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米軍がイラン系民兵を空爆、ワグネル参入の情報も――ウクライナ、ガザに続く「第三の戦線」は開くか

六辻彰二国際政治学者
新型ドローンを視察するイランの最高指導者ハメネイ師(2023.11.19)(提供:Office of the Iranian Supreme Leader/WANA/ロイター/アフロ)
  • イラクとシリアに駐留する米軍に対するイラン系民兵の攻撃が増え、これに対する米軍の報復も目立つようになっている。
  • ガザ危機によって反イスラエル、反米の気運が中東で高まっていることは、これを加速させている。
  • イランはロシアと軍事協力を強化していて、ワグネルがイラン支援に関与しているとも指摘されていて、戦線が拡大する恐れは大きい。

 ウクライナ、ガザに続く第三の戦線がイラクとシリアで生まれる可能性は日増しに高まっている。

米軍の報復攻撃

 中東イラクで12月26日夜半、米軍が民兵組織「ヒズボラ連隊」の拠点を空爆した。米軍の発表によると、この空爆で数名の民兵を殺害したという。

 米軍はこの空爆を報復と主張している。米軍はイラク北部アルビルにあるアル・ハリール空軍基地に拠点をもっているが、この日の早朝ドローン攻撃を受けて一人が死亡していた。

 米軍はこのドローン攻撃がヒズボラ連隊によるものと断定し、その日のうちに報復したのだ。

 ただし、この地域に駐留する米軍への攻撃は、この日が初めてではなかった。

 ヒズボラ連隊はイラクの隣国イランの支援を受けているといわれる(イラン政府は公式には認めていない)。イランは1979年以来アメリカと敵対し、アメリカ政府からは「テロ支援国家」に指定されている。

 米軍によると、今年10月以来イラクやシリアにある米軍の拠点には、ドローンやロケットによる攻撃が100回以上行われたという。そのほとんどがヒズボラ連隊をはじめ、イランに支援される武装組織によるとみられている。

ガザから飛び火

 イラン系勢力による米軍攻撃がエスカレートしたきっかけはガザでの戦闘にあった。

 イランはアメリカだけでなく、その支援を受けるイスラエルとも対立してきた。ガザでイスラエル軍と衝突するハマスは、イランに支援される組織の一つといわれる(これもイランは認めていない)。

 ガザ危機はイスラーム世界における反米、反イスラエル感情をこれまでになく高めている。こうした気運を背景にイラン系勢力(「抵抗の枢軸」とも呼ばれる)の活動は活発化していて、イラクやシリアにおける米軍の拠点はその格好の標的になってきたのだ。

 これがさらに深刻なのは、イラクやシリアの政府が米軍に決して好意的でないことだ。

 例えばイラク政府はヒズボラ連隊によるテロ攻撃を批判する一方、米軍による報復攻撃を「主権の明白な侵害」「明らかな敵対行為」と非難している。さらに米軍は空爆で民間人に被害はなかったと主張しているが、イラク政府によれば民間人を含む18人が負傷したという。

孤立する米軍

 もともと現在のイラク政府はアメリカと微妙な関係にある。その最大の要因は、イラク政府の中枢を占めるのが人口の6割を占めるシーア派であり、隣国イランがシーア派の中心地であることだ。

 つまり、反米の牙城イランの影響はイラクに浸透しやすい。

 そのイラクに米軍が駐留しているのは、2003年のイラク侵攻の結果である。

アル・アサド空軍基地に並べられた米軍死者のブーツ、ヘルメット、M-16アサルトライフル(2003.11.6)。この年アメリカはイラクに軍事侵攻してフセイン政権を打倒した。
アル・アサド空軍基地に並べられた米軍死者のブーツ、ヘルメット、M-16アサルトライフル(2003.11.6)。この年アメリカはイラクに軍事侵攻してフセイン政権を打倒した。写真:ロイター/アフロ

 米軍は当時のフセイン政権を打倒した後、テロ対策と治安維持を理由に駐留したが、2009年に一度は撤退した。しかし、2014年の「イスラーム国(IS)」台頭を受けてアメリカは行きがかり上、再び部隊を派遣したのだが、イランもイラク政府を支援して部隊を派遣した。

