フランス軍の介入でマリ情勢は好転するか
フランスの軍事介入
1月12日、フランスのオランド大統領は、マリのディオンクンダ・トラオレ暫定大統領との合意に基づき、同国の北部を支配するトゥアレグ人の武装組織であるアザワド民族解放運動(MNLA)と、イスラーム過激派アンサル・ディーンに対する攻撃のため、フランス軍を投入したことを発表しました。13日にはフランス軍の支援を受けたマリ軍と、武装勢力間の衝突が発生し、前者は北部主要都市ガオなどを制圧しました。翌14日には、国連の安全保障理事会で、満場一致でフランスの行動が支持されており、今後は地上部隊を含めて2500人規模の部隊に増員されるほか、近隣の西アフリカ諸国で構成される西アフリカ諸国経済共同体(ECOWAS)も3300人の兵員を派遣するとみられています。
以前に取り上げたように、西アフリカのマリでは2011年末からMNLAとアンサル・ディーンによる武装活動が活発化し、これの鎮圧にあたっていた軍隊が、装備の不足に対する不満から3月にクーデタを起こしました。その後、トゥーレ前大統領が辞任し、トラオレ暫定大統領が就任するなど、マリ中央が混乱している間に、北部では5月にMNLAとアンサル・ディーンがアザワド共和国の樹立を宣言しました。この地域ではその後、ヴェールを着用しない女性が連行されるなど、厳格なイスラーム支配が敷かれていました。
やはり以前に取り上げたときには、資源が豊富に発見されているわけでなく、大国からみて戦略上さほど地理的に重要な立地でもないマリの紛争である以上、このまま見捨てられる可能性すらあると述べました。その意味では、武力介入が実現したことに鑑みて、この予測は外れたようです。それでは、シリアの場合などと比べて、マリへの武力介入が比較的スムーズに進行したのは、なぜでしょうか。
軍事介入を促した要因
これを改めて考えてみると、今回の武力介入が進んだ背景としては、第一に政府の立場がありました。シリアの場合は、あくまで外部の介入を拒絶していますが、マリの場合はむしろ逆に、北部の動乱に手を焼いた政府と軍部が、歴史的に関係の深いフランスに支援を求めたという構図になっています。外国の軍隊が国内に入ってくること、さらに軍事活動を行うことを認めるか否かは、それぞれの国家の主権に関わる問題です。逆を言えば、当該国政府が承認さえすれば、それは容易です。
第二に、これに関連して、中国やロシアの立場があります。シリアの場合、外部の介入を拒絶する政府と、中国やロシアは以前から経済的・軍事的に深い関係があります。そのため、西側先進国による干渉を嫌う中ロは、「内政不干渉」の原則を盾に、国連安保理において武力介入に反対したのです。しかし、マリの場合は、もともとさほど親密なわけでなく、まして政府自身が介入を求めている以上、中ロに取り立てて反対する理由や口実はなかったのです。
第三に、フランスの意志の問題です。国連安保理常任理事国であることを除けば、フランスは米国などと比較して、グローバルな大国であるとはいえません。しかし、ことアフリカに関しては、フランスは強い影響力をもっています。19世紀の帝国主義の時代、アフリカ大陸を二分した勢力は英国とフランスでした。独立後も、フランス政府は毎年「フランス・アフリカ諸国首脳会議」を開き、フランス語圏アフリカ諸国政府と緊密な関係を保っています。軍事的にも、1994年のルワンダや、2002年のコートジボアールでの内戦に、フランスは単独で介入してきた歴史があります。中ロの譲歩を引き出すため、拒否権が発動されることを織り込み済みで介入を示唆したシリアのときとは、フランスの「本気度」が違うといえるでしょう。
