テロリストの「帰国ラッシュ」―元IS戦闘員への帰還拒否は何も解決しない
- イギリス政府はISに参加した女性の帰国を拒み、国籍を剥奪する決定をした
- しかし、元外国人戦闘員はこの女性だけでなく、見せしめのように国籍を剥奪することは、イギリスが尊重するはずの「法の下の平等」に反し、その不公正さはイギリス社会に不満をもつ者の敵意をさらに増幅しかねない
- イギリス政府のこの対応は、テロリズムが蔓延した原因の一端がイギリス社会にもあることを認めない姿勢の裏返しでもある
シリアに集まっていたISの外国人戦闘員は、母国に帰還し始めている。この「帰国ラッシュ」のなか、イギリス政府は2月19日、帰国を希望しているイスラーム過激派「イスラーム国」(IS)の元戦闘員シャミマ・ベグム氏の国籍を剥奪し、帰国すれば入国を阻止する決定を下した。この決定は、一見したところテロリストに厳しい措置として問題ないようだが、実際にはイギリス政府の矛盾に満ちた対応と傲慢さを浮き彫りにする。
外国人戦闘員の「帰国ラッシュ」
シリアではIS最後の拠点バグズが、アメリカ軍の支援するクルド人勢力で陥落寸前のなか、各国から集まってきた外国人戦闘員は大挙して帰国し始めている。2014年に「建国」を宣言したISには、その直後から世界各地から2万人以上が集まっていたが、ISの旗色が悪くなった2015年末頃から徐々に脱走する者も増え、見せしめのため処刑される者も増えた。
こうした背景のもと、バグズ攻撃でシリアでの拠点の喪失が現実味を帯びるなか、外国人戦闘員の「帰国ラッシュ」は一気に加速したのだ。バングラデシュ系イギリス人女性、シャミマ・ベグム氏も、その一人だ。
ベグム氏は2015年、15歳でシリアに渡り、ISに参加。昨年、IS戦闘員との間に男児を出産し、親子でのイギリス帰国を希望している。
これに対して、イギリス政府はベグム氏の国籍剥奪を決定したのだ。イギリスの法律では、内務大臣が「公益に影響を与える」と判断すれば、国籍を剥奪できる(剥奪によって無国籍にならない、などの条件がある)。そのため、テロリストの帰国が「公益に反する」という判断が、この決定の背景にあるとみてよい。
テロリスト排除の論理
ISは既存の国境戦を否定し、勝手にシリアとイラクの国境付近での「建国」を宣言しただけでなく、敵対する各国でテロ活動を引き起こしており、イギリスでも2017年5月にマンチェスターで22人が死亡する自爆テロが発生している。また、イギリス軍はアメリカに協力し、イラクでのIS空爆にも参加している。
これらを振り返れば、いくらイギリス国籍をもつとはいえ、当局が制止しているのに「勝手に」出国してテロ組織に参加した者を受け入れないのは当たり前、という意見もあるだろう。
また、ベグム氏がシリアへ渡ったことを「後悔していない」、「自分の子どもが死ぬことが恐かった。とにかくイギリスに帰りたい」と述べたことが、「そんな奴を帰国させたら危険だ」、「ISだって多くの子どもを殺したじゃないか」といった批判を招いても不思議ではない。
さらに、ベグム氏の家族は弁護士を通じて「全ての法的手段」を用いて政府の決定に抵抗すると述べているが、これとて「ムシが良すぎる」という反感を呼んでも当然ではある。
イギリス政府の決定は、こうした反感や批判に考慮したものだろう。ただし、「ムシが良すぎる」というなら、イギリス政府の決定も同じだ。そこには、大きく二つの理由がある。
他の元外国人戦闘員はどうするのか
第一に、ISの元外国人戦闘員はベグム氏だけではないことだ。
イギリスBBCによると、2017年10月の段階ですでに、世界全体で5600人の元外国人戦闘員がそれぞれの母国に帰国していた。BBCによると、イギリスの場合、約850人がシリアに渡ったが、そのおよそ半数はすでに帰国したとみられている(シリアで死亡したのは約130人とみられる)。
ところが、「こっそり」帰国していた元戦闘員は、要注意人物として当局からマークされたり、すでに拘束されたりしているが、国籍剥奪といった話は出ていない。つまり、メディアを通じて目立ったベグム氏は、いわば見せしめにされたのだろうが、それでは「法の下の平等」も何もない。
これに関して、イギリスのイスラーム研究者ウサマ・ハサン氏は、重罪を犯したヨーロッパ系人の市民権を剥奪すべきという声を聞いたことがないと指摘する。実際、各国からISに参加するためシリアに渡った者たちの人種、民族、職業などはバラバラだった。
