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この通常国会を「政治とカネ」が焦点の「政治改革国会」と位置付ける愚かさ

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(735)

睦月某日

 第213通常国会が召集された。召集の前に東京地検特捜部による自民党の派閥資金パーティ裏金事件が摘発され、国民の関心は「政治とカネ」に集中している。そのため野党とメディアは通常国会を「政治とカネ」を焦点にした「政治改革国会」と位置付けているが、本当にそうなるのだろうか。

 召集日の日程は前例のないものだった。通常はまず衆参両院が本会議を開いて議席の指定と委員長の選任を行い、それから参議院本会議場に天皇をお迎えして開会式が行われる。

 続いて総理大臣以下、財務、外務、経済担当の各大臣による政府4演説が衆参本会議場で行われ、そこで総理が今年1年間の政府の基本方針と政策を国民に明らかにする施政方針演説を行う。

 そして翌々日から各政党の代表者による代表質問が行われ、国会での論戦が始まるのである。ところが今年は召集日に行われるはずの政府4演説が延期され、総理の施政方針演説より前の来週29日に「政治とカネ」の集中審議が設定された。

 野党の要求もあっただろうがこの日程を決めたのは官邸である。岸田政権が通常国会の日程を変更して「政治とカネ」の議論から始めることにしたのだ。これをどう読み解くかだが、まず考えられるのは「政治とカネ」を重要視している姿勢を国民に示し、国民の怒りを和らげようとしている。

 その一方、岸田政権にとって「政治とカネ」の議論を先行させるのは、必ずしも不利にならないと考えているようにも見える。むしろ議論を先行させることで、なるべく早く「政治とカネ」の問題を終わらせ、いつまでも引きずりたくない思惑を感じさせる。

 フーテンは今回の東京地検特捜部による「政治とカネ」の摘発について、一貫して野党とメディアとは異なる見方をしてきた。野党とメディアは特捜部による「政治とカネ」の摘発を、自民党政権に痛手を負わせ、時の政権を退陣に追い込むチャンスと捉える。そのため野党とメディアは特捜部の捜査を応援する側に回る。

 しかしロッキード事件で特捜部を取材して以来、フーテンの見方は異なる。特捜部の捜査は官僚権力にとって障害となる政治権力を摘発することはあっても、官僚権力にとって好ましい政治権力を摘発することはない。むしろ時の政権が官僚権力の擁護者であれば、それと敵対する政治権力を摘発するのである。

 従って今回の事件を、フーテンは岸田総理が就任以来最も腐心してきた「安倍一強潰し」と見てきた。弱小派閥の総理にとって思い通りの政権運営をするには、最大派閥の力を削ぐしかない。しかし最大派閥の力を削ぐことは極めて難しい。

 フーテンが現役政治記者時代、最大派閥を擁する田中角栄元総理はキングメーカーであった。その力で総理に就任した中曽根康弘元総理は「田中曽根内閣」と揶揄されるほど、何から何まで田中氏の言いなりだった。

 中曽根元総理が田中派の力を削ぐことができたのは就任から2年後、田中派内に分裂が起きたからである。中曽根氏は田中派内で「大の中曽根嫌い」で有名な金丸信氏に頭を下げ、田中派内に竹下登氏を総理にする勉強会を作らせ、田中派を分裂に導いた。

 分裂劇の影響で田中元総理は病に倒れ、中曽根氏は権力を手中に収めかかるが、それに最大派閥の会長となった金丸氏が立ちはだかる。その権力闘争の裏表を、20年ほど前にフーテンは『裏支配』(講談社α文庫)という本に書いたが、弱小派閥の総理にとって最大派閥は常に「打倒すべき敵」になるのである。

 従って岸田総理にとっての敵は最大派閥を擁する安倍晋三元総理であった。しかも安倍元総理は自らの総理復活を目論み、岸田政権を短命に終わらせようとしていたので、岸田総理にとって「安倍派潰し」は焦眉の急であった。

 しかしそれを露骨に見せればたちまち最大派閥に潰される。逆らわないように見せながら力を削ぐしかない。安倍派「5人衆」を要職に就け、安倍元総理に従属しながら、選挙区での安倍氏の天敵である林芳正氏を重用し、安倍氏の忠実な秘書官であった防衛事務次官を辞めさせ、深く静かに潜航しながら岸田総理は安倍派潰しを進めた。

 それが2年前に突然の銃撃事件で安倍氏は帰らぬ人となった。それでも最大派閥は分裂せず「安倍派」の看板のまま存続した。その岸田総理の心中を察したかのように特捜部が自民党の派閥資金パーティ裏金事件を摘発した。摘発の狙いは安倍派の「組織ぐるみ犯罪」である。

 ただそれも「安倍派潰し」が狙いと思われ、最大派閥が死に物狂いの反撃を見せれば、岸田政権も血だるまになる。そのため特捜部には二階派や岸田派も摘発させ、岸田総理は安倍派解体に乗り出した。

 だからこれは「政治とカネ」の問題というより岸田総理と特捜部による「安倍派解体」だとフーテンは見ていた。岸田総理に都合が良かったのは、岸田総理に敵対する菅義偉前総理と小泉進次郎衆議院議員が「派閥解消」を主張したことである。

 「政治とカネ」の問題と「派閥解消」は何の関係もない。それどころか「派閥解消」はこれまで何度も言われながら実現したことがない。綺麗ごとしか言わない野党、メディア、学者らの無意味な主張で、国民の目を「政治とカネ」からそらす効果しかない。

 菅氏は岸田総理に出来るはずはないと考え、それを言ったと思うが、岸田総理はそれに飛びついた。自民党で最も伝統ある「宏池会」を解散すると宣言し、それを最大派閥に突き付けたのである。

 安倍派に解散以外の選択肢はなかった。国民の怒りを考えれば、国民を敵に回すことはできず、しかも安倍派の「組織犯罪」を捜査した特捜部にはさらなる「隠し玉」があるかもしれないからだ。岸田総理は就任以来の念願だった最大派閥解体を「政治とカネ」を利用して果たすことができた。

 同時に岸田総理は「派閥解消」の一手で、秋の自民党総裁選での再選の可能性も高めることができた。なぜなら最大派閥解体が岸田総理と特捜部の連携によってできたことが分かってくれば、対抗馬として名乗りを上げる候補者が果たして現れるだろうかとフーテンは疑問である。理由は以下の通りだ。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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