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安倍氏国葬に対する見方、米2大有力紙で温度差 「怒りは自民党と国葬に向いた」と「激怒は許し難い」

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
(写真:つのだよしお/アフロ)

 今日、安倍晋三元首相の国葬が執り行われる。

 それに先立ち、アメリカの2大有力紙であるニューヨーク・タイムズとワシントン・ポストが記事を掲載しているが、両紙の見方に“大きな温度差”が感じられたので、紹介したい。

怒りは自民党や国葬に向けられた

 ニューヨーク・タイムズは9月24日付けの電子版で「日本が、暗殺された指導者の国葬に怒っている理由」と題する記事を掲載し、国民が国葬に対してどんな怒りを持っているかを浮き彫りにしている。

 「暗殺によって噴出した怒りは、殺人犯や、銃が厳しく制限されている国で銃を作った能力や、安倍氏を守るのに失敗した警護特務部隊には向けられなかった。代わりに、怒りは殺された指導者が長期に治世した自民党と彼の国葬をすることに向けられた」と安倍氏の暗殺を取り巻く問題よりも、自民党や国葬に怒りが向けられたと述べ、「岸田首相が就任以来最低の支持率に苦しみ、何千人もの抗議者が国葬は公共のお金の無駄使いであり、岸田氏と同氏の内閣によって一方的に課されたものだと不満を言って反対しているため、国民の悲しみが弱まっている」と続けている。

スキャンダル政治家を持ち上げるのは間違い

 また、「安倍氏は主に海外の舞台ではもてはやされたが、国内では多くの分断を生んでいた」「安倍氏の右寄りの政策に反対していた人は彼の治世に無数の不満を放っている」とし、「国葬に批判的な人々は、たくさんの論争を呼ぶ決定やスキャンダルに関与した政治家を持ち上げるのは間違っていると考えている」という大学教授のコメントや「非常に残念なのは、日本の有権者の半数以上が国葬に反対しているのに執り行われることだ」という立憲民主党の岡田克也氏のコメントも紹介している。

 さらには、旧統一教会の問題が明るみに出されて、安倍氏を暗殺した山上徹也容疑者が経済的社会的に打ちのめされている人々の“アンチ・ヒーロー”となったことや、その背景には、安倍氏の経済政策が引き起こした過去数十年にわたる成長の停滞と拡大した不平等が部分的にはあり、それが自分達は犠牲者であると強く感じる世代を生み出したとするジャーナリストの分析、そして、山上容疑者をモデルにした映画が公開されることも報じている。

 暗殺により、自民党と旧統一教会の関係が暴露されたが、すでに国民の知るところだった創価学会と公明党の関係とは違い、安倍氏の死後、国民は自民党と旧統一教会の関係を知ったことも批判の理由となっていると触れている。

国葬に対する激怒は許し難い

 国葬に対する日本の国民の怒りを伝えているニューヨーク・タイムズの記事に対し、ワシントン・ポストは9月26日付け電子版で「安倍氏の葬儀に対する激怒は、日本の最も許し難い議論だ」と題された、ブルームバーグ通信のエディターとコラムニストによる分析記事を掲載している。タイトルが示している通り、国葬に対する激怒が噴出している日本の状況を問題視している内容で、「今は政治的な点稼ぎをしたり昔から持っている不満を晴らしたりする時ではない。偉大な指導者の功績を認めて評価するか、せめて、他の人がそうすることを許す時だ」と訴えている。

 記事は「安倍氏の葬儀をする岸田氏の計画は、(エリザベス女王の国葬と同様に)国が一つになる時であることが意図されていたが、党派の分断を深め、岸田氏の支持率を落とし、彼を直近では最も就任期間の短い指導者にする恐れがある」とし、「国葬の背景には、安倍氏が史上最長の首相だったことや彼が国際的に有名であるというステイタス、悲劇的な状況で亡くなったことに敬意を表して、安倍氏を見送るという考えがあった。しかし、国葬は世界という舞台で日本に恥ずかしい思いをさせる、許し難い議論を煽った」と国葬に激怒する議論が起きたことが日本を狼狽させたという見方を示している。