バングラデシュ系で褐色の肌をしたベグム氏に対して、とりわけ厳しい措置をとることは、イギリス当局の二重基準(ダブルスタンダード)を象徴する。
自分を振り返らないイギリス政府
第二に、第一の点にも関連するが、ベグム氏の国籍剥奪が、自分自身を振り返ろうとしないイギリス政府の傲慢さを示していることだ。
イギリス政府がベグム氏の帰国を拒絶することは、「腐ったリンゴ」を排除しようとするものに他ならないが、それは裏を返せばイギリス政府がテロリストの発生した原因を過激思想や個人の特性にのみ求め、そこには国内社会のひずみも関係していたことを認めようとしないことをも意味する。
しかし、ISに限らず、テロリストは貧困、格差、差別、抑圧などの不公正が蔓延し、その打開すら難しいという無力感や虚無感が広がるなかで生まれやすい。
例えば、やはりイギリスからシリアに渡り、ISの公開処刑人として注目を集め、2015年11月にアメリカ軍の無人攻撃機の空爆で殺害された「ジハーディ・ジョン」、本名モハメド・エムワジの例をあげよう。クウェート出身のエムワジは、幼い頃に一家でイギリスに移住し、教育を受け、イギリス社会の一員として育った。
ところが、大学生の頃、たびたびイギリスの諜報機関から情報員になるようリクルートされ、これを断ったところ、「厄介なことになる」と脅されたとエムワジ自身は人権団体で相談していた。その後、実際に卒業旅行で訪れたアフリカのタンザニアで、「(アルカイダ系組織の拠点がある)ソマリアに渡ろうとしている」という疑いをかけられ、イギリスに強制送還された。もともと大学にあった過激なイスラーム系サークルと距離を置いていたエムワジが、過激派に転向したのは、この頃からといわれる。
もちろん、どんな理由があるにせよ、テロ行為は認められるべきではない。ベグム氏も、シリア渡航時に未成年だったとしても、法的な処罰は受けなければならないだろう。
ただし、テロリズムの発生には社会的な要因がぬぐいがたい。法と民主主義を尊重するイギリス社会の一員として育ってきたはずが、そのイギリス自身によって不当に扱われることへの憤りと無力感が、ノンポリ学生を過激派に転向させたエムワジのケースは、その象徴だ。
それにもかかわらず、元IS戦闘員ベグム氏の帰国を拒否するイギリス当局の姿勢からは、「自分たちには問題はない。問題があるのはあの連中だけだ」という暗黙のメッセージが読み取れる。
先述のように、ベグム氏がバングラデシュ系であることは、イギリス政府にとって、国籍剥奪という強硬手段を取りやすい条件といえる。その不公正さは、かえって既存の社会に不満を募らせている者の反感を招く一因となりかねないだけでなく、テロリズム蔓延の原因の一端がイギリス社会のあり方にある、という謙虚さは見受けられない。
アフリカやアフガニスタンに学ばない先進国
国内で分裂や対立が深刻化し、全面的な内戦に陥った国では、戦後復興のなかで、元戦闘員の社会復帰を促すとともに、各勢力の言い分を反映した政治を目指す取り組みは珍しくない。それは「罪を憎んで人を憎まず」といった美しいレトリックによるものではなく、不満を抱えた人々を放置することが脅威になるという現実的な認識に基づくものだった。
例えば、1990年代に内戦が頻発したアフリカ諸国では、戦闘にかかわっていた若者に、武装解除とともに教育や職業訓練の機会を提供し、社会復帰を促すDDR(Disarmament, Demobilization, Reintegration)と呼ばれる取り組みが行われた。そのすべてが成功したわけではなく、社会に馴染めず武器を手放せないまま年を重ねる者もいるが、この取り組みは少なくとも、社会への不満を募らせる人々を孤立させない政策といえる。
同様に、内戦が続くアフガニスタンでは、イスラーム過激派タリバンを政権内に取り込むことが、長く課題であり続けてきた。これもやはり、対立が暴力的な衝突に至るのを避ける取り組みといえる。
これらに照らしてみたとき、イギリス政府の対応は、社会のひずみのなかで生まれた暴力をただの「エラー」として扱い、削除さえすればそれでいいというもので、対立の根本を見据えた解決を模索する姿勢に乏しい。イギリスだけでなく、アメリカでも元IS戦闘員の帰国拒否が発生していることから、この傾向は先進国に広くみられるものである。この点で、先進国はアフリカやアフガニスタンより、むしろ遅れているとさえいえるだろう。