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障がいのあった男が最期に遺したセックスの記録を映画に。願いを叶える理想の彼女役になって考えたこと

水上賢治映画ライター
「愛について語るときにイケダの語ること」に出演した毛利悟巳 写真提供:佐々木誠

 映画「愛について語るときにイケダの語ること」は、いまはもうこの世にいないひとりの男の最後の願いから始まっている。

 その男の名は、池田英彦。彼は四肢軟骨無形成症だった

 そして、40歳の誕生日目前で彼は、スキルス性胃ガンステージ4と診断される。

 死を強く意識した彼は「今までやれなかったことをやりたい」と思い立ち、その想いは性愛へと向かい、自分と女性のセックスをカメラに収める、いわゆる「ハメ撮り」に走っていく。

 そして、自らの死をクランクアップとし、それまで映像を自身主演の映画として遺すことを望んだ。

 池田氏の「僕が死んだら映画を完成させて、必ず公開してほしい」という遺言を託されたのは、ドラマ「相棒」などを手掛ける脚本家の真野勝成。

 20年来の友人であった真野は、「マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画」や「ナイトクルージング」などを発表している友人の映画監督、佐々木誠に映像を託す。

 こうして池田英彦企画・監督・撮影・主演、初主演にして初監督にして遺作となった映画「愛について語るときにイケダの語ること」は完成した。

 当初は関係者をメインにした1回限りの上映で終わる予定だった本作だが、今年6月から東京で公開が始まると連日満員御礼!

 その熱はいまだ冷めやらず、地方公開を一通り経て、今月26日から東京でアンコール上映に突入する。

 本作についてはこれまで、撮影・脚本・プロデュースを担当した真野勝成(前編後編)と、共同プロデューサー・構成・編集を担当した映画監督の佐々木誠のインタビュー(第一回第二回第三回第四回)を届けたが、東京での凱旋上映を前に今度は、本作におけるキーパーソン、重責を担った女優の毛利悟巳に話を聞いた。(全四回)

イケダの恋人役を務めることになった経緯とは?

 はじめに作品において、毛利は池田の恋人役を務めている。

 「恋人役」というのは、どういうことかというと、自分が末期がんと知った池田は「ふつうのデートをする」ことを望む。

 この願いを実現すべく真野は、映画やドラマのように脚本を用意し、配役をたて、フィクションの中で、池田に理想のデートを実現させようとする。

 その仮のデートの架空の恋人役を務めたのが毛利だ。

 はじめにこの話がきたときのことを彼女はこう振り返る。

「わたしは大学で演劇科に通っていたんですけど、そのときの同級生の友人が真野さんと家族ぐるみの付き合いをしていて。

 その彼女から話がきたんです。真野さんが『映画に出演してくれる女優を探している』と。

 なので、真野さんとは友人を介して出会いました」

概要だけだと、かなり怪しい企画に思いました(苦笑)

 その時点では、どういうことが求められているかはまったく知らなかったという。

「概要らしきものはなんとなく聞いていました。

 彼女からは、ふつうのストーリーがあって、台本のセリフを読むというよりは、即興というか。

 その場で臨機応変に対応していくようなもので、それをおもしろがってくれる俳優を探していると。

 彼女とは一緒に作品を作ったこともあっていい友人だし、その上で声をかけてくれてはいるので、信頼はしていたんです。

 その企画自体にも興味はある。仮想のデートではあるけれど限りなくドキュメンタリーに近くて、実際の恋人のような人物を演じるとかなかなかないじゃないですか。

 でも、概要だけだと、かなり怪しい企画に思える(苦笑)。

 なので、真野さんに実際にお会いして、真野さんがいい人で(笑)、怪しい企画ではなかったらお受けしようと思いました。

 それで、友人も交えて1度、3人でお会いしました」

理想のデートをする相手がわたしで大丈夫なのかなと、正直思いました

 そのとき詳細を真野から聞いたという。この疑似デートともいうべきシチュエーションで、恋人役を務めることは正直戸惑ったのではないだろうか?

「企画にたとえば『余命』とか『末期がん』とかけっこう強いワードが並んでいたので、はじめはたじろいだというか。

 大変な状況にいる池田さんの恋人役を務めて、理想のデートをする。その相手がわたしで大丈夫なのかなと、正直思いました。

 でも、実際、真野さんにお会いして話したとき、ほんとうにすごく誠実にこの架空のデート企画に臨もうとしていることが伝わってきました。

 架空のデート企画ではあるんですけど、ものすごく真剣に臨む一方でユーモアを忘れないというか。

 いい意味で、真面目かつ遊び心をもってやりたいという池田さんと真野さんの気持ちが伝わってきたので、これは面白いことなんじゃないかなと思って、二人に乗っかってみようと思いました(笑)」

「愛について語るときにイケダの語ること」に出演した毛利悟巳 写真提供:佐々木誠
「愛について語るときにイケダの語ること」に出演した毛利悟巳 写真提供:佐々木誠

役として向き合えばいいのか、素で立ち振る舞うべきなのか

 とはいえ、この試みの恋人役で求められる立ち位置はなかなか難しい。ある意味、毛利は自分自身の素を出すことが求められる一方で、局面によっては演じることを要求されるようなところある。

 脚本は用意されているが、シーンによっては即興も求められる。そしてなにより池田の理想のデートを叶えなくてはいけないという重大な任務がある。

「そうですね。

 名前も悟巳という自分の名前でやるし、役として向き合えばいいのか、素で立ち振る舞うべきなのか。

 どう立つのがいいのかはじめは考えました。

 ただ、ずっとカメラはまわっていたし、真野さんももちろん常にそばにいる。

 だから、撮影で恋人役を演じていることを忘れる瞬間っていうのはなかったんですよ。

 ただ一番気を付けていたというか、心に決めていたのが、設定はフィクションではあるけれども、池田さんと一緒にいる時間を楽しむっていうことは本気でしないとダメだなと思いました。

