岸田政権が資金を多く提供した上位5カ国はどこか――‘バラまき外交’批判を考える
- 2023年に日本政府が提供した資金のうち「あげた」のは10%程度で、政府歳出の0.2%ほどしかない。
- 外国に提供した資金の大半は貸付つまりローンで、相手国は利子をつけて日本に返済することになるため、少なくとも「バラまき」とは呼べない。
- さらに、2023年の日本政府による資金提供を国別にみると、その上位5カ国には日本へのリターンが期待される国が多く、この意味でも単なる浪費といえない。
岸田政権を擁護するつもりはないが
物価上昇は続き、一方で多くの業種・職種ではそれに見合うほど給与が増えない。それでも増税論議は活発で、おまけに自民党の「パー券」問題の結末に多くの人は納得していない。
こうしたなかで岸田政権が海外への資金協力を増やすことには、SNSを中心に批判が噴出してきた。なかには「大国ぶって外遊で金を配る」といったものもある。
ただし、「バラまき外交」批判のなかには岸田政権の不人気に便乗したような、あるいは断片的な情報に基づいて、生活不満をただぶつけるような‘批判のための批判’とも映るものが珍しくない。
岸田政権を擁護するつもりは毛頭ないが、生産性の乏しい批判によって外交にブレーキがかかるのはもっと忍びない。
筆者は以前にもこのテーマをより詳細に取り上げたが、今回は金額の上位5カ国(2023年)をピックアップすることで、よりコンパクトにまとめてみよう。
上の図は昨年の資金提供先上位5カ国を、一昨年、そしてコロナ感染拡大の前年で、安倍政権末期の2019年のデータとの比較で示している。
第1位 バングラデシュ
2023年の第1位はバングラデシュだったといわれて「ああなるほど」と納得する人は、かなりの国際情勢通だろう。それほど日本ではマイナーな国ともいえるバングラデシュに、日本政府は昨年約5,000億円提供した。
その金額の8割近くを占めるのが、同国東部のチョットグラム(チッタゴン)とコックスバザールを結ぶ高速道路と、マタバリの火力発電所の建設プロジェクトだ。
こうした巨大インフラ建設が相次ぐバングラデシュは、国際的な物流拠点として注目度の高いエリアにある。国境をまたいだミャンマー西部では、中国やインドがそれぞれ巨大港湾の整備を進めている。
バングラデシュの隣国インドは昨年「インド-中東-欧州経済回廊(IMEC)」構想を本格的にスタートさせた。これが実現すれば、ソマリア沖、紅海、スエズ運河周辺など治安が極度に悪化している海域を迂回してアジアとヨーロッパを結ぶことが期待されている。
日本政府はこの構想に強い関心をもっている。バングラデシュ東部からインドへつながるルート構築は、いわばIMECを東方に延伸するもので、それは「一帯一路」を迂回したサプライチェーンを構築する一環ともいえる。
第2位 イラク
第2位は中東のイラクだ。提供額の8割以上に当たる約2,030億円は、バスラ製油所の改良計画に当てられている。
BPによるとイラクの2021年の原油生産量は約2億トンで世界第5位だった。
しかし、イラクでは設備の老朽化や治安悪化などで原油生産にブレーキがかかっている。つまり、そのポテンシャルは現状より大きいと見込まれている。
一方、日本の原油輸入に占めるイラクの割合は現在0.1%にとどまる。裏を返せば、イラクの石油生産へのテコ入れは、資源市場が不安定ななかでリスク分散を図ることにもなる。
第3位 インドネシア
第3位のインドネシアには約2,000億円が提供されたが、このうち1,300億円程度は首都ジャカルタ周辺での道路、鉄道整備などに、436億円はアチェなどでの発電設備の拡充にあてられた。
もともとインドネシアは冷戦時代から日本が東南アジアのなかでも特にテコ入れしてきた国の一つで、近年では日中間の高速鉄道受注レースの舞台にもなった。
