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高校の水泳授業 飛び込みスタート禁止に

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
保健体育の飛び込みによる障害事故の件数[日本スポーツ振興センターの資料より作成]

■学習指導要領改訂にともなう英断

 世論の高まりが、国の教育を動かした。高校の水泳授業でプールの飛び込みスタートを原則禁止とする学習指導要領の案が、14日、文部科学省より発表された。

 高校の学習指導要領の改訂については、ほとんどの報道が、必修科目「公共」の新設をはじめとする科目の再編に着目している。だが、高校の保健体育における飛び込みスタートの是非は、ここ数年における学校事故の重大な論点であっただけに、今回の方針転換は特筆すべき事態といえる。

■都立学校ではすでに飛び込みスタート禁止

拙稿「浅いプールで飛び込み練習 重大事故多発」
拙稿「浅いプールで飛び込み練習 重大事故多発」

 プールでの飛び込みスタートにより頭部をプールの底に強打して重傷となる事故が後を絶たない。それにもかかわらず、「教育行政や水泳界はほとんど具体的な動きを見せていない」(拙稿「浅いプールで飛び込み練習 重大事故多発」)という状況があった。2016年9月時点における、私の感触である。

 私が上記のように嘆いたのは、当時、事故報道が相次ぐなかで、新たにまた重大事故が起きたからであった。東京都立の高校で水泳の授業中に、教師の指導のもと3年男子生徒がプールに飛び込んだところ、プールの底に頭を打ちつけて、首を骨折したのであった。

 この事故は、新聞やテレビなどで大きく報じられた。事故を受けて11月には、東京都教育委員会は、都立高校を含む都立学校の水泳授業における飛び込みスタートの禁止を発表した。

■方針が示されぬまま時が過ぎる

学習指導要領における飛び込みスタートの扱い[スポーツ庁「スタートの指導での留意点」(2017年4月)]
学習指導要領における飛び込みスタートの扱い[スポーツ庁「スタートの指導での留意点」(2017年4月)]

 また同時期、国会の衆議院文部科学委員会でも、この事故が取り上げられた。その際に松野博一文部科学大臣(当時)は「教育委員会や有識者から意見を聴取する」(拙稿「高校の水泳授業『飛び込み禁止』になるか?」)と、高校における飛び込みスタートに関して、ついに禁止の可能性に言及したのであった。

 だがその後、事態は進展しているようには見えなかった。たとえば鈴木大地スポーツ庁長官は、2017年3月の時点で、高校の授業での飛び込みスタート禁止には疑問を呈していた(『東京新聞』)。

 また、同年4月のスポーツ庁通知「水泳等の事故防止について」も、学習指導要領にならって、小学校と中学校では「水中からのスタートのみを指導」とするものの、高校については「段階的な指導を行う」として、飛び込みスタートを容認していた。

 その間にも、鳥取県の町立小学校で6年生の女子児童が課外指導で、プールの底に頭部を強打し頸髄を損傷する事故(拙稿「フラフープに飛び込み指導」)が大きく報道され、飛び込みスタートの危険性がますます認識されるようになっていった。

■文科大臣「検討する」から一年数ヶ月を経て

 このような微妙な情勢のなか、文科大臣の「検討する」発言から一年数ヶ月を経て、国はついに大きな決断を下した。

 高校の新しい学習指導要領案には、次のような記載が盛り込まれている。

泳法との関連において水中からのスタート及びターンを取り上げること。なお、入学年次の次の年次以降は、安全を十分に確保した上で、学校や生徒の実態に応じて段階的な指導を行うことができること。

出典:高等学校学習指導要領案

 一つ前の学習指導要領(2009年3月公示)には、「スタートの指導については、段階的な指導を行うとともに安全に十分留意すること」とのみ記載されていた。それが今回は、中学校と同じように高校にも、「水中からのスタート」という記載がくわえられたのである。

■だけど、段階的指導が例外的に許される?

