食のコンラッド東京 レストラン・ソムリエ人事の真相
「食のヒルトン」グループのラグジュアリーブランド
ヒルトンは「食のヒルトン」と言われているだけあって、どのホテルも料理やデザートが評価されており、「いざ!デザートブッフェは撮る時代へ」や「ホテビア2016、注目するべきホテルのビアガーデン」などで、私もよく紹介しています。
では、食が充実したヒルトングループの中で、ラグジュアリーブランドとして位置づけられているホテルをご存知でしょうか?
それは、コンラッドです。ヒルトングループということだけあって、コンラッドも食が非常に充実し、ヒルトンとは違う、より落ち着いた隠れ家的な魅力があります。コンラッド東京は汐留に2005年7月1日に開業し、2017年には大阪へも進出を果たすなど、今注目されているブランドでもあるのです。
そのコンラッド東京のレストランで、今まさに大きな変化が起きています。
30代後半が台頭
この2016年夏に、レストラン(料飲部門)における主要なポジションに若くて才能溢れる人材が据えられたのです。
- 田村勝宏氏
1977年生まれ。2016年7月に最年少で「日本料理 風花」統括料理長に就任。会席・鮨・鉄板焼を全て統括。
コンラッド東京には2006年11月に入社し、2010年10月には同店副料理長に最年少で就任。会席部門のチーフとしても従事。
- 米山康晴氏
1977年生まれ。2016年8月に「モダンフレンチ コラージュ」「オールデイダイニング セリーズ」料理長に就任。
コンラッド東京には、開業1ヶ月前の2005年6月に入社。2009年の「コラージュ」の前身「ゴードン・ラムゼイ at コンラッド東京」の時にスーシェフ就任。
- 森覚氏
1977年生まれ。2016年8月にエグゼクティヴ ソムリエ、および、「モダンフレンチ コラージュ」「オールデイダイニング セリーズ」マネージャーに就任。
2008年全日本最優秀ソムリエコンクールと09年のアジア・オセアニア最優秀ソムリエコンクールに優勝。2013年10月、コンラッド東京にヘッドソムリエとして入社。2016年世界最優秀ソムリエコンクールで8位。
- 北原康行氏
1979年生まれ、2016年8月にヘッドソムリエに就任。
2008年にコンラッド東京へ入社し、2012年にアシスタント ヘッドソムリエに就任。2014年シャンパーニュ騎士団に叙任され、同年9月には、「第4回世界利酒師コンクール」優勝。
ミシュランガイドで星を獲得したことのある「コラージュ」および「セリーズ」料理長の米山氏も、さらには、最も下積みが長いと言われている日本料理において「風花」料理長の田村氏も、共に1977年生まれの39歳です。料理長に就任してから少し日も経ち、既に2人のメニューが提供されています。
エグゼクティヴ ソムリエに加えて「コラージュ」と「セリーズ」のマネージャーも務める森氏も同じく1977年生まれで39歳。ホテル全体のビバレッジ責任者となるヘッドソムリエの北原氏は1979年生まれで37歳です。
ホテルは大きな会社組織であるだけに、特にコンラッド東京のようなラグジュアリーブランドでは、料理長やトップのソムリエは40代半ば以降が妥当なところでしょう。ホテルによってバラツキはあるものの、こうも揃って30代がトップになっているのは珍しいことなのです。
これは一体なぜなのでしょうか。
料理長の若返り
コンラッド東京は2005年7月1日に開業し、既に11年の歳月が流れています。外資系ホテルも続々と上陸しているだけに、意図的に若返りを図って、弾みをつけようとしたのではないでしょうか。そう訊くと、広報の徳田依子氏は「あえて若返りを図ったわけではない。人材を適材適所に配置したところ、このような結果になった」とあくまでも自然な人事であったと答えます。
コラージュの前身はロンドンの人気星付きレストラン「ゴードン・ラムゼイ」で、その料理長であった前田慎也氏は「ゴードン・ラムゼイ」から移ってきました(2016年8月1日から「ホテルアナガ」総料理長)。このように外から有力な料理人を招聘することも十分に考えられたはずですが、米山氏も田村氏もずっとコンラッド東京にいる料理人です。
そうぶつけると、徳田氏は「コンラッド東京で育った実力ある料理人がいるのに、わざわざホテル外から招聘する必要はない」と説明し、さらには「コンラッド東京のブランドや文化への理解も重要」と補足し、ホテルの中から料理長を抜擢した理由を示します。
ホテル外から有名な料理人を呼ぶことは、レストランの格を保ち、新たにPRする上で非常に有効です。しかし、外からやってきた人物に料理長を占拠されてしまうのでは、生え抜きの料理人のモチベーションは下がってしまうでしょう。この問題に正解はなく、大きな組織ではどちらを選択するのか常に悩むところです。
ソムリエ人事
森氏と北原氏の場合には、米山氏と田村氏とは少し事情が異なりました。というのも、「「ポプテル」「キャンディパフェ」、進化するアイスキャンディーの食べられ方」でご紹介したようにアイデアマンでもある森氏は、既にヘッドソムリエというソムリエのトップポジションに就いていたからです。
では、どうして森氏はエグゼクティヴ ソムリエになったのでしょうか。
