「ウクライナ追加支援6000億円」を擁護する論理(人道や国際正義をぬきに)
- 日本政府がウクライナに6000億円の追加支援を決定したことにSNSなどでは批判が噴出した。
- ただし、そのかなりの部分はローンで返済を前提にしている。
- さらに日本政府は、追加支援の活用による日本企業のビジネス機会拡大と、拠出額以上のリターンを見込んでいるとみられる。
日本政府がウクライナ向けに6000億円を提供すると決定したことには批判も多いが、この追加支援には日本自身の利益も視野に入っているとみてよいだろう。
「6000億円」への批判
鈴木俊一財務相は12月19日、G7財務相・中央銀行総裁会合でウクライナに45億ドル(約6000億円)を拠出する用意があると明らかにした。その内訳は人道支援に10億ドル、世界銀行を通じた復興ローンなどに35億ドルとなっている。
日本政府は今年10月末までにウクライナに約72億ドルを提供しており、これは先進国中5番目の規模だ。
そのうえさらに「6000億円の追加支援」が発表されるや、SNSなどでは「国民の生活が大変なときに海外に資金をバラまくな」「自民党の裏金から出せ」といった反発が広がった。
首相が「増税メガネ」と揶揄されるほど政府への信頼が低下し、自民党に不正資金疑惑が噴出していることから、こうした批判も理解できる。また、金額の根拠にも議論の余地はあるだろう。
その一方で、岸田政権や自民党を擁護しなければならない義理も意思もないが、ある程度の規模の追加支援は日本にとって単純なマイナスとはいえない。
人道や国際正義といった論点は、いったん置く。ここでのポイントはむしろ、追加支援をうまく活用すれば拠出額以上のリターンを日本にもたらせる、ということだ。
というのは、ウクライナ向け民間投資への関心が高まり、各国が進出機会をうかがっているからだ。
ウクライナ投資のリスクと期待
戦時下の国での投資、というと「戦争で儲けるのか」といった批判もあり得るだろう。
しかし、お金だけあっても意味はないかもしれないが、お金がなければ道が閉ざされやすいのも確かだ。特に国際関係ではそうだ。
ウクライナでは民間施設の破壊を含む大規模な戦闘が続いているが、経済は止まっていない。さらに、インフラ復旧をはじめとする復興の足がかりを作るうえでも資金は欠かせない。
世界銀行はウクライナ復興に必要な資金を約4110億ドルと見積もっているが、いわゆる支援だけでは到底足りない。だからこそ、ウクライナ政府やその最大の後援者アメリカ政府は民間投資の誘致に力を入れているのだ。
その結果、昨年のウクライナ向け海外直接投資(FDI)は約8億5000万ドルだった。
その前年2021年は73億ドルだったため、ロシアによる全面侵攻がウクライナ向けFDIに大きなブレーキになったことは間違いない。
とはいえ、ロシアがクリミア半島を編入した2014年(約4億ドル)やコロナ感染拡大の2020年(マイナス3600万ドル)と比べて、その減少幅は限定的ともいえる。
それだけ海外からの投資は根強いわけだが、具体例をあげるとアメリカの金融大手シカゴ・アトランティックは約2億5000万ドルを投資してウクライナでの住宅建設などに参入する方針である。
アメリカだけでなくEU、さらにロシア制裁と距離を置く中国、インド、アラブ首長国連邦(UAE)でも同様の動きはみられる。
ウクライナに食い込める手段の限界
インフレで世界的に消費が落ち込むなか、財・サービスの需要が急激に高まるのは戦地以外に少ない。だからこそウクライナは「ヨーロッパ最後の大チャンス」とも形容される。
多くの企業が関心を持つのは軍事産業やインフラ復旧だけではない。
ウクライナの投資ガイドによると、この国には世界3位のトウモロコシ輸出をはじめとする農業、世界2位のシリコマンガン輸出などの鉱物資源、EU圏や中東産油国などに近い立地条件、情報エンジニアを含む人的資源など、いくつかの好条件がある。
こうした注目セクターはNASDAQでも紹介されている。
ただし、民間投資がスムーズに進むかは、日本とウクライナの政府同士の関係によっても左右される。
一般的にインフラ建設や資源開発など相手国に許認可権があるものについては、進出しようとする企業の本国政府によるバックアップが欠かせない。
通常の場合でさえそうなのだが、戦時下という特殊な状況のウクライナならなおさらだ。例えば、企業の安全への配慮ひとつとっても政府間の連携と情報共有は欠かせない。
ところが、この点において日本の優位性は少ない。ウクライナ侵攻以前からのつき合いは薄いし、昨年2月からも欧米のように軍事援助しているわけではない。
だとすれば、人道支援といった民生支援で存在感を出さなければ、その先の民間投資でも成果を期待しにくい。つまり、人道や国際正義はさておき、「日本の利益」という観点からみて追加支援には必然性を見出せる。
日本政府は来年2月、東京でウクライナ経済復興推進会議を開催するが、ここではインフラ建設や農業などビジネス分野も議論になる。
日本企業に投資を促すなら必要なこと
とはいえ、日本企業の進出をテコ入れするにしても課題は残る。最大の懸案はもちろん戦闘がいつまで続くかだが、それ以外にも3点があげられる。
第一に、単に政府同士が「仲良く」なるのではなく、日本企業の活動がスムーズに行えるよう、ウクライナ政府に働きかけることが欠かせない。
NGOトランスペアレンシー・インターナショナルの計測によると、ウクライナの公的機関の透明性はアフリカの貧困国なみに低い。窓口の担当者ごとに言うことが違ったり、法令にのっとった手続きが行われたりしにくければ、安心したビジネス環境とはいえない。
身びいきの強いアメリカ政府でさえこれを否定できない。ホワイトハウスでウクライナ経済復興を担当するプリツカー特別代表は、透明性や説明責任の改善を含むいくつかの改革の必要を指摘している。
日本政府が投資環境の整備をウクライナ政府に強く求めないままなら、その旗振りに日本企業が付き合えるかはあやしい。
第二に、幅広く利益を還元できるかだ。
政府のテコ入れで日本企業がウクライナにビジネスチャンスを広げること自体は悪くないだろう。しかし、現下の雇用環境では、企業が利益をあげてもそれが働く者に十分還元されているとはいいにくい。
岸田政権が発足当初に掲げた「新しい資本主義」は静かに消え去ったままだ。巨額のウクライナ支援と並行して日本企業を支援するなら、改めてこの点がクローズアップされるべきだろう。
世論を無視する外交を待つもの
そして第三に、沸き起こる国内の不満をほぼ無視した巨額のウクライナ支援が、将来への禍根になることだ。
世論に任せた外交は危ういものになりやすい。その象徴は、支持者の内向き志向を頼みにしたトランプ政権が、「アメリカの利益に反する」とみなした条約や協定を次々と反故にする、およそ国際的常識とかけ離れた外交を展開したことだ。
ただし、世論に乗ったトランプ外交は、専門家、政治家、ステークホルダーによる「密室外交」への反動でもあった。
知り合いのある外交関係者はかつて筆者に「荒れやすい国会では落ち着いた議論もできない」とグチったことがある。これはこれで理解できなくもない。
とはいえ、「その筋の人間だけわかればいい」式のやり方がポピュリストを招いたのだとすれば、重要なのは世論を軽視したり、ただ世論に乗ったりするのではなく、世論をリードできる外交を展開できるかにある。
生活不安が高まるなかでのウクライナ追加支援は、その一つの試金石といえるだろう。