東南アジア最大の経済規模と人口を抱えるインドネシアは、2026年にGDPでロシアを抜いて世界6位になるという試算もある。
この国でのインフラ建設に高い優先順位をつけられたことは、日本政府が東南アジアで中国とのレースを重視していることの表れともいえる。
第4位 インド
第4位のインド向けのうち約75%は、パトナでのメトロ建設などのための1,268億円で占められる。
これまでに触れた「中国を意識した資金協力」という意味では、インド向けの資金協力はその典型といえる。
インドは2021年にイギリスを抜いてGDP世界第5位になったが、日本との取引額もこの10年間でほぼ倍増している。
中国に代わる有望な投資対象の一つとして、さらに日本と同様に中国の海洋進出を警戒する点でも、日本政府が高い優先順位をつけて資金協力を行うことは不思議ではない。
第5位 ウクライナ
第5位のウクライナについては多言を要しないだろう。
2022年2月に始まったロシアによる軍事侵攻の後、アメリカはじめ各国から支援が集まったが、昨年10月までの提供額で日本は第5位である。
日本政府は2023年、復旧、人道支援などに793億ドルを提供した。
外国に「あげた」のは歳出の0.2%程度
以上の上位5カ国に提供された金額の合計は、2023年の総額の7割以上を占める。
その多くは、サプライチェーン構築、資源の調達、中国への対抗などで重要度の高い国だ。つけ加えれば、インフラ建設などには多くの日本企業も参画している。
つまり、対象国の選定には日本自身の利益や目的が色濃く反映されている。
さらに注意すべきは貸付、つまりローンが中心ということだ。
資金提供先トップ5に限ってみると、イラク、インド、インドネシア向けはほぼ100%貸付だ。言うまでもなく、これら各国は利子をつけて日本に返済しなければならない。
この点で日本は欧米の多くの国と異なる。「あげる」が中心、「貸す」は例外、というのが欧米の一般的パターンだからだ。
これに対して、日本政府が2023年に外国に「あげた」のは約2,353億円で、海外への資金協力全体の約14%にとどまる。ちなみに、これは令和4年度予算の歳出(107兆5,964億円)の0.2%ほどだ。
人道や慈善といったものと縁遠いこの手法は、歴代政権とあまり変わらないものだ。その道義的な評価はともかく、少なくとも「バラまき外交」と批判されるほど気前が良くないことは確かだ。
ウクライナの例外ぶり
その意味で、ウクライナはむしろ異例に近い。2023年の資金提供先トップ5に名を連ねながら、そこにはローンが含まれないからだ。
ウクライナ向けの793億ドルという規模は、昨年の日本政府による海外向け贈与の3割を超える。そこにはアメリカはじめNATO加盟国からの同調圧力の強さもうかがえる。
たとえ1円でも外国に無償で提供すれば、「日本が大変な時に」という人もあるかもしれない。けれども、日本が生きていくのは外国との関係ぬきには成り立たないのであって、ある程度まではむしろ必要経費と考えるべきだろう。
ただし、日本の余力がかつてほど大きくないことも確かだ。
そこで政府が心がけるべきは、ムダな使われ方をしないかの監督だろう。公的資金の使途の透明性が問われるのは、国内だけではない。
一方、メディアにもこの問題を報じる時には注意を求めたい。
資金運用の透明性やパフォーマンス、意義などの観点から検証して、政府を批判するのは正当だろう。
しかし、一部メディアには「バラまき外交」批判に理解を示すような論調が見受けられる。
ところが、額面の大きい案件ほど政府は大々的に発表するし、世論もそれに集中しやすいが、巨大プロジェクトほど貸付になることが多いのが一般的だ。金額の大きいものほど、日本政府は自腹を切れないからだ。
こうした基礎知識ぬきに、ただ政府発表の金額だけぬき出して伝えるのは「批判のための批判」を煽ることにもなりかねない。いくら不人気な政権であっても、ただケチをつければいいというものではないのだから。