続)武蔵・片山流「プロ野球選手のつくり方」無名の高校生・松岡洸希(西武3位)がドラフト指名されるまで
■片山博視と松岡洸希―師弟の軌跡(後編)
まったく無名の高校球児だった松岡洸希投手(埼玉西武ライオンズ)を、たった1年でドラフト注目選手に押し上げ、BCリーグ史上最高位となるドラフト3位指名を勝ち取らせた埼玉武蔵ヒートベアーズ・片山博視コーチ(元東北楽天ゴールデンイーグルス)の育成法とは。
その綿密な計画と緻密な計算による指導法を明かしてもらった。
前回の記事の続き、6月のBC選抜試合(注:1)から紹介しよう。(取材は昨年12月16日)
《2019年 6月 BC選抜試合》
(関連記事⇒まるで林昌勇(イム・チャンヨン)!武蔵のサイドスロー・松岡洸希の奪三振率に注目)
6月11日のBC選抜試合は自チームの遠征と重なったため、角晃多監督(元千葉ロッテマリーンズ)も片山コーチもベイスターズ球場には足を運べなかった。
1回3奪三振という松岡投手の登板結果を聞き、必ず動画サイトに上がるだろうとアクセスした。
見てビックリだ。またもや驚かされた。そこに映っていたのは、これまで見てきた愛弟子の姿ではなかった。
「コントロールしにいくんじゃなく、力勝負にいっていた」。そう、うなずく。
前々日の喝が効き、いい意味で開き直れたのか。
この時点での松岡投手はまだサイドスローのフォームが完成状態ではなかった。しかしそれが逆に奏功したのだという。
「力勝負でいくってことは、ボールが暴れるわけ。ちゃんとかかったらホップするまっすぐがいくし、ちょっと手首が寝ればシュートして伸びる。低めにいったら垂れる。これだけで3つの武器になる」。
腕を振ることによって、スピードは変わらないのに3つの変化をする。これはバッターにとってかなり厄介である。
松岡投手のストレートがNPBでも通用すると、確信を得た。
そしてなにより、その落ち着きぶりに目を奪われた。
「大舞台になればなるほど力を発揮するやつなんだと感心した」。
ファームとはいえ1軍経験も豊富なベイスターズのクリーンアップに対して、逃げるようなことはなかった。それどころか堂々と向かっていき、自分の持ち味を存分に発揮した。
成長した愛弟子の姿をそこに発見したのだ。
この日を境に松岡投手は“プロ注”と呼ばれる存在になった。“武蔵の林昌勇(イム・チャンヨン)”との異名で注目度がアップした。
本人の意識も変わった。「三振が取れる」ということに気づき、その後は奪三振率がみるみる上昇した。
そこで片山コーチもNPBのドラフトにかかるよう、さらに綿密に徹底的に考えた。
まず、登板はほぼ六回アタマからに固定した。やはりまだ投手1年目ということを考慮してのことだ。
五回裏が終了するとグラウンド整備が行われるのでゲームが一旦落ち着くこと、準備がしっかりできること、そして降板後も試合終了までの間にアイシングなどケアをする時間がきちんととれることなど、すべてにおいてベストであると考えたからだ。
その後は厳しい場面で投げさせることもしなかった。
「それはもう経験したから。もう一回やると崩れちゃうんで。同じところで出して同じやられ方をすると、自分の中でランナーがいるとダメっていうイメージを持ってしまう」。
厳しい場面で抑えることは、NPBに行ってから鍛えればいいと考えた。それを見せなくても、「長所だけを出したらいい」と現時点のポテンシャルでドラフト指名がかかるだろうと、このときの片山コーチは自信を深めていた。
《2019年 7月》
(6試合 6安打6失点(自責2) 奪三振率12.00)
評判がどんどん高まったころ、またつまずいた。公式戦に組み込まれている読売ジャイアンツ3軍戦でのことだ。
この日は1点リードの八回に出番を告げた。しかし1/3回で2安打、3点を失い、2敗目を喫した。
「配球面かな」と片山コーチは切り出した。この日はキャッチャーが違った。
「これまで抑えてきた配球があるにもかかわらず、キャッチャーが代わったことによって、全部変わってしまうのは…。ましてや、初めて当たる相手に対して」。
松岡投手が首を振るべきだったと述懐する。
「ベイスターズ戦みたいにまっすぐとスライダーでガンガン押せばいいのに、この日、チェンジアップを投げた。まっすぐとスライダーは申し分なかったのに。不用意にチェンジアップを多投して、ボールが多くなって…」。
カウントを悪くし、手詰まりになって、ストライクを取りにいった球を打たれたのだ。
「自分のスタイルってなんなの?と。あんまり投げたことない球を、あそこで選択するのはね」。
