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「アラブの春」再び? 中東で広がる抗議デモの嵐

六辻彰二国際政治学者
アルジェでの抗議デモ(2019.3.8)(写真:ロイター/アフロ)
  • アラブ諸国では生活苦を背景に、「独裁者」への抗議デモが広がっている。
  • その構図は2011年の「アラブの春」を思い起こさせる。
  • とりわけアルジェリアやスーダンなどでの政治変動は、「テロとの戦い」の文脈からも大きな意味をもつ。

 アラブ諸国では政府への抗議デモが各地で発生しており、その背景には生活苦がある。2011年に発生した政治変動「アラブの春」はその後、シリア内戦や「イスラーム国」(IS)台頭を引き起こしたが、今回の各地での抗議デモも地域の不安定化材料になる危険性を抱えている。

82歳の大統領

 中東・北アフリカでは政府への抗議デモが広がっている。そのうちの一つ、アルジェリアでは3月8日、ブーテフリカ大統領の辞任を求める数万人のデモが首都アルジェで発生し、195人以上の逮捕者を出した。

 82歳と高齢のブーテフリカ氏は1999年から大統領の座にあり、2013年に脳梗塞で倒れて以来、車いす生活を送っている。しかし、それ以前と同様、公の場に出るときには灼熱のさなかでも常にスリーピースのスーツを欠かさない。

 抗議デモのきっかけは、4月に行われる大統領選挙に、ブーテフリカ氏が出馬を表明したことだった。高齢であるうえ、健康状態さえ疑わしいブーテフリカ大統領による長期政権には、とりわけ若い世代からの批判が目立つ。

 広がる批判に、ブーテフリカ氏は大統領選挙に立候補するとしながらも、「任期を全うするつもりはない」とも述べ、任期途中で降板することを示唆した。つまり、「すぐ辞めるから5期目の入り口だけは認めてくれ」ということだが、任期途中で辞める前提で立候補するという支離滅裂さは、それだけブーテフリカ政権への批判の高まりを象徴する(本記事掲載後、ブーテフリカ大統領は立候補を取り下げ、大統領選挙の延期も発表した)。

広がる抗議デモ

 抗議デモが広がるのはアルジェリアだけではない。

 政府への抗議デモは、昨年末あたりから中東・北アフリカの各地で発生しているが、とりわけ先月からはスーダン、ヨルダンエジプトモロッコなどで治安部隊との衝突も相次いでいる。

 このうち、エジプトではフランスで発生した「イエロー・ベスト」の波及を恐れ、昨年末に政府が黄色いベストの販売を禁止している。

 また、スーダンではバシール大統領が2月23日、1年間の非常事態を宣言。これによって、「治安を乱す」デモに対する発砲や、デモ参加者を裁判や令状なしで拘留することも可能になった。

アルジェリアの生活苦

 こうしたデモの広がりの背景には、生活苦がある。単純化するため、アルジェリアに絞ってみていこう。

 アルジェリアはアフリカ大陸有数の産油国だが、そのGDP成長率は2010年代を通じて緩やかに減少し続け、2018年段階で2.5パーセントだった。この水準は、伸びしろの小さい先進国なら御の字だが、開発途上国としては決して高くない。

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 資源が豊富であることは、資源の国際価格によって経済が左右されることを意味する。2014年に資源価格が急落して以来、アルジェリアをはじめ、この地域の各国の経済にはブレーキがかかっている。

 これと連動して、物価も上昇しており、昨年の平均インフレ率は10パーセントを超え、今年に入ってリーマンショック後の最高水準に近付きつつある

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 さらに、資源経済は雇用をあまり生まないため、失業率は下げ止まっており、昨年段階で11.6パーセントだった。これだけでもかなり高い水準だが、世界銀行の統計によると、15~24歳の失業率(2017)は24パーセントで、ほぼ倍だった。

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 冒頭で述べたように、ブーテフリカ大統領に対する抗議デモには若者が目立つことは、これらをみれば不思議ではない。それぞれで事情は多少異なるものの、基本的にはどの国でも、こうした生活苦が抗議デモの引き金になっている。

「アラブの春」前夜との類似性

 こうして広がる抗議デモには、「アラブの春」との類似性が見て取れる

 2011年の「アラブの春」は、2010年末にチュニジアで抗議デモの拡大によってベン・アリ大統領(当時)が失脚したことに端を発し、同様に各国で「独裁者」を打ち倒すことを目指して拡大した。その背景には、アラブ諸国で民主化が遅れていたことなどの政治的要因もあったが、少なくともきっかけになったのは生活の困窮への不満だった。その引き金は、2008年のリーマンショックにあった。

