大量殺人犯の心に巣食う10の特性――テロリストと一般人は何が違うか 2
- 心理学や精神分析学はテロリストの心にも迫ってきた
- しばしば取り上げられるその10の特徴のうち、後半の5つには報復感情、モデルケースの観察からくる自信、他の選択肢を描けない思い込みの強さ、目新しさの追求、合理的な計算があげられる
- こうした特徴をもつ人格は一般社会でも珍しくないことから、テロリストの心に似たものが我々の周囲でも広がりつつあるといえる
1に引き続き、大量殺人犯の心にある10の特性を、心理学や精神分析学の成果を踏まえてみていこう。
(6)侮辱への報復感情
「やられたからやり返す」という報復感情は、テロリストの行動原理として分かりやすいものの一つだ。1で取り上げたナルシストやパラノイアの場合、「自分は被害者」と一方的に思い込むことが多いが、これに対して実際の被害がテロの原動力になることもある。
セント・ジョン大学准教授バセル・サレフの調査によると、イスラエルによる実効支配が続くパレスチナでイスラエル軍に自爆テロを行った者のうち12.6%が近親者をイスラエル兵に殺害され、50%が逮捕されたり、撃たれたりした経験があった。
尊厳や自尊心を傷つけられた報復感情は、「イスラーム国」(IS)の処刑人として、日本人ジャーナリスト後藤健二を含む何人もの人質をカメラの前で殺害し、欧米メディアでジハーディ(聖戦士)ジョンと呼ばれたムハンマド・エムワジからもうかがえる。エムワジがテロリストになった転機の一つは、イギリスの諜報機関MI5からの嫌がらせだった。
幼少期にクウェートからイギリスへ家族とともに移住したエムワジは、イギリスの大学で学び、イギリス市民として暮らしていたが、卒業後にMI5からイスラーム過激派と疑われて拘束され、その後にスパイになることを求められた。エムワジがこれを拒絶したところ「厄介なことになるぞ」と脅されたという。自由や平等を謳うイギリスの法に従って生きてもイギリス人として扱われない屈辱は、エムワジをジハーディ・ジョンに変身させるきっかけになったといえる。
これに加えて、自国が「ないがしろにされている」と捉えることも、報復感情を呼びやすい。移民の流入による社会の変化を「文化破壊」「侵略」と呼ぶ白人至上主義者は、その典型だ。
(7)モデルケースの観察からくる自信
ただし、それがどんな理由であるにせよ、「相手が悪い」という報復感情だけでは、成功するか不安もあるだろう。また、そもそも大量殺人を行うことの心理的ハードルは高い。しかし、逆にモデルケースがあれば、大量殺人に踏み切る自信も得やすく、決断しやすくなる。
今年3月にNZクライストチャーチでモスクを銃撃し、51人を殺害したブレントン・タラントは、2011年にノルウェーで77人を殺害したアンネシュ・ブレイビクの名を犯行声明で挙げるなど、強く意識していたことがうかがわれる。
他者の観察から行動や価値観を習得する過程は、心理学などで社会的学習と呼ばれ、大人になる過程で欠かせないものだ。しかし、テロに関しても、特にその結果が劇的であるほど、情報量が多いほど、社会的学習の効果は大きくなりやすい。
自分以外の他者による行動や結果を観察することは「代理経験」と呼ばれ、何も知らない場合、あるいは先行者が成功しなかった場合より、「自分にもできる」という感覚(いわゆる自己効力感)を抱きやすい。
つまり、NZで大量殺人を行ったタラントは、先にノルウェーでこれを行ったブレイビクの「成功」から、「自分にもできる」と自信に溢れてモスクに乗り込んだものとみられる。ノルウェーの事件に関する情報がTVやネットで氾濫したことは、その材料になったとみてよい。同じことは、イスラーム過激派の自爆テロに関してもいえる。
(8)「それしかない」という思い込み
とはいえ、モデルケースがあっても、最初から大量殺人に向かう者は決して多くない。ところが、平和的な手段による変革を望んでいた者も、その限界に直面し、「他の選択肢がない」と思うことで、テロに手を染めやすくなる。
人間の行動は客観的な条件をどのように認知するかによって左右される。これは社会的認知理論と呼ばれるが、精神分析学者アンドレア・マイコビッチはこの理論を応用し、アルカイダにリクルートされた若者たちが自爆テロを含む大量殺人に向かうメカニズムを読み解いている。
