INF条約とキンジャール空中発射弾道ミサイルの関係性、ロシアの思惑
10月20日、アメリカのトランプ大統領はロシアと結んでいるINF条約(中距離核戦力全廃条約)を破棄する意向を表明しました。その理由はロシアがINF条約違反の地対地巡航ミサイル「SSC-8」を配備したことを上げ、全責任はロシアにあるとしています。
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そこで疑問となるのは、ロシアが条約違反を行っていた意図です。ロシアは自ら条約を破棄して堂々と中距離核戦力を再配備することも可能でした。しかし自分からは条約破棄を言い出さず、条約違反を行いながら違反と認めず、アメリカの方から条約破棄する流れに至っています。これは果たしてロシアの狙い通りなのでしょうか? それとも予想外だったのでしょうか?
- 条約の破棄を予想しており、喜んでいる → アメリカを挑発して狙い通りの結果
- 条約の破棄を予想しておらず、困っている → 条約破棄までは想定していなかった
これまでのINF条約破棄までの流れが最初からロシアの狙い通りだった場合、アメリカはロシアの掌の上で転がされていたことになります。その場合、自分から破棄を言い出すと風当たりが強いので相手から言わせたいという動機が考えられます。しかしロシアの条約違反がINF条約のグレーゾーンで何処まで許されるのか探りを入れていただけだった場合、条約の破棄までは予想しておらず、アメリカの反応を見誤った可能性があります。果たしてどちらなのでしょうか。筆者は「ロシアはINF条約を骨抜きにすることまでは考えていても、破棄までは予想していなかった」と考えます。その根拠の一つはロシアが今年3月に発表したばかりの新兵器「Kh-47M2キンジャール」の存在です。
キンジャール空中発射弾道ミサイルとINF条約
キンジャールは射程2000kmと公称される空中発射弾道ミサイルです。そしてINF条約は射程500~5500kmのミサイル保有を禁止しますが、対象は地上配備型のみで空中発射型ミサイルは条約の対象外です。キンジャールは存在自体がINF条約を意識したもので、もしINF条約が消えて無くなるなら存在価値が消滅してしまいます。
というのも空中発射弾道ミサイルは多くの欠点があり、冷戦時代には各国で検討されましたが何所にも実戦兵器としては採用されてこなかった経緯があります。キンジャール空中発射弾道ミサイルは発射母機が高価な戦闘機であり、大型爆撃機と比べて長時間の空中待機に不向きで、基地から発進していては時間が掛かり即応性が低く、発射後の再装填には基地に戻らなければならず時間が掛かり投射量に劣ります。INF条約が無くなり射程2000kmの中距離弾道ミサイルを保有していいなら、車載移動式を開発した方が安上がりで効率が良く、戦力としてよほど強力なものが揃えられるでしょう。
つまりロシアがINF条約の破棄を予想していたならば、INF条約の抜け道として用意されたキンジャールを開発したりはしないだろうと考えることが出来ます。
ロシアのINF条約違反ミサイル
ロシアがINF条約に違反していた疑いがあるミサイルは以下の三種類で、公式にアメリカから違反が指摘されたのはSSC-8地対地巡航ミサイルのみになります。
- SSC-8地対地巡航ミサイル カリブル巡航ミサイル派生型であり、射程2000km超
- イスカンデルM弾道ミサイル 短距離弾道ミサイルだが射程500kmを超えている疑い
- RS-26ルベーシュ弾道ミサイル 射程5500km以下の中距離弾道ミサイルの疑い
この中で明確に違反しているのはSSC-8地対地巡航ミサイルだけで、イスカンデルMは「射程500kmを超える能力はあるが機能を制限している」、RS-26ルベーシュは「5500~6000kmを飛翔して見せて条約制限対象外とアピール」という、INF条約のグレーゾーンぎりぎりを狙っています。これは弾道ミサイルが効率良く物体を投射する方法であるが故に飛行性能を解析されやすい為です。弾道ミサイルで堂々と条約違反を行えば言い訳が効きません。一方で巡航ミサイルは飛行速度を変化させたり蛇行しながら飛ぶことが可能で、射程を解析することが困難です。ロシアは巡航ミサイルならばINF条約違反の飛行試験を行ってもアメリカに把握される可能性は低い、あるいは把握されても言い逃れることが出来ると考えていた、しかしアメリカは全て正確に観測して証拠を掴んだのでオバマ政権(2014年当時)は公式にロシアをINF条約違反と訴えるに至ったと考えられます。
この推測が正しければ、ロシアはINF条約をどこまで違反したらアメリカがどう反応するのか様子を探っていて、条約そのものを無くすつもりは無かったのではないでしょうか。SSC-8地対地巡航ミサイルは射程の解析が難しいという面に加えて、そもそも亜音速で飛翔する巡航ミサイルである以上、脅威度がそれほど高い兵器ではないのです。いくら低空を這うように隠れながら飛んでも上空からは丸見えになるので、早期警戒機を保有する先進国にとって迎撃はそれほど難しくはありません。ロシアはSSC-8くらいならたとえ射程がバレてもアメリカが即座にINF条約を破棄したりはしないと読んでいた、そしてそれはオバマ政権の反応までは正しい読みだったと言えるでしょう。