ただ、キャッチャーだけの問題ではなかった。本人もチェンジアップを投げたがったのだ。ブルペンでよかったからだという。
「スカウトも来てるし、本人もまた新しい自分を見せたいと色気が出た。でもこれでいい経験になったと思う」。
その経験から学習したのか、そのあと8月からシーズン終了まで1点も許していない。自分のスタイルをしっかりと再認識できたようだ。
《2019年 8月》
(5試合 無安打無失点 奪三振率7.50)
8月に入って疲れもたまってくるころだが、ここでもう一度、体を鍛え直すことにした。
「富山の湯浅(現阪神タイガース・湯浅京己投手)のおかげ。あの育成法を参考にさせてもらった」。
一昨年の富山GRNサンダーバーズ・伊藤智仁監督(現東北楽天ゴールデンイーグルス・投手コーチ)は8月にミニキャンプを敢行し、湯浅投手をとことん鍛え上げたと耳にしていた。
「春はまずBCのレベルの高さの経験でしょ。徐々に試合で投げさせて。で、最後の一番大事なときにピークにもっていく。そこでマックスが出たでしょ」。
たしかに湯浅投手は、9月のチャンピオンシップで自己最速の151キロを計測した。そして松岡投手と同じく高卒1年でNPBに入っている。
ただ、湯浅投手は先発で、中継ぎの松岡投手とはタイプが違う。
「それでも、ピークへのもっていき方はすごく参考になった。試合でうまく使いながらミニキャンプみたいに徹底的に走らせた。ウェイトも」。
NPB出身の宮川将投手(元東北楽天ゴールデンイーグルス)、辻空投手(元広島東洋カープ)がよく走るから、若手は走らざるを得ないという環境がよかった。
さらには“勝負系”を取り入れたという。松岡投手を含めた同い年の同期3投手でタイムを争わせたのだ。お互いにいじり合いながらも、負けじと競う。これもよかった。
「その3人の中で、最初は松岡が一番走れなかったから。一番プロに遠いと思ってたくらい。もうヤバかった、ぜぇぜぇ言って(笑)。でもそれが走れるようになってきて、体も強くなった」。
うまく乗せながら、体力強化を図った。片山コーチにすれば、してやったりだ。
球速もそれまでの145キロの壁を突き破り、146キロまで伸びた。
《2019年 9月》
(2試合 1安打無失点 奪三振率9.00)
8月に続いて9月も公式戦では無失点だ。
しかし9月3日に行ったジャイアンツ3軍との練習試合で失点している。これがよかったと、片山コーチは振り返る。
「その前までナイターばっかりだったんで。そのデーゲームに投げさせたらヘロヘロになって、141キロしか出なかった。体がナイター慣れしちゃっていた」。
そこで最終戦が終わったあとから19日のBC選抜試合(注:2)に向けて、デーゲームに合わせるよう調整を課した。
さらに片山コーチには前年の自身の反省があった。
前年は選抜試合に向けての調整を、選手の自主性に任せていた。しかし当日の仕上がりを見て、もっと自分が強制的にでもやらせておけばよかったと省みたのだ。
「今年(2019年)はみんなにも協力してもらった。オレも打席に立ったりね(笑)。うまいことベストな状態にもっていくことができた」。
誰もがNPBを目指している。その中で、そうしてひとりの選手のために尽力してくれる。それがこのチームの良さだという。
「『なんでこいつだけNPBに行かせようっていう扱いしてんの』なんて思ってるやつ、ひとりもいなかった。宮川や空を見ててNPBに行くことの厳しさにも気づいて、その中で松岡に可能性があるってなったら、みんながサポートしてやろうというようになった」。
NPBに行かせることも大事だが、チームとして「みんなでちゃんとやろう」ということに重点を置き、「みんなに同じことをさせた」という。
先輩たちもしっかりと面倒を見てくれていたし、「あいつも自分から先輩んとこに寄っていくんで(笑)」と、愛弟子が心底かわいがられていたことに目を細める。
そして選抜試合では19日のジャイアンツ3軍戦で148キロ、25日のオリックス・バファローズ戦で149キロと、自己最速を更新し続けてアピールに成功した。球速だけではなく、その臨機応変な投球内容も評価された。
ここでも大舞台になればなるほど力を発揮することを証明したのだ。
NPBのスカウト陣からの注目度はどんどん高まり、ドラフト前に届いた調査書は実に10球団にも上った。
《2019年 10月》
17日、ドラフト会議でライオンズから3位指名を受けた。