これには森氏が新しく「コラージュ」と「セリーズ」の2つのレストランのマネージャーに就任したことと関係があります。森氏は国内外で数々の有名ソムリエコンクールで優勝し、ソムリエとしてのキャリアを確実に歩んでいますが、これに加えて、ホテリエとしてのキャリアもしっかり積みたいという思いがありました。そのため、コンラッド東京が誇るフランス料理とオールデイダイニングのマネージャーも務めることになったのです。
ただ、そうなると、ホテル内のビバレッジを全てみなければならないヘッドソムリエとの業務的負担が非常に大きくなってしまいます。そこで、エグゼクティヴ ソムリエという新たな要職をヘッドソムリエの上に設けて、ソムリエ業務を、エグゼクティヴ ソムリエとヘッドソムリエとで分割することにしたのです。世界最優秀ソムリエコンクールでの優勝も近いとされている森氏に、コンラッド東京はそれだけ期待しているということなのです。
またこの人事には、もう1つの側面があります。森氏の後にヘッドソムリエを務める人材、すなわち北原康行氏がいたことが大きいです。北原氏はソムリエとして優秀なだけではなく、世界利酒師コンクールでも優勝したことがあり、とても見識が広いので、間違いなくヘッドソムリエを務められます。北原氏がいたからこそ、森氏はエグゼクティヴ ソムリエに就くことができたとも言えるでしょう。
ソムリエに関して言及すれば、コンラッド東京は他のホテルが羨むくらい人材が豊富です。森氏、北原氏に加えて、第7回全日本最優秀ソムリエコンクールで5位となったソムリエールの森本美雪氏、「ヒルトン・ワールドワイド F&Bマスターズ 日本・韓国地区 最終競技会」で優勝した藤島聡氏を始め、ソムリエの宝庫であると言えます。
また、藤島氏は自身のワインの知識を共有するため、2016年7月からホテル内のスタッフへ向けてワインのレクチャーを継続的に行っています。こういった努力によって、ホテルスタッフ全体のワイン知識がレベルアップし、それがゲストへのサービス向上にもつながっているはずです。
料理の変化
話を少し戻しましょう。米山氏と田村氏が料理長に就任し、それぞれの料理に何か変化はあったのでしょうか。
米山氏と田村氏は同い年であるだけではなく、コンラッド東京へ入社した時期も近く、さらには1ヶ月違いで料理長へ就任しました。そのため、お互いに親近感があり、気兼ねなく何でも話ができる仲です。キッチンを行き来して、情報を交換したり、気になる料理について尋ねたり、作り方を教わったりと、常日頃から知見を共有しています。
例えば、田村氏は、醤油なしでもおいしく食べられる「造り」を提供していますが、立体的なプレゼンテーションはさることながら、それぞれのネタに対して異なるコンディメントを合わせるなどし、「造り」から醤油を上手に切り離しています。フルーツトマト土佐煮は、静岡県産の高糖度フルーツトマト「アメーラ」をカツオ出汁で漬けた意欲作であり、フランス料理でよく使われるセルフィーユがワンポイントとして載せられています。田村氏は「みなさんが喜ぶ料理を作りたい」と述べていますが、あまりにも枠に囚われた日本料理では知的好奇心を刺激しないので、洋食のエッセンスを取り入れることはよいことでしょう。
一方、米山氏は、クリームに酒盗を忍ばせたり、隠し味に梅干しを使ったり、鴨のコンソメを土瓶蒸し風に仕上げたり、金目鯛のポワレを松笠焼きにし、みずの実を合わせたりと、以前のコラージュよりもさらに和を意識した料理を創り出しています。米山氏は、食材の食べ合わせを大切にしようとし、必要がないものは加えず、3~4つの素材だけを使って、それぞれの主張をしっかりと感じてもらえるようにしています。素材のポテンシャルを引き出すということでは、特に日本料理と考え方が合うでしょう。それだけに田村氏とのやりとりは有意義なはずです。また、以前よりもさらに野菜をたくさん使うようになっており、女性により喜んでもらえるフランス料理となっています。
サイレントシンフォニー
コンラッド東京の館内には23人の日本人アーティストがコンラッド東京のために創作した作品が飾られていますが、これはブランドコンセプトの「和のコンテンポラリーラグジュアリー」に沿ったものであり、これを念頭に置いて「コラージュ」も作り上げられました。
またコンラッド東京は「サイレントシンフォニー」と呼ばれる「先回りする気遣い」を大切にしており、「妻は魚は食べられるが、肉は全く食べられない。妻のお陰で、野菜から料理を組み立てる新たな視点を得ることができた」と語る米山氏は、まさに言外からニーズを汲み取るという意味で「サイレントシンフォニー」を体現しています。
米山氏にはこのような繊細さがあるかと思えば、芯の真っ直ぐなところもあり、「私たちの世代でコンラッド東京を引っ張っていかなければならない」と熱く語り、「コラージュのブランドを他にも作りたい」と意気込みを述べますが、もしも昨年失ったミシュランガイドの星を取り戻せたり、「コラージュ」という名前通りに多様な文化が折り合った料理を提供して多くの客を満足させることができたりするならば、コンラッドのファインダイニングとして今後「コラージュ」が展開していくのではないでしょうか。
元記事
レストラン図鑑に元記事があります。