Yahoo!ニュース

小学校のプール飛び込み指導を問う

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
小学校の課外活動における飛び込みスタート指導の有無(都道府県対象調査)

■小学校のプールで飛び込みスタート指導

昨年7月に鳥取県湯梨浜町立A小学校でプールの飛び込みスタート指導中に起きた小六女児の頸髄損傷事故について、事故から約1年を経てようやくその事故報告書がまとめあげられた。

報告書は、フラフープを用いた指導方法が不適切であったと指摘し、さらには学校と町教委における事故直後の初期対応からその後の長期にわたる対応までのあり方を、厳しく批判した。事故そのものと事故対応の両方の問題点にしっかりと言及した報告書が提出されたと、私は感じている。

その丁寧な記述のおかげで、報告書が意図していない、今日の小学校のプール指導における新たな問題点が浮かび上がってきた。それは、小学校のプールで飛び込みスタートが指導されてきたという事実である。これまで、飛び込みスタート指導の是非は主に中学校・高校の問題として論じられてきただけに、小学校のそれは注目すべき検討課題と言える。

■「飛び込みに抵抗のある児童」を飛び込ませる

A小の事故状況(拙著『ブラック部活動:子どもと先生の苦しみに向き合う』より)
A小の事故状況(拙著『ブラック部活動:子どもと先生の苦しみに向き合う』より)

報告書には、事故に遭った児童とは別の児童のことが次のように記されている。

教諭は飛び込み指導の苦手な児童dを4コースで指導していた。足が前後に開き、水面にそのまま体から落ちてしまう飛び込みフォームを改善させる (略)

フラフープを使っての飛び込み指導はこの日が初めてであり、(それは)飛び込みに抵抗のある児童dに向けられた指導課題(であった)

出典:事故調査報告書(2017年6月27日付)より ※括弧内は筆者が加筆

A小学校では、飛び込みスタートの指導においてフラフープが用いられた(詳しくは拙稿「フラフープに飛び込み指導」)。その指導は、飛び込みスタートが「苦手」で「抵抗のある」児童のために用意されたものであるという。

■学習指導要領における規定

文部科学省が定める小学校学習指導要領の「体育」においては、5・6年生の水泳指導は、「水中からのスタートを指導する」とされている[注1]。これは中学校においても同様で、スポーツ庁からの通知(29ス庁第99号:2017年4月28日)の添付資料「スタートの指導の留意点」には、「小・中学校では、水中からのスタートのみを指導し、授業での跳び込みによるスタート指導は行いません」と明記されている。

小学校の体育の授業では、飛び込みスタートは禁止されている。だがA小では、飛び込みに「抵抗のある」児童に、わざわざ飛び込みを指導した。なぜそれが可能だったかと言えば、その練習は「課外活動」であって「体育」ではなかったからである。

■課外活動だから問題なし?

イメージ画像(無料写真素材 写真AC)
イメージ画像(無料写真素材 写真AC)

体育をはじめとする授業は、正規の教育内容である。他方で課外活動というのは、正規の教育内容ではない。学習指導要領にも何ら具体的な定めはない。参加は、原則として自由である[注2]。プール指導でいうと、具体的には6~7月の授業期間中の放課後や、夏休み期間中に指導があれば、基本的にそれは課外活動の扱いとなる。

課外活動というのは、学校管理下にあるけれども、学習指導要領にしたがうことなく、自由に学校側がその指導内容を決めることができる。こうして、小学校において児童への飛び込み指導が、可能になる。

■飛び込みスタートの指導「あり」は8県 背景にある「大会」

小学校の課外活動における飛び込みスタート指導の有無(都道府県対象調査)
小学校の課外活動における飛び込みスタート指導の有無(都道府県対象調査)

鳥取県教育委員会がA小の事故を受けて、全国の自治体に対して課外活動における飛び込みスタート指導の有無を尋ねたところ、回答のあった41都道府県のうち、「ある」は8県(19.5%)、「ない」が13県(31.7%)、「把握していない」が20道府県(48.8%)であったという(『読売新聞』大阪朝刊、2017年4月28日)。課外活動で飛び込みスタートを指導している自治体が、鳥取県以外にも実際にあるということだ。

そして、さらに厄介な事態がある。なぜ飛び込みスタートが指導されているのかというと、その先には「大会」があるからだ。

その大会が自由参加であれば、話はこじれない。しかし私がネット上で調べた限りでは、「校内水泳大会」あるいは複数校による「合同水泳大会」として、全員参加を想定した学校行事のようなかたちで大会が実施されたケースがいくつかある。

■「体育」ではないけれども…

しかもそれを夏休み期間中ではなく、平日の授業時間帯を使って実施したケースも散見された。

A小はその一つであった。飛び込みスタートの練習は参加自由の課外活動だったけれども、それを披露する機会である町の児童水泳大会や校内の水泳大会は、参加が強制される平日の授業時間帯に開催されていた。そこで飛び込みスタートがおこなわれていたのである。

そして町の大会では、「半数以上」が飛び込んでいたという(『毎日新聞』2017年6月2日、鳥取版)。

■実態の把握に向けて

イメージ画像(無料写真素材 写真AC)
イメージ画像(無料写真素材 写真AC)

「体育」以外の活動では、飛び込むことが制限されるべき理由はない。だが現実には、「体育」に近い状況において、飛び込みスタートが指導・披露されている。

先述の鳥取県による全国の調査では、課外活動における飛び込みスタートが「ある」と回答したのは8県(19.5%)であったが、それ以上に気がかりなのは、指導の有無を把握していない自治体が約半数(20道府県:48.8%)にのぼっていることだ。この問題は、そもそもほとんど可視化されていないと言える。

小学生の校内水泳大会の画像をネット上で見てみると、両足が前後に開いていたり、膝から飛び込んだり、あるいは頭から急角度で突っ込んだりと、どうにも無理をしているような様子がたくさんうかがえる。

「課外活動」だからこそ、「体育」を超えてチャレンジができる。しかし、「体育」ではないからと言って、安易に飛び込みスタートを許容または強要することには慎重であるべきだ。学校のプールは溺水防止を目的として浅く設計されているために、飛び込みスタートには向いていない。この答えは簡単には出せそうにないものの、だからこそ、実態の把握と丁寧な議論を開始することが求められる。

  • 注1:2008年3月公示の小学校学習指導要領、ならびに2017年3月公示の小学校学習指導要領のいずれにおいても、「水中からのスタートを指導する」と記載されている。
  • 注2:ただし学校によっては、参加を半ば強制させることもある。なお、事故の起きたA小学校では、水泳の課外指導への参加は強制ではなく、夏の各種大会に出場予定の児童らが指導を受けていた。

【プールにおける飛び込みスタート事故 関連記事】

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

内田良の最近の記事