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ニュージーランド大量殺人の衝撃―国境を越える白人右翼テロ

六辻彰二国際政治学者
クライストチャーチ郡裁判所に出廷したタラント容疑者(2019.3.16)(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)
  • ニュージーランドで発生したモスク襲撃事件は、白人至上主義者による右翼テロである
  • 右翼テロはアメリカを中心に増加しつつあるが、今回の事件はこれが各地に飛散し始めたことを示す
  • 実行犯として逮捕されたオーストラリア人は、オーストラリアよりテロ活動をしやすい土地としてニュージーランドを選んだとみられる

 ニュージーランドで発生したモスク襲撃事件は、世界各地に広がる白人右翼テロの脅威を改めて浮き彫りにした。この脅威はイスラーム過激派によるテロといくつかの点で共通する。

クライストチャーチの悲劇

 平和な国と思われていたニュージーランドのクライストチャーチで3月15日、銃で武装した男にモスクが襲撃され、49人が死亡した。この数字は、ニュージーランド史上最悪の犠牲者である。

 ニュージーランド当局は事件直後、ブラントン・タラント容疑者を実行犯として逮捕したが、その後で4人の男女も逮捕している。

 ニュージーランド当局などによると、タラント容疑者は銃撃の模様を動画で撮影し、SNSに投稿していた。さらに、銃撃に先立って74ページにおよぶ犯行声明も掲載していたといわれる(いずれもアカウントが後に削除され、視聴できなくなっている)。

 削除前に確認した、オーストラリアの報道機関SBSによると、そこでタラント容疑者は自分のことを「ごく普通の白人男性で28歳。オーストラリアの労働者階級の貧しい家庭に生まれた」と記述しており、「外国人によって自分たちの文化や国が脅かされている」という趣旨の記述があったという。

 アメリカ政府の諜報・防衛の専門家として勤めた経験のあるポール・ブキャナン博士はSBSのインタビューに対して、タラント容疑者の書き込みが2011年にノルウェーで移民受け入れを進めていた政府や与党・労働党の関係者77人を殺害した白人至上主義者アンネシュ・ブレイビクの供述を思い起こさせると述べている。

 情報は限られているものの、この事件は白人至上主義者がムスリムを標的にしたものとみて、ほぼ間違いない。だとすると、人種や宗教を理由とした「ヘイトクライム」とも呼べるが、筆者のかねてからの言い方でいえば、これは「右翼テロ」と呼んで差し支えないだろう。

脅威としての右翼テロ

 以前にも書いたが、右翼テロはいまやイスラーム過激派とともに、大きな脅威となっている。

 とりわけ、アメリカでは2008年から2016年までの間に、ムスリムによるテロが63件だったのに対して、白人によるものは115件にのぼった。その多くは「アメリカは白人のもの」という信条のもと、異教徒や有色人種、とりわけムスリムやその宗教施設を標的にした破壊や襲撃だった。この調査によると、白人と非白人の平均的な所得格差や社会的信用を反映して、銃器の購入が容易な白人によるテロほど、死傷者が増える傾向にある。

 今回のニュージーランドの事件は、白人至上主義者のテロがアメリカ以外にも広がる様子を示す。

 組織的にイデオロギーやメッセージを拡散させるイスラーム過激派と異なり、右翼テロを実行した白人至上主義者たちは、これまで個人レベルで行動する(いわゆるローンウルフ型)ことが多く、犯行声明などを拡散させることも少なかった。

 しかし、現代ではインターネット上で、イスラーム過激派だけでなく白人至上主義者たちも組織的にメッセージを流布させている。アメリカでトランプ大統領の主たる支持基盤として注目された陰謀論者のネットワーク、QAnonは白人至上主義的なメッセージを発信しており、その影響は英語圏の各国にも広がっている。

 例えば、フェイスブックのQAnonオーストラリア&ニュージーランド支部のアカウントには1522人のメンバーがいるが、人種差別主義的なアカウントは順次削除されるため、その支持者は潜在的にはもっと多いとみられる。

なぜオーストラリア人か

 とはいえ、仮に白人至上主義に感化されていたとしても、なぜ実行犯はニュージーランド人ではなく、オーストラリア人だったのか。あるいは、なぜタラント容疑者はわざわざニュージーランドに移動して犯行に及んだのか。

