに教師を守るためには、やめたほうがよい。また、多くの人びとがこだわっている「一体感」を得るという教育的意義についても、検討すべきであろう。これらの点は、別の記事にて論じていきたい。組体操事故に一気に注目が集まったいま、私がなすべき仕事は、事故報道に賛同してくれた方々と、これから問題を訴えてくれるマスコミの方々に、組体操批判のロジックを提供することである。これからもその作業を、具体的なエビデンスとともに、進めていきたい。

いま学校の現場で起きていることから、目を逸らさないでほしい。せっかく組体操への関心が高まろうとしているときに、「何でもかんでも危険というのか」あるいは「組体操は一体感が得られる」といった言葉で、組体操の現実を一蹴しないでほしい。賛否を争うのではなく、具体的にいま何が起きているのか、しっかりと見つめることでようやく、組体操の新たな「組み立て」が始まるのである。

<注> 日本スポーツ振興センター『学校の管理下の災害〔平成25年版〕』より、小学校の体育的活動(部活動を除く)の事故について、筆者が独自に再集計したものである(※既存の複数の表を用いて算出した値であるため、各表における種目や活動の定義内容によってわずかではあるが件数にずれが生じてしまう。それゆえ、前回記事の「件数」と今回の表の「件数」の間には,わずかではあるが件数のずれが生じている)。

<謝辞>

この記事を執筆するにあたって、多くの方々からアイディアの提供、具体的事例の提供を受けた。この場を借りて、心よりお礼申し上げたい。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

内田良の最近の記事