葬儀が本国で憎悪を引き起こしているのはおかしい

 また、「国葬への反対は党派心で説明できる。安倍氏が存命だった時に彼を失墜させることに失敗した安倍氏の政敵にとっては、安倍氏の死は点稼ぎの機会になる」と安倍氏の政敵が安倍氏の死を政治利用していると批判。

 他国の対応とも比較している。遠くのインドやブラジルでは、安倍氏の死が国として喪に服されたのに対し「彼(安倍氏)の葬儀が本国で憎悪を引き起こしているのはおかしい」とし、他国では、分断を生み出していた指導者であっても問題なく葬儀で見送っており、「イギリスの納税者は、その死により通りでパーティーが起きたほど不人気だったサッチャーでさえも、3.6ミリオンポンドをかけて見送った」という例もあげている。

 さらには、「安倍氏は、日本を再軍備しようとしていたことから、富裕者と貧困者のギャップを拡大させたことに対して一人で責任を負っていたに至るまで、全て不当に非難されていた」と安倍氏を擁護、「安倍氏は首相の後半期、安倍氏が自分の仲間をえこひいきしていると主張するメディアにかき回された」と日本のメディア批判も展開している。

 岸田氏が対処を誤った点も問題視している。最初はどうするか判断を迷っていた同氏がいきなり(国葬するという)動きに出たことや、国葬日が安倍氏が死去した日から間が空くような予定を組んだため、メディアで国葬問題が多く取り沙汰される状況が生み出されたことも指摘している。

安倍氏は聖人君子ではなかった

 また「日本は安倍氏の世界での功績を誇るべきだ、少なくとも、安倍氏が国の地位を押し上げたことを評価すべきだ。彼は、21世紀では、日本国外の人がその名前を言える唯一の日本の指導者だ」と主張。

 さらには「安倍氏は聖人君子ではなかった」と認めつつも、「政界のトップに到達した者はほとんど聖人君子ではない」とし、「民主主義の中心には、政策では反対していても、政敵はリスペクトに値するという理解がある。安倍氏を頑固に中傷する人々も、安倍氏が国を愛し、銃に倒れたその日まで彼の全キャリアを通じて国のために働いてきたことを受け入れなければならない」と力説している。

 分析記事にもかかわらず、終始一貫して安倍氏を賞賛し、国葬に激怒している人々に安倍氏を受け入れるよう促していることに、ただただ驚くばかりだ。

与党も野党も問題あり

 もっとも、両記事とも、与党も野党も問題があるという見方をしている点では、落としどころは似通っている。

 ニューヨーク・タイムズは「国民が国葬に反対しても、政治的変革は起きない。岸田氏の支持率は落ちているが、野党に対する支持も上がっていない。国民は怒っている。彼らははっきりとわかっていない。彼らはどうしたらいいか途方に暮れているのだと思う」という石破茂氏のコメントを紹介している。

 一方、ワシントン・ポストは「議論は、日本が安倍氏なしで(政権運営に)どう取り組むのかを浮き彫りしている。派閥がある自民党を結束させ、安倍氏のように権力のレバーを使うことができる政権運営者はほとんどいない。何もしない方向へと引き寄せられる政治システムでは、強い指導者が必要とされている」とリーダーシップが欠如している日本の政治の問題を指摘している。

どんな思いで国葬を迎えるのか

 国葬が執り行われる今日、人々は安倍氏に対し、どんな思いを抱くのだろうか?

 先日、米国では、死を前にしていたエリザベス女王に対して、米国のある准教授が“耐え難い痛み”を願うツイートをしたために、Amazonのジェフ・ベソズ氏を含めて多数の人々に批判されるという騒動が起きた。そのツイートの背景には、この准教授のファミリーの半数が、エリザベス女王の統治下にあった植民地で虐殺されたことにより、彼女が今もその痛みと共に生きているという現実がある。世界の多くの人々が悲しんだエリザベス女王の死だが、その准教授のように悲しめない人もまたいるのだ。

 故人に対して抱く思いは、個人個人、異なるものだ。安倍氏に対しても同様だろう。ワシントン・ポストの分析記事の著者のように安倍氏を絶賛する人もいれば、ニューヨーク・タイムズが伝えているように安倍氏に怒りを感じている人もいる。

 悼む人、悲しむ人、讃える人、怒る人、無視する人、何も感じない人。今日は様々な思いが渦巻く一日になるのかもしれない。

在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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