復活する米露の中距離核戦力とは
2月1日、アメリカはロシアと結んでいるINF条約(中距離核戦力全廃条約)を破棄すると正式通告しました。また2月2日にロシア側も離脱を表明、これで半年後に条約は正式に消え去ることになります。INF条約は射程500~5500kmの地上発射型中距離核戦力を制限していたものでしたが、それでは条約破棄で復活するアメリカとロシアの中距離核戦力とは一体どのようなものになるのでしょうか。
復活するロシアの中距離核戦力
- SSC-8(9M729)巡航ミサイル 射程2000km前後
- イスカンデルM弾道ミサイル(改良) 射程800km前後
- RS-26ルベーシュ弾道ミサイル 射程5500km前後
SSC-8はアメリカにINF条約違反と名指しされ条約が破棄されるきっかけとなったミサイルです。イスカンデルMは現在INF条約を順守する射程400kmとなっていますがもっと長い距離を飛べる潜在能力を持つと推定されており、INF条約の制限が無くなったので改良型が登場する可能性が高いでしょう。またRS-26ルベーシュはINF条約の上限ぎりぎりの性能を狙って開発されていたミサイルですが現在は開発が凍結中で、条約破棄を受けて開発が再開されるかもしれません。
また2018年12月18日にロシアのプーチン大統領は「アメリカがINF条約を破棄するならロシアは地上発射型の中距離ミサイルを開発する」と宣言しており、以下の海軍用と空軍用のミサイルの名前が地上発射型への改良候補として挙げられています。
- カリブル巡航ミサイル(海軍用)
- Kh-101巡航ミサイル(空軍用)
- キンジャール弾道ミサイル(空軍用)
しかし、そもそもカリブルを元に開発されたものがSSC-8であると推定されています。また奇妙なことにキンジャールに至ってはイスカンデルMを元にして空中発射型にしたものなので、これを地上発射型にしたらイスカンデルMに戻ってしまうだけです。もしかするとINF条約を掻い潜るためにキンジャールを作ったのに、INF条約が破棄されたらもう価値が無くなってしまったとプーチン大統領が認めてしまったのかもしれません。あるいはこの時のプーチン大統領はあくまで政治的な牽制として各種ミサイルの名前を挙げただけで深い意味は無く、軍の方針として具体的に検討しているわけではなかったのかもしれません。
まだ何も決まっていない復活予定のアメリカの中距離核戦力
- ATACMS弾道ミサイル(陸軍用) 射程300km。既に生産中止
- PrSM弾道ミサイル(陸軍用) ATACMS後継。弾体が小さく射程延伸が困難
- SM-6対空ミサイル(海軍用) 艦対空ミサイルを弾道ミサイルに転用
- SM-3対空ミサイル(海軍用) 艦対空ミサイルを弾道ミサイルに転用
- トマホーク巡航ミサイル(海軍用) 転用は手軽だがステルス性が低い
- LRASM巡航ミサイル(海軍用) 転用は手軽でステルス性も高い
- JASSM-ER巡航ミサイル(空軍用) 転用は手軽でステルス性も高い
- LRSO巡航ミサイル(空軍用) まだ空軍向けが開発中
アメリカはINF条約をロシアが違反しているから破棄すると決めたので、アメリカ自身は中距離核戦力をまだ用意しておらずこれから新たに開発することになります。そして非常に間が悪いことにアメリカ陸軍はINF条約が存在することを前提としてATACMS短距離弾道ミサイルの後継としてPrSM計画を進めており、これはINF条約の許す範囲内で射程500km未満を維持しつつミサイルを小型化してたくさん積もうとしたものでした。つまりPrSMは弾道ミサイルとしてはかなり小さく、射程延伸の改良を受ける余地があまり残されていません。
大変困ったことに、アメリカには使えそうな中距離弾道ミサイルの潜在的な候補が碌にありません。迎撃試験用の標的ミサイルはありますが実戦兵器への転用は能力的に無理があります。そうすると海軍が以前から何度か検討していた対空ミサイルの対地弾道ミサイル化があるくらいですが、これは弾頭重量が小さく射程もあまり長くないので艦載垂直発射機に入るというメリットしかなく、わざわざ地上配備型にするメリットがあまりありません。結局、ロシアや中国の中距離弾道ミサイルに中距離弾道ミサイルで対抗するつもりでいるならば、今から全く新しい中距離弾道ミサイルを開発する必要があります。
巡航ミサイルならば転用候補はたくさんあります、ただしトマホークは射程が長いのですが設計が古いのでステルス性が低く、LRASMやJASSMはステルス性能は高いのですがSSC-8よりも射程が劣ってしまいます。空軍向けに開発中のLRSOならば射程も長くステルス性も高いのですが完成までに時間が掛かります。地上配備型を作るには相当に待たないといけないでしょう。陸軍向けとは別に海軍型LRSOを作る動きもありましたが、INF条約破棄を受けて急いで中距離核戦力を用意しなければならなくなった今、LRSO派生型の完成を待つような猶予はもうないため、今ある巡航ミサイルの転用を急ぐことになるでしょう。
またアメリカにとって巡航ミサイルについては核弾頭運搬用ではなく通常弾頭の長射程型の地対艦ミサイルを保有できるメリットがINF条約の破棄で生じています。これは対中国で南シナ海を睨んだ場合、洋上への牽制として有効な装備と成り得るかもしれません。そのため、LRASM地対艦型が優先的に検討される可能性があります。
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