飛び込みスタートにおける頭頸部外傷による障害事例数(保健体育/部活動における学年別の件数)[日本スポーツ振興センター『学校の管理下の災害』のバックナンバーをもとに筆者が事例を抽出し作図]
飛び込みスタートにおける頭頸部外傷による障害事例数(保健体育/部活動における学年別の件数)[日本スポーツ振興センター『学校の管理下の災害』のバックナンバーをもとに筆者が事例を抽出し作図]

 ただし、一つだけ重大な懸案事項をあげておきたい。

 上記の引用の後半をみてみると、高校の2年生以降については、「学校や生徒の実態に応じて段階的な指導を行うことができる」と示されている。

 これは文部科学省の説明によると、「教員の指導力と生徒の技能が一定のレベルに達し、プールの水深が十分あると判断した場合は、飛び込みも段階を踏んで指導できる」(『毎日新聞』)ということのようだ。

 「生徒の技能が一定のレベルに達し」という言葉にもあらわれているように、「段階的な指導」という表現には、「経験を一つひとつ積んでいけば、事故を防ぐことができる」という前提が共有されているように見える。

 だが私がこれまでの重大事故の集計をもとにくり返し主張してきたように、技能が高ければ事故に遭わないというのは、まったくの誤解である。

 図に示したように、まず保健体育の授業(上のグラフ)において障害が残った事故事例の件数を見てみると、中学校と高校いずれも学年が上がるほど、事故件数が増えている。「段階的な指導」により飛び込みスタートに挑戦するなかで、事故が起きていると見ることができる。

 また、ある程度技能が高いと想定される水泳部の生徒(下のグラフ)においても、授業ほどではないものの、障害事故が多く起きている。しかも学年が上がるからといって、事故が減るわけでもない。

■技能に関係なく事故に遭う

初心者/熟練者の飛び込みスタートによる事故パターン[文部科学省『水泳指導の手引(三訂版)』より転載]
初心者/熟練者の飛び込みスタートによる事故パターン[文部科学省『水泳指導の手引(三訂版)』より転載]

 文部科学省の『水泳指導の手引(三訂版)』には、「初心者」と「熟練者」それぞれの事故パターンが図示されている。技能が段階的に向上していったとしても、プールに激突する可能性が大いにある。

 このことに関連して付け加えておきたいのは、2015年6月に飛び込みスタートの事故について記事(拙稿「くり返されるプール飛び込み事故」)を発表して以降、終始一貫して私は、泳者がプールの底にぶつかってしまうのは、根本的にはプールの構造上の問題であると、指摘してきた。

 すなわち、日本の学校のプールは、溺水防止を優先して構造的に浅くつくられているため、そこに競泳選手のように飛び込むのは、そもそもリスクが高いということである。どれほど指導を徹底したとしても、またどれほど技能が高くなったとしても、飛び込むのが人間である以上は、ときに急角度で入水することもあり、それが重大事故に結びついてしまうのである。

■専門家「体育授業での安全な飛び込み指導は難しい」

イメージ[提供:写真素材 足成(画像の一部を改変)]
イメージ[提供:写真素材 足成(画像の一部を改変)]

 毎年のように何人かの子どもに犠牲を強いながら、授業で浅いプールに飛び込むべき理由がどれほどあるのだろうか。

 日本水泳連盟の理事であり、医事委員長も務める金岡恒治氏(早稲田大学教授、整形外科医)は、「学校の浅いプールで一人の体育の先生が多くの生徒に対して飛び込みをさせながら指導していると、誰か一人くらいは失敗して事故を起こしてしまうかもしれません。その事故の代償はあまりにも大きい」と述べ、「学校授業などで多くの生徒に一人の教員で飛び込みを指導することは難しいので、体育授業での安全な飛び込み指導は難しいと考えます」と結論づける(金岡恒治「飛び込み事故をなくす」)。

 もちろん、全国大会や国際大会で使用されるような、水深が2~3mあるプールであれば、安全に飛び込むことはできるだろう。逆に言えば、それくらいに安全が確保されなければ、保健体育での飛び込みスタートは禁止とするべきである。

 今回示された学習指導要領の内容は、まだ「案」の段階である。文部科学省には、安易に「段階的な指導」に期待するのではなく、事故の実態を直視して、水泳指導のあり方を再考してほしいと思う。

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名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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