高校3年時、ドラフト候補どころか、松岡投手本人すらNPBは頭になかった。それが1年でガラリと人生が変わった。武蔵に入り、片山コーチに出会ったことによって。
「素直に受け入れてくれたからかなぁ、松岡が」。そう、しみじみと語る。
「叱っても『あぁ』とか、『また言ってるよ』とかってならず、ちゃんと聞いてくれた。だって最初に『横にしろ』っていった時点で、『なんで横にする必要があるんですか』ってなるじゃない、普通は(笑)。今の子ってね」。
素直に受け入れられたのは松岡投手の性格もあるし、なによりレベルアップしたいという意識の高さからだろう。そして、片山コーチへの信頼だ。
「僕も監督も松岡からほんと学ばせてもらった。人ってこんなに変わるんだなと」。
片山コーチにとっても、大きな引き出しになった。
■愛弟子から贈られたオリジナルグラブが宝物
「褒めて伸びるやつと叱って伸びるやつがいるけど、褒めて伸びるやつは難しい。松岡は褒めたら落ちる。でも、けなしたら上がる」。
壁にぶち当たり、片山コーチから注意され、その度にステップアップしてきた。
ストレートの球速は149キロまで上がり、左打者のインサイドにもしっかり投げ込めるようになった。右打者にも腕を振ってスライダーが投げられる自信もついた。
「フィールディングもうまい。ゲッツーの足の運びとか、教えてもできない子もいるし、牽制のターンもなかなか速くならない。あいつはずっと野手をやってたから、そこらへんはできる。だからその分、投げることに集中できたっていうのが大きかった」。
さらに投げることが大好きな点も、大きな長所として挙げる。
「どれだけ反復練習するかが大事。フォームにしても。あいつ、キャッチボールもずーっとやってるし(笑)。サイドにしてからケガもしていない」。
松岡投手のことを語るときは、頬が緩みっぱなしだ。
愛情をもって育て上げたかわいい愛弟子は、感謝の気持ちを表そうとコッソリ新しいグラブをオーダーしてくれていた。その心遣いがたまらなく嬉しい。
片山コーチにとって今、大事な“相棒”とともにキャッチボールするのが至福のひとときだ。
■片山コーチが描く松岡投手の未来予想図
話は将来のことに向く。
「いずれは抑えでいってほしい。サイドで150キロ中盤くらい出したらもう、ね。増田を追い越してほしい。増田が31歳で松岡が19歳でしょ。あと1年で超えるくらいの気持ちじゃないと、生き残れない」。
ライオンズの守護神・増田達至投手は片山コーチと同じ淡路島の出身だ。1つ下の同郷の後輩だが、愛弟子にクローザー略奪を厳命する。これまででもっとも高難度な課題だ。
「ゆくゆくは林昌勇(イム・チャンヨン)も超えてほしい。いくなら160キロ目指してほしいし、まだまだ149キロじゃ物足りない」。
師匠の要望は果てしない。もちろん、それだけのポテンシャルがあると見込んでいるからだ。
そして愛弟子も当然のことながら、その意気込みを抱いてNPB入りしている。
師弟が築いてきた山あり谷ありの軌跡。ここからはもっと大きな試練が待ち受けているだろう。が、逆に、本人次第でとてつもない喜びが味わえるに違いない。
師匠はそれを、少し離れたところから温かく見守っている。
(注:1)
6月11日、BCリーグ11球団から選抜された選手たちで1チームを結成し、横浜DeNAベイスターズのファームと対戦した。
NPB各球団のスカウト陣に向けての大きなアピールチャンスであるが、シーズン中に開催したのは異例である。
(注:2)
6月と同様にシーズン後の9月19日、20日に読売ジャイアンツ3軍と、同25日、26日はオリックス・バファローズのファームとそれぞれ対戦した。
松岡投手は19日と25日に登板した。
(表記のない写真の撮影はすべて筆者)
【松岡 洸希(まつおか こうき)*プロフィール】
2000年8月31日生(19歳)/埼玉県出身
179cm・83kg/右投右打/A型
桶川西高校→埼玉武蔵ヒートベアーズ→埼玉西武ライオンズ(2020~)
《球種》ストレート、スライダー、チェンジアップ、カットボール、カーブ
《最速》149キロ
《趣味》アニメ、映画鑑賞
《特技》大食い。実家では毎日5合の米を炊くが、そのうち「僕が3合くらい」食べている。
【松岡 洸希*2019年 成績】
32試合 0勝2敗 27・2/3回 被安打22 被本塁打1 奪三振33 与四球20 与死球4 失点16 自責11 暴投3 ボーク0 失策0 防御率3.58 奪三振率10.24
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