 池田さんが楽しむ、池田さんがやりたいことをやるっていうことがそもそもの出発点。そこを忘れてはいけない。

 フィクションですけど、恋人同士のデートのようにその時間を楽しまないと、企画として成立しない。

 だから、こっちがいかにもガチガチに役を固めて、いかにも演じていますっていうのを少しでも見せちゃったら、池田さんもたぶん冷めちゃう。

 そうなっては元も子もない。だから、演じてはいるんですけど、池田さんとのコミュニケーションは素で楽しむ。そんな感覚で臨んでいた気がします

 いま振り返ると、むしろ混乱したのは池田さんのほうだったんじゃないかと思います。

 というのも、撮影場所は池田さんが実際に住んでいる家で、そのほかも池田さんの生活圏で勝手知ったるところなんです。

 ある意味、池田さんは常にすべて本物に囲まれていた。でも、私だけが偽物で本物の中にいきなり紛れ込んできた(笑)。

 だから、池田さんのほうが不思議な状況に置かれていたんじゃないかなと思います」

もしかしたら最後になるかもしれないデートの相手というプレッシャー

 では、役を担う上でどのような下準備をしたのだろうか?

「さきほど、『わたしで大丈夫なのか』と思ったと話しましたけど、自分が適任なのかわからなくて、オファーを受ける段階で、いろいろな人に相談したんですよ。

 余命が決まってる人の数少ないデート、もしかしたら最後になるかもしれないデートの相手っていうのはプレッシャーで、心を決めて臨まないと池田さんにも失礼なことになる。

 当時、わたしは大学生でその重責を担えるのかわからなかった。

 だから、両親や知り合いの映画監督とかに相談しました。『いま、こういう話が来てるんですけど、どう思いますか』と。

 そのときにいろいろと助言をいただく中で、思ったんです。まず、池田さんは女性のお友だちもいっぱいる。

 だから、たぶん知り合いに頼めば引き受けてくれたと思うんです。所詮と言ったらなんですけど、架空のデートに過ぎない。

 でも、池田さんはそうしなかった。

 察するに、たぶん池田さん、すごく気を遣われる方なので、おそらく知り合いだと、むしろ自分を解き放てないというか。

 親しい相手ゆえに素になれないことがどこかあるじゃないですか。なんか気恥ずかしくて。

 そう考えると、俳優という演じることを前提としている人間がこの役を引き受けたほうが今回のこの企画は成立するというか。

 池田さんのやりたいことがほんとうにできるのではないかと思ったんです。

 それで心が決まって、下準備としてはこの企画に自分が身をなげうつというか。

 何が起こっても『対応するぞ』みたいな心づもりで臨もうと思いました。

 たとえば、いきなりデート中に、『それはちょっと無理です』とか、わたしがやり始めちゃったら、もうそれでこの企画は打ち切りになってしまう。

 だから、そうならないように、もし池田さんがほんとうにすごく気分が高まって、たとえば、向こうからハグを求めるとかあっても、うまく自然な形で対応しようと思っていました。

 池田さんが盛り上がったときのことを私は想定して心の準備しました。自分が動揺しないように。実際は真逆のことが起こってしまうんですけどね(苦笑)。

 なので、撮影に当たってまず準備したのは、その場であり、空間であり、時間に身を投じるというか。

 何があっても動揺しない心の準備をして彼女役に徹する。このことを心に決めました」

(※第二回に続く)

「愛について語るときにイケダの語ること」より
「愛について語るときにイケダの語ること」より

「愛について語るときにイケダの語ること」

企画・監督・撮影・主演:池田英彦

出演:毛利悟巳

プロデューサー・撮影・脚本:真野勝成

共同プロデューサー・構成・編集:佐々木誠

11月26日(金)~東京・アップリンク吉祥寺にてアンコール上映

連日舞台挨拶及びトークイベント開催予定

11月26日(金)

登壇者:毛利悟巳(本作出演)、佐々木誠(本作共同プロデューサー)、真野勝成(本作プロデューサー)

11月27日(土)

登壇者:加藤秀幸(ミュージシャン・システムエンジニア/『ナイトクルージング』主演)、佐々木誠、真野勝成

11月28日(日)

登壇者:山田敏弘(国際ジャーナリスト)、佐々木誠、真野勝成

11月29日(月)

オンラインゲスト:熊篠慶彦(特定非営利活動法人ノアール代表)

登壇者:佐々木誠、真野勝成

11月30日(火)

登壇者:鈴木沓子(ライター・翻訳家)、佐々木誠、真野勝成

12月1日(水)

登壇者:毛利悟巳、佐々木誠、真野勝成

12月2日(木)

登壇者:二村ヒトシ(AV監督・作家)

2022年1月15日 横浜 シネマ・ジャック&ベティでの公開決定

最新の劇場情報などは、公式サイトへ https://ikedakataru.movie

場面写真はすべて(C) 2021 愛について語るときにイケダが語ること

映画ライター

レコード会社、雑誌編集などを経てフリーのライターに。 現在、テレビ雑誌やウェブ媒体で、監督や俳優などのインタビューおよび作品レビュー記事を執筆中。2010~13年、<PFF(ぴあフィルムフェスティバル)>のセレクション・メンバー、2015、2017年には<山形国際ドキュメンタリー映画祭>コンペティション部門の予備選考委員、2018年、2019年と<SSFF&ASIA>のノンフィクション部門の審査委員を務めた。

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