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 2000年代の資源価格の高騰は、中東・北アフリカ向けの投資を急増させ、インフレを引き起こしていた。ところが、2008年のリーマンショック後、海外からの投資が急に引き上げたことで、これら各国では急速にデフレが進行した。

 海外の資金に左右される、もろい経済構造のもと、生活を振り回される人々の怒りは、国民生活を放置し、利権と汚職に浸る権力者に向かったのだ。

 こうしてみたとき、2014年に資源価格が急落して以来、資源頼みの経済に大きくブレーキがかかる現在の状況は、「アラブの春」前夜と共通するところが目立つ。

4つのシナリオ

 それでは、2010年前後を思い起こさせる国民の大規模な抗議は、中東・北アフリカに何をもたらすのだろうか。「アラブの春」の場合、大規模な抗議デモの行き着いた先は、大きく4つある。

  1. 抗議デモの高まりで「独裁者」が失脚する(チュニジア、エジプト、リビア、イエメンなど)
  2. 大きな政治変動は発生しないが、政府が政治改革を行うことで事態を収拾する(モロッコ、ヨルダンなど)
  3. 政治改革はほぼゼロで、最低賃金の引き上げなどの「アメ」と鎮圧の「ムチ」でデモを抑え込む(アルジェリア、スーダン、サウジアラビアなど)
  4. 「独裁者」が権力を維持したまま反体制派との間で内乱に陥る(シリア)

 今回、抗議デモが発生している各国がこれらのどのパターンをたどるかは予断を許さないが、なかでも注目すべきはアルジェリアとスーダンの行方だ。

 アルジェリアとスーダンでは「アラブの春」で抗議デモに見舞われた「独裁者」が、「アメとムチ」でこれを抑え込んだ。その意味で、良くも悪くも政治的に安定してきたといえるが、その両国政府がこれまでになく抗議デモに追い詰められる様子は、盤石にみえた「独裁者」の支配にほころびが入っていることを示唆する。

テロとの戦いへの影響

 それだけでなく、アルジェリアとスーダンにおける政治変動は、「テロとの戦い」のなかで、それぞれ大きな意味をもつ

 まず、アルジェリアにはアフリカ屈指のテロ組織「イスラーム・マグレブのアルカイダ」の拠点があり、ブーテフリカ大統領は国内のイスラーム勢力を「過激派」とみなして弾圧することで、西側先進国とも近い距離を保ってきた。

 ブーテフリカ大統領は若者が抗議デモを行うこと自体は認めながらも、「そこに紛れている勢力が混沌をもたらしかねない」と過激派の台頭に懸念を示すことで自らの地位を保とうとしている。

 これが権力を維持したい「独裁者」の方便であることは疑いない。とはいえ、「独裁者」の支配のタガが緩んだことで、それまで抑え込まれていたイスラーム過激派の活動が活発化したリビアの事例をみれば、ブーテフリカ大統領の主張に一片の真実が含まれていることも確かだ。

 一方、スーダンはアルジェリアとは対照的に、アメリカ政府から「テロ支援国家」に指定され、バシール大統領は「人道に対する罪」などで国際刑事裁判所(ICC)から国際指名手配されている。その意味で、ブーテフリカ大統領と異なり、バシール大統領の失脚は欧米諸国にとって好ましいことだろうが、他方で大きな混乱がイスラーム過激派の活動を容易にするという意味では、スーダンとアルジェリアはほぼ共通する。

シリアの次?

 もはや多くの人は記憶していないが、40万人以上の死者を出したシリア内戦は、もともと「アラブの春」のなかで広がった抗議デモをシリア政府が鎮圧するなかで発生した。その混乱は、イスラーム過激派「イスラーム国」(IS)の台頭を促し、560万人以上の難民を生んだ。

 そのシリア内戦は、クルド人勢力によるバグズ陥落を目前に控え、終結を迎えつつあるが、そのなかでIS戦闘員の飛散は加速している。IS戦闘員の多くは母国への帰国を目指しているが、なかには新たな戦場を求めて移動する者もある。その一部はフィリピンなどにも流入しているが、アルジェリアやスーダンでの混乱はIS戦闘員に「シリアの次」を提供しかねない。

 「秩序」を強調して自らの支配を正当化する「独裁者」の論理と、その打倒を名目に過激派がテロを重ねる状況は、どちらも人々の生活を脅かす点では同じだ。シリア内戦が終結しても、中東・北アフリカの混迷の先はみえないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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