“武蔵の林昌勇(イム・チャンヨン)”こと松岡洸希は、大舞台を餌に巨大化した怪物だ《ドラフト候補》
■“和製・林昌勇(イム・チャンヨン)”はモンスターだ
BCリーグには怪物がいる。その怪物は大舞台が大好物だ。大舞台を餌にして、どんどんデカくなる。
埼玉武蔵ヒートベアーズの松岡洸希、19歳。
元東京ヤクルトスワローズの守護神・林昌勇(イム・チャンヨン)投手そっくりなフォームで注目を集めている。
NPBファームとの選抜試合を栄養にして、開幕時からは見違えるくらいに巨大化したモンスターだ。
6月11日・対横浜DeNAベイスターズ(ファーム)戦では、怪物の三振奪取能力が目を覚ました。(詳細は⇒まるで林昌勇!松岡洸希の奪三振率に注目)
そしてシーズン終了後の9月19日・対読売ジャイアンツ(3軍)戦では自己最速の148キロを計測し、同25日・オリックス・バファローズ(ファーム)戦ではさらに1キロ更新した。
NPB各球団のスカウト陣が一心に見つめる中でのピッチングだ。さらに自身が登板する場面は、なぜかいつも相手のクリーンアップに当たるという“引きの強さ”も持っている。
そこで見る者を魅了し、その度に自ら評価を引き上げていく。
選抜3試合(3回)を1安打5三振で無失点。
大舞台をおいしそうに食し、巨大化した怪物のもとには、NPB10球団から調査書が届いている。
■読売ジャイアンツ(3軍)戦
そんな松岡投手の魅力に迫る。まずは9月の選抜試合を振り返ろう。
ジャイアンツ戦ではコンディショニングがうまくいき、体の調子がとてもよかったという。
「ブルペンで投げてて思ったより球がいってると、マウンドで気持ちも入る」と、右打者3人を空振り三振2つと中飛に抑えた。
ネット裏にはサングラスをかけたスカウト陣がズラリと鎮座していた。しかし松岡投手は動じるどころか、むしろリラックスしているように見えた。
力感なく軽く投げても球速が出た。モタ選手から三振を奪ったストレートは、この時点での自己最速である148キロを表示した。
シーズンでは夏場はほぼナイターだった。しかし「あいつ、ちゃんとデーゲーム用に体を合わせてきたな」と、この日に向けてコンディションを整えてきた松岡投手を見て、角晃多監督(元千葉ロッテマリーンズ)は目を細めた。
9月8日でレギュラーシーズンが終了したあと、数日の休養日が設けられた。
角監督からは「休みの間も散歩でいいから太陽の下で動けよ」と言われていたので、そのとおりに昼間、屋外でウォーキングやダッシュを行い、休めながらも動かせる状態にしていた。
そして休みが明けてからは、「後期の最後、体力が落ちてると自分でわかった」ということもあり、意識して走り込みを強めにやったという。
監督の意図を理解し、さらには自身の課題にしっかり取り組む。意識は非常に高い。
■オリックス・バファローズ(ファーム)戦
続いて同25日のバファローズ戦だ。当初、登板予定はなかったが、スカウト陣からのリクエストにより参戦した。
この日は「そこまで体の状態はよくなかった」が、いざマウンドに上がって投球練習をすると146という数字が目に入ってきた。
「『あ。今日、(スピードが)出る』って思って、球速を意識して力んでしまった」と省みる。
1人目の太田椋選手は初球の145キロで二ゴロに仕留めたが、2人目の後藤駿太選手のときに初球のストレートが「引っかかって」ボールになり、「力んでいる」と気づいた。
それでもカウント2―1から149キロで一ゴロに打ち取ったのは、さすがだ。
サラリと自己最速を更新し、最後はフェリペ選手もストレートで遊ゴロに抑えた。
「まっすぐで押して、ストライクゾーンにさえ投げられれば大丈夫だと思った。コントロールが乱れる感じはなかった」と、しっかりと魅せた。
この日もきっちり1イニングを3人で終えたが、NPBの打者の反応には感服していた。
「見送り方とか、三振しないオーラがあった。空振りするのかと思ったらファウルでタイミングとったりとかあって、さすがだと思った」。
とはいうものの、選抜試合は通算3試合(3回)で1安打5三振、無失点だ。
「自分なりに抑えられたので、もうちょっと頑張れば(NPBでも)いける感じがした」と自信を深めた。
■新たな武器とは
そしてこのバファローズ戦で、松岡投手は新たな“武器”を手に入れていた。
「インコースのボールがツーシームみたいに落ちていく感じだった。低めにいって勝手に動いてた。普段、投げてて動いてる感じはなかったけど。この日は自分でも不思議だったくらい」。
これまでも松岡投手のストレートはややシュート気味に回転していた。
それがここ最近のブルペンでも「キャッチャーがアウトコースに構えてて捕れなくて『すげー動いてる』って驚いていた」ということがあった。
ストレートがツーシーム気味にカット気味に、内へ外へと動く。