 それ以来イラク政府はアメリカとイランの微妙なバランスの上に成り立ってきたわけだが、ガザ危機にともなうイスラーム世界全体の反イスラエル、反米感情はこのバランスを崩し始めている

 イラクでさえそうなのだから、その隣国シリアではなおさらだ。

 シリアはもともとイランと近く、アメリカ政府から「テロ支援国家」に指定されている。そのシリアに米軍は2015年からテロ対策を名目に、シリア政府の承認を得ないまま駐留してきた。そのためシリア政府からしばしば撤退を要求されている。

シリア北西部イドリブ近郊に墜落した米軍ヘリの残骸(2022.2.4)。米軍は2015年からシリア政府の承認を得ないままシリア国内でテロ対策の軍事作戦を行ってきた。
シリア北西部イドリブ近郊に墜落した米軍ヘリの残骸(2022.2.4)。米軍は2015年からシリア政府の承認を得ないままシリア国内でテロ対策の軍事作戦を行ってきた。写真:ロイター/アフロ

 要するに、ガザ危機は中東でこれまで醸成されていた反米感情を一度に噴出させるエネルギーを秘めているのであり、イラクやシリアに駐留するおよそ1200人の米軍将兵はその只中で孤立しているのである。

ワグネル参入の可能性

 こうしたなかで注目されるのはロシアの軍事企業ワグネルの関与だ。

 アメリカ政府は11月20日、「ワグネルがイランやその系列の民兵に対空ミサイルなどを提供する準備をしている」と警告した。その具体的証拠は提示されていない。

 ただし、ワグネルとイランの結びつきをうかがわせる状況証拠はいくつかある。

 第一に、ワグネルは2014年からシリアで活動してきた。

 第二に、ウクライナ侵攻開始後、米軍部隊が駐留するシリアのアル・タンフ駐屯地の上空をしばしばロシア軍機が威嚇飛行するようになった。

 第三に、ロシア政府は2016年以降イランへの兵器移転を進めており、イラン政府は11月に戦略爆撃機Su-35や攻撃へりMi-28などをロシアから調達すると表明していた。さらに12月12日にはロシア政府がイラン政府と軍事協力をさらに強化すると発表している。

 第四に、8月にプリゴジン元司令官が死亡した後、ワグネルはロシア政府直属に近い形態に再編成された。中東やアフリカにおけるワグネルの「ビジネス」はロシア政府にとって貴重な財源であり、プーチン政権はウクライナ侵攻と並行してその海外展開を支援している。

イラク北部キルクークで行われた、米軍の空爆で死亡したシーア派武装組織メンバーの葬儀(2023.12.4)。ガザ情勢を背景に、米軍のテロ対策への反感と敵意はイラクでも高まっている。
イラク北部キルクークで行われた、米軍の空爆で死亡したシーア派武装組織メンバーの葬儀(2023.12.4)。ガザ情勢を背景に、米軍のテロ対策への反感と敵意はイラクでも高まっている。写真:ロイター/アフロ

第三の戦線は開くか

 ウクライナやガザと異なり、イラクやシリアの場合、米軍が直接の当事者になり得る。この地域に駐留する米軍が直接かかわる戦闘が発生すれば、世界全体に及ぼす地政学リスクはさらに高まる。

 そのなかで最も警戒すべきは末端兵員の暴走だ。

 一般的にスポンサーと民兵の関係は上位下達の軍隊式ではなく、お互いに利用しあうもので、民兵がスポンサーの意向を逸脱することも珍しくない。

 イランやアメリカをはじめ全ての当事国政府がたとえ大幅な軍事費増大を嫌い、相手にプレッシャーをかける以上の軍事行動を抑えようとしたとしても、反イスラエル、反米に傾いたヒズボラ連隊などの勢力が武装活動をエスカレートさせ、駐留米軍に甚大な被害が出た場合、イラン政府はこれまで反イスラエル、反米を煽ってきただけに事態を沈静化させられない恐れが大きく、逆にアメリカでは世論が激昂して大規模な報復に向かう公算が高い。

 とすれば、ガザでの惨状が続くほど、第三の戦線が開くリスクは大きくなるといえるだろう。その沈静化の道筋はまだ見えない。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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