裏金事件の本質に切り込まないから野党は選挙で敗北する
フーテン老人世直し録(734)
睦月某日
自民党の派閥資金パーティ裏金事件で自民党に逆風が吹く中、21日に投開票された八王子市長選挙で自民、公明が推薦した候補者が、立憲民主、共産、社民が支持した候補者を破り初当選した。
八王子市は東京地検特捜部が捜査のターゲットとした自民党安倍派の「5人衆」の一人、萩生田光一前政調会長の地元で、選挙前の世論調査では野党が優勢だった。有権者の関心も高く、投票率は前回より7.2%も上回ったが、その結果、市民が選んだのは野党ではなく自公推薦候補だった。
この選挙結果は何を物語っているのだろうか。フーテンは自公が強いのではなく野党が目も当てられないほどに弱いことの証明だと思った。今回の裏金事件に対する反応を見ても、特捜部の狙いは安倍派の解体にあるのに、野党はそれを理解できないのか、あるいはわざと理解しないのか、事件を自民党全体の責任に拡大して岸田政権の支持率低下を狙った。
岸田政権の支持率を低下させ退陣に追い込んでもそれで野党が権力を握れるわけではない。総理の顔が自民党の他の政治家に変わるだけの話だ。次の総理の人気が高まれば政権交代は遠のく。しかし昔の社会党と共産党が野党を自称していた「55年体制」では、野党は検察の政界捜査を利用して総理を退陣に追い込むことを目標にしていた。
総理が退陣すれば野党は自分たちの手柄だと言い、メディアは「よくやった」と検察と野党を褒め、自民党の中で権力が移譲するのである。しかしそれは政権交代とは無関係だ。権力の交代は国民が投票で行うのが民主主義だが、昔の野党はそれを狙わない。自民党長期政権はこのようにして野党とメディアが協力することで成り立っていた。
検察は行政機構の一機関であり霞が関権力の守護神である。日本の権力機構にとって不利なことをやるはずがない。それを昔の野党は見ないふりをして、常に検察捜査の応援団となり、霞が関権力に比べれば権力らしい権力を持たない自民党政治家追及に協力した。
そのため事件の真相究明より自民党を叩くことに比重が置かれ、それが自分たちの選挙を有利にすると考えていたようだ。しかし有利にすると言っても、昔の社会党は選挙で過半数を超える候補者を擁立せず、全員が当選しても政権交代にならない。共産党は全選挙区に候補者を立てて社会党の足を引っ張る。それが「55年体制」の自称野党だった。
しかし30年前の政治改革で小選挙区制が導入され、二大政党制が政権交代を常態化すると思わせた。すると霞が関の守護神である特捜部が民主党の小沢一郎代表の「政治とカネ」を摘発し、そこから民主党は一枚岩でなくなる。民主党はいったん政権を獲得するが、その後は霞が関権力の言うままになって自民党の復権を許した。
それからの野党は分裂が常態化する。野党の得票数を合わせれば、自公政権の得票数を上回るのに、遠心力だけが働いて一つになることができない。このままなら自民党長期政権は半永久的に続く。政治状況は「55年体制」に後戻りした。今回の裏金事件で見せた野党の対応はフーテンに昔の社会党を思い出させた。
事件の真相解明より総理の支持率を下げさせ、自分たちの選挙を有利にしようとするのである。実は特捜部は事件の真相究明に手を付けていない。今回の事件の異常さは安倍派が長年にわたり「組織ぐるみ」で裏金作りをやっていたところにある。
個々の議員の政治資金規正法違反事件はこれまでにもあった。しかし今回はそのレベルを超えた「組織犯罪」が表に出たのである。しかも20年くらい続いてきたという。誰がその仕組みを作ったのか、何のために作ったのか、なぜ組織の中で誰も暴露しなかったのかを解明することなしにこの事件は終われない。
ところが野党は全くそれを追及しない。いつの間にか事件は「派閥は悪」という話にすり替わり、裏金が3千万円を越せばアウトだがそれ以下ならおとがめなしの話になり、野党は「組織犯罪」の真相究明より岸田批判を強め、政権交代を自ら放棄していた昔の社会党そっくりになった。
「政治とカネ」の話は綺麗ごとを言うだけでは解決しない。政治資金規正法の趣旨は政治資金に制約は課さないが、その代わり「入りと出」を国民に透明にして、選挙での判断材料にしてもらうというものだ。
誰からどれだけ貰ったか、それを何に使ったかが分かれば、国民は政治家の働きぶりを評価できる。それが政治資金規正法の求めるところで、検察が介入する話ではない。それが民主主義というものだ。
それを捻じ曲げたのが「クリーン」を名乗って国民を目くらましにした三木元総理である。政治資金規正法を改正して「金額の規制」を盛り込んだ。そこから政治家たちは政治資金を規制の外側で処理するようになり、政治資金が闇に潜るようになった。
それが検察に活躍の場を与え、検察は国民が持つ特権階級に対する「妬み」を刺激して「政治とカネ」をあたかも国政の最重要事項と思わせ、国民は本来の取り組むべき政治課題に関心を持たなくなった。「政治とカネ」が日本ほど騒がれる国はない。大宅壮一氏が言った「一億総白痴化現象」が政治の世界に起きた。
今回の事件を受けて野党が主張したのは「派閥の解消」、「規制の強化」、「罰則の強化」である。いずれも政治資金規正法の趣旨とは無関係だ。むしろそれは政党政治の力を削ぎ、霞が関権力の強化を生む恐れがある。そして今回の野党は昔の社会党のように総理批判に集中した。
その結果この1か月間に起きたことは、選挙戦での自公勝利と野党敗北である。特捜部が12月19日に安倍派と二階派の強制捜査に踏み切った直後、24日に投開票が行われた武蔵野市長選挙で、立憲民主、共産、れいわ新選組、社民、武蔵野・生活者ネットワークの支持する候補が自公推薦候補に敗れた。
339票という僅差ではあったが、18年間にわたり自民党系の市長が当選できなかった武蔵野市で自公推薦の市長が誕生したのである。この市長選は菅直人元総理が次期総選挙に出馬せず、後継に武蔵野市長であった松下玲子氏を指名したため、松下氏が市長を辞任したことから行われた。
昨年の11月初旬に行われた菅直人氏の記者会見の後、フーテンは「政権交代への期待感を粉々にした男が次期総選挙に不出馬を表明した『潮時』とは何か」と題するブログを書いた。
会見で菅氏は「政界引退ではない」と発言し、自分の影響力を残そうとしていたから、フーテンは「選挙で当選できる見込みがないから後継者に当選できる人を選んだのだろう」と書いたが、早くもその可能性も怪しくなった。
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