現段階では意識をして投げているわけではないというが、これをうまく活かせれば強力な“武器”になるだろうと手応えを感じている。
■つらかったリハビリ、そしてサイドスローへの転向
さて、松岡投手にとって、ルーキーイヤーはどんなシーズンだったのだろう。
2月、チームに合流したときは、秋に痛めた右肘が回復途上だった。そこでまずはリハビリからスタートした。
最初はほかの選手とも別メニューだった。その後は合流したが、来る日も来る日もランを中心としたメニューを繰り返した。
ポール間走、条件をつけてのインターバル走、ダッシュ…。「死ぬほど走らされました(笑)」と、走るのは苦手というだけあって相当きつかったと振り返る。
「そのころは焦りもあった」と精神的にもきつかったことを明かす。だが、それも乗り切った。
投げられるようになって片山博視コーチ(元東北楽天ゴールデンイーグルス)から横手投げへの転向を勧められた。そしてブルペンで一度投げただけで、翌日のオープン戦に登板した。
“和製・林昌勇”の初披露だった。
サイドをやり始めて、これまでのオーバースローとは使う筋肉の部位も違うことに気づいた。
「最初は筋肉痛がすごかった。腰も痛くて、走ってても痛いときもあった」。
シーズンに入り、最初はなかなか制球が定まらなかったが、それでも「上に戻したいと思ったことは一度もなかった」とキッパリ。
ひたすらサイドスローの練習を重ねたことと、2月から続けてきたトレーニングの成果もあって痛みもなくなり、「すんなりハマッた」と思えるようになった。
今では「もう上の投げ方、忘れちゃった(笑)」とおどけるほどだ。
■前期から選抜試合を経て後期へ
前期は16試合(12・2/3回)に投げて防御率が6.39。奪三振は13だったが四死球が14あった。
「フォームやフォアボールと戦っていた。三振を取るとか頭になかった」と述懐するように、ただ必死で投げていた。
しかし投げるごとにフォームは安定し、制球力も定まりだした。
おぼろげながら「NPB」という意識が芽生えはじめてきた。
そして前期終了間際の6月11日、ここが大きなターニングポイントとなった。ベイスターズ(ファーム)との選抜試合だ。
この試合でNPBの選手から3三振を奪った松岡投手は、三振を取る快感を知った。
それまでは打たせて取るほうにあった意識が、「自分の球がいけば三振が取れるってことに気づいた」と、一気に自信を深めた。
そして後期は様変わりした。「相手バッターと戦えるようになった」と、追い込んだら三振を狙った。
三振が取れるというのは松岡投手にとって調子のバロメーターでもある。
「相手も意識してくれている中で三振を取れたときは気持ちいいというか、投げていて楽しい」。
そして三振を狙うことで、攻め方を工夫したり配球を考えたりするようになった。
「三振を狙いにいくというのが、僕の中では成長につながっている」。
後期は16試合(15回)に投げて、奪三振は20(四死球は10)。奪三振率は前期が8.36だったのが、後期は12.00とぐんと上がった。(シーズン通算は10.24)
■球速がアップしたワケ
後期は球速も上がった。高校時代は上手で143キロだった。サイドに転向した当初は132キロほどだったのが、シーズン中に146キロまで上がった。
「踏み出す足の位置を変えて、速くなった」と、その秘密を明かす。
「最初はアウトステップだった」という左足を、ややインステップに変えた。足幅にして1足半というから、本人の感覚からすればかなりだろう。
「アウトステップだとケツが下がって腕が下がる。そうするとシュートボールがいくと気づいて」。
それまでどうしても145キロの壁に阻まれていたのが、踏み出す左足の位置を変えた途端に146キロと突き破った。8月のことだった。
こうして後期、「腕を下げて、体に合ってきて球速も出始めて、『僕はこれでいける』と思った」という。
自身の特徴を知り、それをどう伸ばすか。そして現状に甘んじることなく、常に打破しながらレベルアップを目指す。
コツコツとそれをしてきたから、こうして目覚しく成長できたのだろう。
松岡洸希にとって、もはやNPBは夢ではなく、揺るぎない明確な目標となった。
(明日に続く)
【松岡 洸希(まつおか こうき)*プロフィール】
2000年8月31日生(19歳)/埼玉県出身
179cm・83kg/右投右打/A型
桶川西高校→埼玉武蔵ヒートベアーズ(2019~)
《球種》ストレート、スライダー、チェンジアップ、カットボール、カーブ
《最速》149キロ
《趣味》アニメ、映画鑑賞
《特技》大食い。実家では毎日5合の米を炊くが、そのうち「僕が3合くらい」食べている。
【松岡 洸希*今季成績】
32試合 0勝2敗 27・2/3回 被安打22 被本塁打1 奪三振33 与四球20 与死球4 失点16 自責11 暴投3 ボーク0 失策0 防御率3.58 奪三振率10.24
(撮影はすべて筆者)