知人が命を削り遺したセックスの記録。「障がい者と性の映画を発表してきた僕しか編集できないと思った」
映画「愛について語るときにイケダの語ること」は、いまはもうこの世にいないひとりの男の最後の願いから始まっている。
その男の名は、四肢軟骨無形成症の障がいのある池田英彦。
40歳の誕生日目前で彼は、スキルス性胃がんステージ4と診断される。
死を強く意識した彼は「今までやれなかったことをやりたい」と思い立ち、その想いは性愛へと向かい、自分と女性のセックスをカメラに収める、いわゆる「ハメ撮り」に走っていく。
そして、自らの死をクランクアップとし、それまで映像を自身主演の映画として遺すことを望んだ。
池田氏の「僕が死んだら映画を完成させて、必ず公開してほしい」という遺言を託されたのは、ドラマ「相棒」などを手掛ける脚本家の真野勝成。
20年来の友人であった真野は、「マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画」や「ナイトクルージング」などを発表している友人の映画監督、佐々木誠に映像を託す。
こうして池田英彦企画・監督・撮影・主演、初主演にして初監督にして遺作となった映画「愛について語るときにイケダの語ること」は完成した。
先に撮影・脚本・プロデュースを担当した真野のインタビュー(前編・後編)を届けたが、続いて共同プロデューサー・構成・編集を担当した映画監督、佐々木誠に話を訊く。(全四回)
池田さんとは、なにか今後もつながるような縁を感じました
これは作品内でも収められていることだが佐々木監督と池田氏が会ったのはたった1回だけだ。
約6年前に公開されていた佐々木監督の「マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画」の上映に池田氏と真野が来場。
上映後トークの後、少しだけ話したのみになる。
佐々木監督は後にも先にも池田氏にこの1回しか会っていない。
このときのことをこう振り返る。
「お会いしたことは覚えているんですけど、なにを話したかはあまり覚えていないんですよ。何かちょっと挨拶したぐらいだったと思います。
ただ、池田さんが来ることは事前に知っていました。
この日のトークゲストが漫画家の巻来功士先生で。真野さんと池田さんと巻来先生が知り合いだった。
それで、巻来先生から『マイノリティとセックスに関する、極私的恋愛映画』にわりと近いような映画を作ろうとしている二人がいて、ひとりは四肢軟骨無形成症で、今夜のトークショーに来ると伝えられていた。
あとから聞いたら、敵情視察だったとか。自分たちが作ろうとしている映画とかぶっていたら…と考えて、探りにきていたようです。
でも、トークショーの間、池田さんは終始ごきげんだったことを覚えています。
その時点ではまだ紹介されていないので、池田さんのことはわかっていなかった。
でも、トークショーをやっていると、わりと目に留まる人がいるんですけど、池田さんはまさにそうで。
トークイベントの間、ずっとニコニコしている人がいて『あの人誰なんだろう』とずっと思っていたんです。
それで、イベントが終わって、席を立ったとき、池田さんとわかった。『この人がそうなんだ』と。
そこでちょっと話をしたんですけど、なぜかはわからないですけど、これで最後とは思わなかったんですよね。
実際、真野さんとはその後に一緒に仕事をするようになって公私ともにのお付き合いになっていく。
池田さんとその後会うことはなかったのですが、なにか今後もつながるような縁を感じました」
「これ、俺しか編集できないんじゃないか」
それから1年もしないで、池田氏は亡くなってしまう。
「池田さんの死は、真野さんから聞きました。
それで、池田さんが遺した自身の性愛を収めた映像があることも伝えられて、知ることになりました。
その時点では、僕は自分が編集するとかまったく考えていなかった。
ただ、真野さんに会うたびに映画にしたいといっているし、気になるから、聞くわけです。『それは誰が編集するんですか?』と。
それで、真野さんに池田さんのことや残されている映像に収められていることを聞けば聞くほど、おこがましいかもしれないですけど『これ、俺しか編集できないんじゃないか』と思ったんですよ。
で、ことあるごとに、『あれどうなってんですか』『どうなってます』って真野さんにきいて、ある段階からは『俺やりますよ』と伝えました。
ただ、そういいながらも、僕も自分の作品の公開や仕事が忙しくて、なかなかとりかかれないでいた。
で、『ナイトクルージング』の公開がひと段落して、割と落ち着いたぐらいのときに、真野さんに『(編集を)やります』と言って素材を預ったら、今回のコロナ禍でほんとうにすべての仕事がいったんストップしてしまった(苦笑)。
去年4月と5月ですけど、すごい時間ができたんで、そこで一気に編集してつなぎました」
池田さんが命がけで遺した映像を放置しておくのはもったいない
池田氏の遺した映像が気になり、自分で編集をと考えた理由はどこにあったのだろうか?
「池田さんはどこか飛びぬけた考えの持ち主だと思うんですよ。
自分の性愛を映像に遺して、それを映画にして劇場で公開してほしいって、ふつうは思わないじゃないですか。
でも、池田さんは、死を覚悟したときに、おそらく考えに考えた末に、自分のセックスを記録して、それを映画という形で残すことを望んだ。
それまで市の職員としてまじめに生きてきた人が、最後にある意味、これまでひた隠しにしてきた自分の本性を曝け出した。
これはできるようでできないことだし、ましてや映画として遺すことは大きな勇気がいることだと思うんです。
でも、池田さんはそれを望んだ。
その池田さんから投げられたボールと向き合わないわけにはいかなかったというか。
シンプルに障がい者と性について作品を発表してきた身としては、池田さんと向き合いたかったんですよね。
それから、実はそれまでけっこう言われていたんです。『障がい者と性についての作品なのに、なぜ直接的なセックスを撮らないんだ』『撮ってみせるべきではないか』ということを。
それに関して言うと、僕はまったく興味がなかった。
障がい者のセックスを撮って、『障がい者のセックスはこういうもの』と周囲に納得されちゃうのも嫌だし、僕自身もわかった気になってしまうのがいやだった。
それから、品がないというか。それはセックスそのものが品がないのではなく、それをこの題材で映画化しちゃうのが品がないと僕は考えていた。
でも、周囲から求められるんですよ。『直接的なものが見たい』と。
で、今回の話でいうと、まず当事者である池田さん自身が自分の性行為を表に出したいといっている。
世の中には、障がい者の直接的な性行為がどういうものなのか興味がある人がいる。
池田さん本人とこうした作品に興味のある人の意見が合致している。
ならば、池田さんも望んでいることだしやってみようかと思いました。
あと、ちょっとキザに聞こえてしまうかもしれないのですが、池田さんがせっかく命がけで遺した映像をそのまま放置しておくのはもったいないと思いました。
仕事柄わかるんですけど、ほんとうに一生懸命に命を削って撮ったにもかかわらず、作品に至らなかったという映像素材を僕はいっぱい見てきている。
撮ったのはいいけど、編集って一番大変なんで、そこで挫折して、そのままお蔵入りになっちゃう作品っていっぱいある。
だったら僕がやる。やりますといって素材を引き取ったほうが、無駄にならないだろうと思いました」
(※第二回に続く)
「愛について語るときにイケダの語ること」
企画・監督・撮影・主演:池田英彦
出演:毛利悟巳
プロデューサー・撮影・脚本:真野勝成
共同プロデューサー・構成・編集:佐々木誠
全国順次公開中
最新の劇場情報は、公式サイトにて、https://ikedakataru.movie
場面写真はすべて(C) 2021 愛について語るときにイケダが語ること