 一般的に、両国は南半球の旧イギリス植民地として、セットで語られることも多い。また、ピュー・リサーチ・センターによると、人口に占めるムスリムの割合で、オーストラリアが2.4パーセント、ニュージーランドが1.2パーセントで、アメリカ(0.9パーセント)より高いものの、イギリス(4.4パーセント)やフランス(7.5パーセント)などヨーロッパ諸国と比べて少ない点でも共通する。

 しかし、社会に占めるムスリムの存在感に大きな違いがなかったとしても、オーストラリアとニュージーランドではその受け止めに差が生まれやすい。ここで注目すべきは、以下の2点だ。

(1)もともと少数者に寛容か

 ニュージーランドはイギリスの植民地時代の1893年、イギリス本国に先駆けて成人女性に参政権を付与したが、これは男女同権の最も早い事例のうちの一つで、これに象徴されるように、もともと少数者の権利保護に積極的だ。また、アメリカでは白人至上主義は保守的なキリスト教の福音主義と結びつくことが多いが、ニュージーランドでは福音主義者がおよそ1万5000人と少ない。

 これに対して、オーストラリアでも先住民族アボリジニの権利保護が進められ、多文化主義が発達している一方、移民受け入れに拒絶反応も強く、今回の事件でもアニング上院議員が「もともとの原因は移民が増えたこと」と示唆したことが物議を醸している。また、白人至上主義の高まりと連動して福音主義者は26万人と増加傾向にある。

(2)アメリカとの関係

 オーストラリアではイギリス女王を共通の元首として戴くイギリス連邦からの離脱がしばしば話題となり、その裏返しでアメリカとの関係を重視する傾向が強い。その結果、オーストラリア軍はイラクやアフガニスタンなどで米軍と行動をともにしてきた。

 これに対して、ニュージーランドは西側先進国の一国ではあっても、アメリカと一定の距離を保ってきた。2003年のイラク侵攻で、オーストラリアが部隊を派遣したのに対して、ニュージーランドがこれに倣わなかったのは、その象徴だ。

テロを起こしやすい国

 こうした背景は、オーストラリアとニュージーランドに大きな違いをもたらしてきた。

 

 ニュージーランドではこの10年間、テロ事件そのものが少なく、犠牲者もゼロであったうえ、これらにイスラーム過激派あるいは白人至上主義者によるものはなかった。

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 これに対して、オーストラリアではこれまで既に、アメリカと同様、イスラーム過激派によるテロも、ムスリムを標的にした右翼テロも発生してきた。

 例えば、イスラーム国(IS)が建国を宣言した2014年の暮れ、オーストラリアのシドニーではIS支持者がカフェを占拠する事件が発生した他、イスラーム過激派によるテロで4名が死亡した。ここには、オーストラリアのムスリム社会の間で、アメリカとの関係を重視するオーストラリア政府への反感が小さくないことを見出せる。

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 一方、イスラーム過激派によるテロを受けて、その後オーストラリアではモスク襲撃などムスリムを標的にしたテロも増加している。白人至上主義者にいわせれば、これは「報復」あるいは「自己防衛」だろうが、いずれにせよ過去10年間でみると、イスラーム過激派と白人至上主義者によるテロ事件の発生件数に大きな差はない

 つまり、オーストラリアの方がニュージーランドより、白人至上主義者によるテロ事件が起こりやすい。ただし、その裏返しで、オーストラリアではアメリカと同じく、右翼テロへの関心も高まっているため、当局による監視や警戒も厳しい。

 これと対照的に、ニュージーランドではもともと人種や宗教に基づく対立が表面化していないため、どんな人間でも行動しやすい。言い換えると、白人至上主義者にとっては、アメリカと距離を置き、人種や宗教間の対立がオーストラリアほど激しくないニュージーランドの方が、テロ活動を起こしやすいといえる。

 だとすると、「イスラーム世界を侵略者から守る」ことを大義とするイスラーム過激派のテロが各地に飛散したように、「白人世界を侵略者から守る」右翼テロも今後各地に飛び火しかねない。その場合、今回の事件は、その一つの先行例になる可能性が高いとみてよいが、イスラーム過激派が日本人も標的にするように、無差別に銃を乱射する白人至上主義者にとって、日本人は特別保護しなければならない対象ではない。この点でも、イスラーム過激派と白人至上主義者の間には類似性が見て取れるだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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