それによると、政治活動に参加する多くの若者は社会の現状を変更したいと思いながらも、できるだけ暴力を用いないでこれを実現したいと思っている。ところが、アルカイダのフロント組織である社会団体などにリクルートされた若者たちは、デモなど平和的な手段での社会変革を実践させられた後、「何も変わらない」と思わされやすい。
マイコビッチによると、これはアルカイダ幹部らの作戦であり、「暴力なしの変革をしたいが、暴力なしでは難しい」という心の矛盾を解消したい若者らは、結局暴力に誘導されるというのである。
こうした心の矛盾は「認知的不協和」と呼ばれるが、これを解消するために「力による転換しかない」と思い込むことは、誰かに誘導された場合以外でも、テロリストに広くみられる。
(9)目新しさの追求
一方、より気軽にテロリストになる者もある。
若者がテロを含む政治的暴力に参加するメカニズムとして、精神分析学者リン・ポントンは、青年期特有の不安や性的欲求不満がリスクに魅力を感じさせやすいことをあげ、「危険のロマンス」と呼んだ。
ただし、ハイリスクに魅惑されるかは個人差があり、目新しいものや冒険を求めやすい傾向を新奇性追求傾向と呼ぶ。これは遺伝に影響されるところが大きく、この傾向の強い者は既存の社会に敵対するテロリストになることへの抵抗感が小さいと考えられる。
例えば、2014年に建国を宣言したISには世界中から外国人戦闘員が集まり、最盛期には3万人を超えた。その多くは若者だったが、なかにはムスリムでない欧米出身者も含まれていた。オランダ出身の元IS戦闘員をインタビュー調査した国際反テロセンターによると、「ある程度の者が」イスラーム過激派の活動に「ロマンティックな」イメージを持っていた。
ここからは、深い考えなしに「危険な冒険」に惹き寄せられる者があることがうかがえる。ただし、こうした調査はいまだに多くなく、研究はこれからでもある。
(10)合理的な計算
最後に、「テロによって得られるものがある」という計算について。
テロ、とりわけ自爆テロなどの実行は、非合理的な激情の産物と思われやすい。しかし、テロによって得られるものもある。
自死をも厭わない攻撃は相手にとって脅威で、軍事的な目標を達成する効果が高い。実際、アフガニスタンやイラクでのアルカイダやISによる自爆テロは、アメリカ軍に撤退を検討させる大きな力になっている。これは指示する側にしてみれば合理的な手段といえるが、実行する側が利益を得ることもある。
例えば、パレスチナのハマスは自爆テロを行った者の家族に1万〜2万5000ドル、レバノンのヒズボラは約10万ドルの「見舞金」を支給しているという。家族を養うことが難しい所得水準の者にとって、自爆は必ずしも非合理的ではないのだ。
自爆テロ以外でも、合理的な計算がうかがわれるケースもある。例えば、「77人殺し」ブレイビクは懲役21年しか科されていないが、これは死刑が廃止されているノルウェーでの最高刑だ。ブレイビクは犯行現場に駆けつけた警官と撃ち合わずに投降したが、これによって少なくとも結果的に、大量殺人を犯しても生命を長らえ、裁判で自らの主張を展開し、白人至上主義者の「英雄」になる満足感は担保されたことになる。
テロリスト・マインドの増殖
こうしてみたとき、テロリストを突き動かす心のメカニズムは多種多様で、一人のなかに幾重にも要素が重なっているとみられるが、その多くは、程度の差はあれ、我々の身の周りでも珍しいものではない。自分の責任を認めようとしない、他者を常に見下そうとする、「他に選択肢はない」と自説に執着する、こうした態度は一般社会でもしばしば目にするが、これらは多くのテロリストにもみられるものだ。
こうした傾向は、遺伝によってだけでなく、家族や周囲の環境によっても醸成される。親の虐待や過干渉、職場や学校での孤立、薬物の反乱、メディアやネットを通じた偏った情報の過剰摂取など、ここで取り上げたテロリスト・マインドが育成された環境に似たものは、日本でも広がりつつある。実際、通り魔という形態ではあっても、日本でもやはり大量殺人がしばしば発生しているが、その心理学、精神分析学的な研究の多くは、テロリストの心理にほぼ共通する結果を導き出している。
だとすると、彼らの行いそのものは厳しく処罰されるべきだが、テロリストを単に「異常者」や「狂信者」として片付けたり、通り魔に「一人で死ね」と言ったりしても、何も解決しない。むしろ、テロリスト・マインドを育成する社会の歪みを直視しない風潮は、大量殺人犯を増殖させる堆肥となるのである。