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プール授業 飛び込みの是非 スポーツ庁長官・鈴木大地氏は全面禁止に難色「もやしっ子が育つ」

内田良名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授
(写真:アフロ)

■鈴木大地スポーツ庁長官が飛び込み事故に言及

プールの飛び込みスタートで重大事故が相次いでいることへの対応について、スポーツ庁の鈴木大地長官(ソウル五輪競泳金メダリスト)が自身の見解を示した(3/7 東京新聞)。

昨年7月に東京都立の高校で、水泳の授業中に3年生の男子生徒が、プールに飛び込んだ際にプールの底で頭を打って首を骨折し、胸から下がまひの状態となった(9/30 弁護士ドットコム)。高校の学習指導要領では、水泳の授業における飛び込み指導が認められてきた。

だが東京の事故をきっかけにして、全国的に世論が高まり、都立学校では高校の授業での飛び込みスタートは原則禁止[注1]となり、さらには松野博一文部科学大臣も、高校の授業における飛び込み指導のあり方について、対応を検討する旨の発言をした(拙稿「高校の水泳授業『飛び込み禁止』になるか?」)。

飛び込み事故への社会的関心が高まるなか、はたして鈴木大地長官はどのような見解を示したのか――

■長官「1mのプールでも飛び込みの練習はできる」

高校の授業における飛び込みスタートの禁止について、鈴木長官は、次のように考えているという。

飛び込みという行為は楽しみでもある。飛び込みを思い切りできる環境や指導者の資質整備が大事。1mのプールでも飛び込みの練習はできる。指導法が問題で、質の高い教員を採用することが大切。スタート台からは技術を要するので、最初は水面に近いところから段差がない形で飛び込みをする。なんでもかんでも危険だからと全面禁止し、もやしっ子を育てあげていくのはどうかなと思う。

出典:<ストップ プール事故>「飛び込み禁止 どうなのか」 鈴木大地・スポーツ庁長官 (3/7 東京新聞)

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鈴木長官は、飛び込みができる環境と、指導者の資質を問題点としてあげる。前者は、プールの構造上の問題であり、いわばハード面の整備に関わることで、後者は、指導方法上の問題であり、いわばソフト面の改善に関わることである。

そしてとくに後者について、水泳指導に長けた質の高い教員が、段階的に指導をしていけば、「1mのプールでも飛び込みの練習はできる」と主張する。だから、高校の授業で飛び込みを禁止すべきではないし、それは「もやしっ子を育てあげていく」ことになるという。

■つねに正しく安全に飛び込めるのか?

東京都立高校の事案における飛び込み指導(9/27 東京新聞)
東京都立高校の事案における飛び込み指導(9/27 東京新聞)

私は2015年から、学校事故のなかでも重点的にこの飛び込み事故のことを調べ、事故防止の啓発を続けてきた。そこでもっともよく見聞きした意見の一つが、「禁止の前に、指導方法の改善を」というものだ。

たしかに、上述の東京都立高校の飛び込み事故では、デッキブラシを飛び越えて入水するという指導があった。先週マスコミ各社が一斉に報じたばかりの鳥取県にある公立小学校の飛び込み事故では、水面のフラフープに向かって飛び込むという指導があった。いずれも、きわめて危険な指導が事故の直接的な要因になったと考えられる。

だから、質の高い教員のもとで正しく飛び込めばよいというのは、そのとおりである。しかしここで注意しなければならないのは、第一に技術の高い指導者が、教員のなかにどれだけいるのか。そして第二に、仮に第一の条件が徹底的に整備されたとして、はたして泳者である子どもは、全員がつねに正しく安全な角度で飛び込めるのだろうか。

■源純夏氏「私でも、1mちょっとの水深には怖くて飛び込まない」

昨年末の「アメトーーク!」では「運動神経悪い芸人」が飛び込み事故と紙一重であった
昨年末の「アメトーーク!」では「運動神経悪い芸人」が飛び込み事故と紙一重であった

第一の懸念についていうと、プールの季節はもう3ヶ月後に迫っている。学校のプールでは、毎年プールの飛び込みスタートで、数名の子どもが後遺障害を負う事故に遭っている(拙稿「くり返されるプール飛び込み事故」)[注2]。質の高い指導者が全国で養成されるのを待っている間に、これから先も何年にもわたって、また子どもたちが障害を負っていくことになるであろう。

第二の懸念は、飛び込み事故を考える上でもっとも重要な着眼点である。すなわち、学校のプールは溺水防止のために浅めにつくられているため、飛び込み時に体勢を崩せば、容易に頭部をプール底に強打してしまうのだ。

シドニー五輪競泳銅メダリストの源純夏氏は、「私でも、1mちょっとの水深には怖くて飛び込まない」11/15 東京新聞)と発言している。メダリストでさえも、恐怖を感じるのが、学校のプールである。なお、オリンピックなどに使用される「国際基準プール」では水深3mが推奨されている。

毎回、正しく安全な角度で飛び込めるならば、それでいい。だが、仮に指導者の技術が高くても、泳者が人間である限りは、ときに誤って下方に突っ込んでしまうことがある。

■飛び込みスタートの暫定的な禁止と代替施設の模索

鳥取では、水深90cm、スタート台36cmから飛び込むよう指導され、事故となった
鳥取では、水深90cm、スタート台36cmから飛び込むよう指導され、事故となった

学校のプールが、飛び込みスタートをするには絶対的に浅すぎるという根本的な問題に最優先で向き合わなければ、どれほど指導者を養成しどれほど指導方法を改善しても、事故は起きてしまう。

根本的な問題は、プールが浅いことにある。鈴木長官も、プールが浅いことは自覚している。そうであるならば、スタート付近の水深が十分に確保されている(例:水深1.5m以上)特殊な例を除いて、高校の授業での飛び込みは、暫定的な措置として全面禁止にすることが最優先にされるべきだ。

ただし、飛び込みスタートそのものが問題ということではない。水深が確保されれば、そこで飛び込み練習をすればよい(もちろんその際には溺水対策が徹底されなければならない)。飛び込み練習のために、代替のプールを探すという策も必要だろう。

「もやしっ子が育つ」と揶揄している間にも、また子どもが事故に遭っていく。事故は構造的な問題であり、そこに向き合わない大人たちの問題である。重大なリスクに蓋をしない議論が求められる。

[注1]

小学校と中学校ではすでに学習指導要領において、水泳の授業では、水中からスタートするよう定められている。

[注2]

部活動中の事故を含む。本稿は基本的に授業の安全対策を訴えるものであるが、部活動指導に当てはまる論点も多くある。

<プールの飛び込み事故に関する拙稿>

  • 本文中の写真素材は、いずれもイメージである。提供は「写真素材 足成」(画像の一部を改変)。
名古屋大学大学院教育発達科学研究科・教授

学校リスク(校則、スポーツ傷害、組み体操事故、体罰、自殺、2分の1成人式、教員の部活動負担・長時間労働など)の事例やデータを収集し、隠れた実態を明らかにすべく、研究をおこなっています。また啓発活動として、教員研修等の場において直接に情報を提供しています。専門は教育社会学。博士(教育学)。ヤフーオーサーアワード2015受賞。消費者庁消費者安全調査委員会専門委員。著書に『ブラック部活動』(東洋館出版社)、『教育という病』(光文社新書)、『学校ハラスメント』(朝日新聞出版)など。■依頼等のご連絡はこちら:dada(at)dadala.net

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