第四に、武力活動を行っている組織の問題です。トゥアレグ人の独立を目標に、世俗的なナショナリズムを掲げるMNLAはともかく、それと協力関係にあるアンサル・ディーンは、イスラーム過激派「イスラーム・マグレブのアル・カイダ」(AQIM)とも繋がりがあります。AQIMは北アフリカ(マグレブ)諸国各地でテロ活動を行っており、1月16日にアルジェリアで日本人が拉致された事件の首謀者モホタール・ベルモホタールも、これに関係しています。西側先進国だけでなく、中ロもまた国内のイスラーム系住民の独立運動と繋がるイスラーム過激派とは敵対関係にあり、さらにAQIMの場合は特定の国との結びつきはほとんどありません。いわば、その攻撃対象が主要国の共通の敵であることが、軍事介入を容易にしたといえるでしょう。
第五に、そして最後に、周辺国の協力です。西アフリカ諸国では、冷戦終結後の1990年代に内戦が頻発し、そのときの経験からECOWASには、近隣諸国の内戦に介入する権限が与えられており、各加盟国は予めそれに同意しているのです。ただし、実際には、資金や装備の潤沢でないアフリカ諸国にとって軍事介入はコストのかかる選択です。さらに、近隣諸国同士の関係もあり、そう簡単に介入の権利を行使することはありません。しかし、先述のように、ECOWASもまた、国連やフランスと足並みを揃えて、マリへ軍事介入する姿勢を示しています。西アフリカでは英語圏のナイジェリアと、フランス語圏のセネガルが反目することが珍しくありませんが、少なくとも合意の段階においては、今回の介入において両地域大国は協調姿勢を示しています。ナイジェリアなどでもイスラーム過激派による襲撃事件が頻発していることから、西アフリカ諸国政府にとっても、既存の国境線が変更されたり、イスラーム過激派が跋扈する状況は、好ましいものではありません。フランスが積極的に介入する状況が、周辺国の積極的な関与の呼び水となり、後者が前者をサポートするという循環が生まれているのです。
軍事介入の効果
こうして実現した軍事介入ですが、これがマリ動乱を治める契機になり得るのでしょうか。
少なくとも、短期的には、北部を実効支配しているMNLAやアンサル・ディーンを掃討し、諸都市を解放することはできるかもしれません。フランス軍の誇るミラージュ戦闘機が投入されていることからも、正面からの軍事衝突で、MNLAやアンサル・ディーンの勝機は薄いと思います。
ただし、長期的にこれらの武装勢力を抑えこめるかといえば、決して楽観はできません。1960年代から分離独立運動を続けてきたトゥアレグ人たちにとって、数ヶ月の戦闘で負けたり、撤退することなどは、大きな問題ではありません。アンサル・ディーンに代表されるイスラーム過激派にしても、若年層の失業や貧困といった社会問題が深刻な状況が、既存の秩序を力ずくで転換する志向を生んでいる以上、新人のリクルートには事欠きません。まして、イスラーム世界全体から資金を調達し、世界中でそれを運用して収益をあげている「本家」アル・カイダから支援を受けたAQIMが背後にいるとなれば、物質的にもそう簡単に行き詰ることはありません。
軍事力で一方的に市民を支配することは、認められるべきでないでしょう。しかし、政治的、経済的、社会的な不満の発露がこの動乱の背景としてあることからすれば、アフガニスタンやイラクなどでみられたように、軍事的な手段のみで武装勢力を抑えることはできません。政治的な意思表示の機会を与えること、経済的な機会を増やすこと、少数派エスニシティ(民族/部族)の権利回復など、国家のあり方そのものを転換しなければ、テロを根絶することはできません。それがなければ、短期的に北部都市を解放したとしても、フランス軍や周辺国部隊が半永久的にマリにいられない以上、アフガニスタンでタリバンが勢力を回復しているように、MNLAやアンサル・ディーンがその活動を沈静化させることは想像しにくいのです。現下の情勢から考えると、国際的に放置されるというシリアの二の舞を避けられたマリですが、アフガニスタンやイラクの二の舞に陥る可能性は、極めて高いといえるでしょう。