ロシア軍がハルキウ市街を航空爆弾で無差別爆撃、民間人59名が死傷。滑空用の主翼が見当たらない謎
6月22日午後3時半頃(現地時間)、ロシア軍がウクライナのハルキウ市の中心街を航空爆弾で爆撃しました。周辺に軍事施設はありません。被害は全て民間人で、ウクライナ国家警察のハルキウ警察本局によると3名が死亡し56名が負傷うち6名が重体です。出典:ハルキウ地域国家警察本局
- ハルキウ爆撃位置座標:49.979884, 36.246806
攻撃は航空爆弾で行われており、ハルキウ市中心部ガガーリン通りのビジネスセンター「エリジウム・プラザ」(БЦ «Elysium Plaza»)の前の道路に着弾しています。
滑空用の主翼が見当たらない謎
- 着弾寸前の航空爆弾の拡大映像
着弾時の映像を見て気になった点があります。この航空爆弾には滑空用の主翼が見当たりません。形状そのものはロシア空軍で一般的に使用されているFAB通常航空爆弾によく似ています。250~500kg級の大きさです。
しかし最前線からハルキウ中心部まで30~35km離れています。ロシア戦闘機が通常爆弾で攻撃しようとした場合、ウクライナ軍の勢力圏に深く踏み込む必要がありますが、防空システムが存在しているので簡単には侵入できない筈です。
そもそも有効射程を60~90km確保できる滑空誘導爆弾(UMPKやUMPBなど)があるならば、危険を冒して戦闘機が敵陣奥深く乗り込んで通常爆弾を投下するような戦法は取らないでしょう。今回のハルキウ爆撃ではウクライナ軍はロシア軍によって滑空誘導爆弾が使われたものと判断してそのように発表しています。
しかし現実にカメラで撮影された航空爆弾の着弾の様子では、滑空用の主翼が装着されている様子がありませんでした。これは一体どういうことなのでしょうか?
- UMPK滑空誘導キットを着弾直前に投棄する新システム
- UMPK滑空誘導キットが迎撃の被弾で外れた可能性
- FAB通常航空爆弾を抱えたロシア戦闘機が肉薄してきた
いくつか可能性を考えてみましたが、どれも無理があり説得力が乏しいように思えます。
- 降下開始後に主翼を投棄すれば突入速度が上がり貫通力が上がるが、ぎりぎりまで誘導操舵を続けた方が命中精度は良くなるので投棄するとむしろマイナスになる。
- 迎撃ミサイルの爆風破片でUMPK滑空誘導キットとFAB通常航空爆弾を止めている金属バンドのみを破壊して爆弾本体はほぼ無傷といったような器用な真似はまず起き得ない。
- 滑空誘導爆弾があるのにわざわざ危険を冒して戦闘機がFAB通常航空爆弾を抱えて肉薄して来る必要が無い。
現在までのところ真相はよく分かっていません。ですが動画に写っていたのは間違いなくFAB通常航空爆弾であり、そしてUMPK滑空誘導キットが付いていませんでした。
参考:FAB通常航空爆弾+UMPK滑空誘導キット(主翼展開前)
УМПК : Унифицированный Модуль Планирования и Коррекции
※直訳すると「統一されたモジュール、滑空および修正」、修正とは針路の修正(補正)という意味で、誘導と似たような意味合いになる。
※ロシア語のキリル文字のУМПКを英語のラテン文字に転写するとUMPK。
※”Планирование”は「滑空」の他に「計画」という別の意味もある言葉なので注意。ここでは滑空の意味。
ロシア軍のUMPKは滑空誘導キットとしては非常に簡素な作りで、ユニット構造の断面は四角形で空力的な洗練性は無く、主翼や尾翼は直線翼で翼端を塞ぐ処理すらしておらず、塗装も施さず金属の地金そのままです。徹底的に製造の簡易性を追求しており、滑空性能や耐久性能を引き換えにして、低コストで量産性を高めた戦時量産兵器です。
- 通常型UMPK:投下→ロールして上下反転→主翼展開→滑空開始
- UMPK-1500:投下→主翼展開→ロールして上下反転→滑空開始
投下後の挙動は通常サイズの航空爆弾(250~500kg)用のUMPKと、大型の1500kg航空爆弾用のUMPK-1500とでは、挙動の順番が異なります。なお更に大型の3000kg爆弾用のUMPK-3000が登場したと噂されていますが、こちらは公式発表写真がまだ無く残骸も回収されておらず構造はよく分かっていません。
参考:UMPB D-30SN滑空誘導爆弾
УМПБ : Универсальный Межвидовой Планирующий Боеприпас
※直訳すると「種間共通滑空弾薬」
※ロシア語のキリル文字のУМПБを英語のラテン文字に転写するとUMPB。
※D-30SN(Д-30СН)の意味は不明だが、おそらく直径30cmの意味と推定される。
ロシア軍のUMPBは爆弾と滑空誘導装置が一体化した弾薬で、アメリカのSDB(GBU-39)によく似た設計です。形状が細長く空気抵抗が少ないので、同じ滑空誘導爆弾のUMPKよりも長い距離を滑空することが可能です。ただし小さいので威力には劣ります。
UMPBはジェットエンジンを搭載したタイプもあるのではと噂されていましたが、現在まで確認された残骸からは推進システムは発見されていません。またアメリカ/スウェーデン製のGLSDB(地上発射型SDB)と同様に、地対地ロケット弾をブースターとして利用し加速後に切り離して滑空を行う形態もあるのではと噂されていますが(直径30cmならスメルチ/トルナードS多連装発射機から発射可能)、こちらも実際にそのような運用が行われている確定的な証拠はまだありません。
なおUMPBを戦闘機に搭載した映像はロシア側から公開されています。まだ未確認ですがUMPBの出っ張りの無い仕舞い寸法の形状からスメルチ/トルナードSによる地上発射は可能でしょう。
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