トランプ圧勝から始まった歴史の転機となるこの1年はどうなる
フーテン老人世直し録(733)
睦月某日
2024年は「選挙イヤー」と言われ、世界の大半の国で選挙が予定されている。その中で最大の注目は11月5日に行われる米国大統領選挙である。バイデン民主党政権が継続するか、それともトランプ前共和党大統領が復活するか、はたまたどちらでもない大統領が登場するかで世界の今後が変わる。
その幕開けともいうべきアイオワ州の共和党予備選挙でトランプ前大統領が圧勝した。トランプは党員票の51.0%を獲得、2位のフロリダ州知事デサンティス候補の21.2%を倍以上も引き離した。
3位の元国連大使ヘイリー候補は19.1%、4位の実業家ラマスワミ候補は7.7%で、ラマスワミは直ちに選挙戦からの撤退とトランプ支持を表明した。ヘイリーは来週23日に行われるニューハンプシャー州の予備選挙で巻き返し、指名争いに生き残りを賭けようとしている。
しかしアイオワ州には99の選挙区があるが、そのうち98選挙区でトランプが1位となり、1つだけヘイリーが1位だったが、わずか1票差の1位だった。共和党員の中でトランプにどれほど人気があるのかが分かる。
なぜトランプに人気があるか。それは名もなき大衆の心を掴んだからである。学歴のない底辺の労働者にとってリベラル勢力はもはや自分たちを見下す敵でしかない。冷戦後の米国で起きたのは、民主党と共和党の支持層が入れ替わる地殻変動だった。フーテンは冷戦後の米国でそれを見てきた。
日本ではリベラルというと、民主主義や人権の理想を追求する進歩勢力で、弱者の味方であり平和主義のイメージがある。逆に保守は民主主義や人権の理想より、現実を容易に受け入れる金持ちの味方であり好戦的なイメージがある。
しかし1989年から米国議会を取材してきたフーテンの目にはそれとは異なる米国政治の構図が見えた。リベラルは民主主義の理想を広めるため軍事力行使を厭わない好戦的勢力で、保守はブッシュ(子)大統領という例外を除き、軍事力行使に抑制的で現実に立脚し戦争を好まない勢力である。
その対比がバイデンとトランプに象徴的に現れている。だから以前のブログでフーテンは大統領選挙がバイデンとトランプの戦いになれば、「戦争の大統領」と「平和の大統領」の戦いになるだろうと書いた。
従ってフーテンは日本の新聞やテレビの報道とは考え方が異なる。ウクライナ戦争もイスラエルのガザ地区で起きている戦争も、あるいは日本が巻き込まれる恐れのある「台湾有事」も、米国のバイデン政権の失政が原因だと見ているのである。
冷戦が終わる頃、フーテンは米国による世界一極支配で民主主義の理想が世界に広まることを期待した。しかし米国が世界の多様な価値観や生き方を無視し、欧米の民主主議が唯一の正義だと主張して、軍事力を使ってそれを広める「世界の警察官」になったことで期待は失望に変わった。
「世界の警察官」を始めたのはクリントン政権である。クリントンは大統領就任に当たり、日本経済が米国経済より勢いがあったため、日本経済の専門家を招いて分析した結果、国民皆保険制度に目をつけた。1期目のクリントン政権はヒラリーが旗振り役になり米国に国民皆保険制度を導入しようとした。
ところが米国民は国家による福祉を「悪」と考える。民主党は中間選挙で惨敗し、クリントン夫妻は一転して新自由主義を全面的に取り入れる。その変わり身の激しさにフーテンは驚いた。また大統領再選のため、ポーランド移民票を取り込む必要を考えたクリントンは、タブーであった「NATO東方拡大」に舵を切る。
「NATO東方拡大」はロシアを挑発して核戦争を招く恐れがある。外交の専門家は一貫して認めなかったが、ソ連崩壊直後のロシアは混乱の極にあり、反発する余裕はない。さらに唯一の超大国となった米国には「ネオコン」と呼ばれる思想集団が、民主・共和両党にまたがって勢力を伸ばした。
彼らは世界最強の軍事力によって米国の民主主義を世界に広め、共産主義を消滅させることを自分たちの使命と考えている。ソマリアやコソボの内戦に介入して米国は「世界の警察官」になった。同時にクリントンはデジタル技術で情報革命を起こし、21世紀を「グローバリズムの時代」と呼んだ。
民主党政権はGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)を作り出し、それが世界に君臨するようになる。クリントンの言うグローバリズムは、情報、金融、軍事で米国が世界を一極支配することだ。
これに対し世界では「反グローバリズム運動」が起こり、その運動から生まれた過激な反米思想が9・11同時多発テロとなって米国を襲った。大統領に就任したばかりのブッシュ(子)はチェイニー副大統領を筆頭に「ネオコン」に取り巻かれていたが、彼は9・11を「第二の真珠湾」と位置づけ、敗戦国日本が民主主義国に変わったことを例に引き、中東を民主化するための「テロとの戦い」を宣言した。
しかし「テロとの戦い」は米国にベトナム戦争以上の負担となり、その隙に中国とロシアが軍事・経済の両面で力をつけ、米国の地位を脅かすようになる。オバマ大統領は「世界の警察官をやめる」と宣言し路線転換を図ったが、それは不徹底なままに終わった。
トランプはグローバリズムが米国内に深刻な格差を生み出していることを見抜いていた。デジタル革命の恩恵で情報・金融分野で活躍する階層と、凋落する製造業で働く学歴のない階層との格差である。前者の階層は民主党支持者であり、底辺労働者は民主党から見捨てられていた。
トランプは底辺の大衆に「メイク・アメリカ・グレート・アゲイン(米国再興)」を訴え、取り込みを図る一方で、欧州ではロシアのプーチン大統領と手を握り、NATOを解体して「東方拡大」をやめさせ、アジアでは朝鮮半島の分断に終止符を打つなど、「世界の警察官」をやめる具体的行動を取ろうとした。しかし「ネオコン」に阻まれ1期だけの大統領で終わった。
そこに登場したバイデンは、トランプが米国の一極支配をやめて世界を多極構造にしようとしたことをひっくり返し、同盟国との関係を強め、欧州のウクライナとアジアの台湾でロシアと中国に対峙し、ロシアと中国を弱体化させる方針を採用した。そのため民主主義と専制主義を対比する「ネオコン」路線が復活する。
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