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プール飛び込み「何でも禁止にするな!」と批判続出 ―重大事故防止に向けてどう考えるべきか

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
(ペイレスイメージズ/アフロ)

■都教委の決断に批判続出

先週24日、東京都教育委員会は都立学校の水泳授業において、来年度から飛び込みによるスタートを禁止すると発表した(都教委「水泳授業等における『スタート』の取扱いについて」)。今年7月に都立高校の水泳の授業で、生徒がプールの底に頭部を強打して首を骨折した事故を受けて、都教委が対応を検討していた。

この都教委の決定に対して、ウェブ上では批判の声が続出した。

ヤフー意識調査では、「全国でも、飛び込み指導を禁止すべきだと思いますか?」との質問に、約63%が「禁止する必要はない」と回答している(28日0時時点)。そして、ウェブ記事に付いているコメント欄は、「何でもかんでも禁止にするのか」といった意見であふれかえっている。この批判を、どう受け止めるべきか――

都教委のウェブサイト。飛び込みスタートの取り扱いについて詳細が記載されている。
都教委のウェブサイト。飛び込みスタートの取り扱いについて詳細が記載されている。

■「そのうち水泳も体育も禁止になる」

たとえば、ヤフーニュースで紹介された記事(「都立学校、プール飛び込み原則禁止に」)に対して、28日0時の時点で約2400件のコメントが寄せられている。その「共感」コメントの上位10件を要約して並べてみると、次のとおりである[注1]。

1) そのうち水泳も体育も禁止になるのでは。

2) そのうちカッターやハサミも禁止か。

3) 転ぶからかけっこ禁止、ボールが当たるから野球も禁止、突き指するからバスケもバレーも禁止。

4) 知識のない人が指導することを禁止した方が良い。

5) どうやったら回避できるかを教えるのも教育。

6) あれダメ、これダメ。鈍臭い子供が増える。

7) そのうち体育が、禁止になる

8) 10年後には『危ない所だから学校は禁止』になるのでは。

9) そのうち、ジャンケンすると、チョキが目に刺さるかもしれないから、ジャンケンも禁止になる。

10) 何でもかんでも禁止にすればいいというものではない。

ご覧のとおり、都教委を支持するコメントは一つもない。そして何よりも目立つのは、「体育も禁止」「カッターやハサミも禁止」「ジャンケンも禁止」とあるように、都教委の判断を冷ややかに見る視線である。10件中8件が、そうした主旨のコメントだ。

■体育で飛び込みスタートを禁止すべき理由

高校の学習指導要領では、飛び込みスタートが認められている
高校の学習指導要領では、飛び込みスタートが認められている

上記のコメントを一言であらわすならば、10件目にあるように「何でもかんでも禁止にするのか」ということである。

体育の授業でプールの飛び込みが禁止されるべき理由は、すでに私も複数の記事(たとえば「学校のプールでまた飛び込み事故」)で指摘をおこなってきた。

理由の第一は、学校のプールでは頭頸部の外傷によって重度障害が残る事故が毎年発生しているからである。

第二に、それら重度障害事故の原因として、学校のプールは溺水防止が重視されているため、水深が浅く設計されているからである。

第三に、体育では競泳選手を育成するわけではないので、無理をしてまで飛び込みスタートを実施する必要性が低いからである[注2]。

取るに足りないような小さな危険があって、それをもって飛び込み禁止と言っているわけではないのだ。

■重大な危険を抑制してきた歴史

イメージ画像 ※写真素材 足成
イメージ画像 ※写真素材 足成

考えてみてほしい。かつては、バイク(原付を含む)の運転では、ノーヘルが認められていた時代があった。車のシートベルトだって、着用しなくても車を運転することができた。

だがそれでは事故が起きれば重大事態になるからと、ノーヘルも禁止され、シートベルトなしの運転も禁止されて、いずれも着用が義務化されたのであった。かつてのそれらの変革について、私たちはいま、「何でも禁止にするな!」と思えるだろうか。私たちはその禁止を受け入れ、いい意味でそのことに慣れたかたちで、いま安全を享受している。

私たちがいま享受している安全な生活とは、かつてあった重大な危険が、一つひとつ抑制されるなかで生み出されてきたものである。「何でも禁止にするな!」と一蹴するのではなく、いま何が起きていて、それはどのような意味で問題なのかについて、冷静に検討することが大切である。

■組み体操のときにも「何でも禁止にするな!」論

飛び込み事故に対する反応は、組み体操事故のそれとよく似ている
飛び込み事故に対する反応は、組み体操事故のそれとよく似ている

上述の「何でも禁止にするな!」論を目の当たりにしたとき、私にはすぐに、学校の運動会における巨大な組み体操の話題が思い起こされた。

2014年5月、私がヤフーニュース個人で巨大組み体操を問題視した際、まさに同じようなコメントが寄せられたからである。「そのうちに、体育がなくなる」「登下校も給食も、全部禁止だ」「そもそもスポーツにケガはつきもの」といった批判である。

組み体操に関する危険性の指摘は、「何でも禁止しようとする」ものと受け止められた。組み体操が危険かどうかを考えることは否定され、現状が肯定された。

でもいま、組み体操の危険性をめぐる世論は、大きく変わった。「何でも禁止にするな!」という見解は、もはや過去のものである。今日では、どうやって子どもの安全を守られるか、どうやって「安全な組み体操」を実現できるかという具体的な方策について検討が進んでいる。

その意味では、「何でも禁止にするな!」は、一つの通過点と理解したい。丁寧に議論を続けていけば、きっと多くの人から理解を得られるはずである。重大事故を減らしていくために、歩みを止めるわけにはいかない。

[注1]

約2400件のコメントを「共感順」で並べたときの、1ページ目に表示された上位のコメント(件数としては10件)。オーサーコメントは除く。

[注2]

東京都教育委員会の担当課長である佐藤浩氏は、BuzzFeedの取材に対して、「大事なのは、正しい泳法で長く泳ぐことです。そのために、飛び込みは絶対に必要なことではありません。水中スタートで目標は達成できます」と答えている。

東京都高等学校体育連盟の水泳専門部常任委員である井口成明氏は、東京新聞の取材に対して、都の決断を評価したうえで「水泳の授業は体力向上や水に親しむことが目的。頭からの飛び込み練習は不要」と答えている。

名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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