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政権交代への期待感を粉々にした男が次期総選挙に不出馬を表明した「潮時」とは何か

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(723)

霜月某日

 今月の5日、政権交代への期待感を粉々に壊した男が次の衆院選には出馬しないことを表明し、その理由を「潮時だと考えた」と述べた。

 何をもって「潮時」と考えたのか。普通に考えれば、政治家として目標にしていたことを成し遂げ、思い残すことはないから引退するか、高齢となり思うような活動ができなくなったので後進に道を譲るとかが考えられる。しかしこの男の場合はそうではない。

 不出馬会見で男は「世代交代」と言い、後継に武蔵野市長を指名したから、高齢を理油に引退するのかと思ったら、「引退ではない」と言い、日本維新の会に対する敵意を見せたため「大阪の選挙区から出馬?」と書いたメディアもある。

 「潮時」と考えたのは、次の選挙で当選できないと判断したからではないか。そのため後進に道を譲るが、自分の影響力を残したい思惑から「引退」とは言わなかった。だが実力ある政治家なら「引退」を表明しても、人は寄って来るし影響力も残る。しかしこの男にはそれが考えられなかったのだろう。

 フーテンがこの男に厳しい見方をするのは、野党時代の民主党代表として国民の老後の年金生活を貧しくする年金法改正案を簡単に許し、その後に総理に就任すると、民主党が政権交代のために掲げた「消費増税をしない公約」を破り、消費税を10%にする方針を打ち出したからである。

 そしてそのために参議院選挙で惨敗し「ねじれ」を作っても、総理の座に居続けようとした。日本の政治制度では「ねじれ」を作れば法案は1本も成立しなくなる。従って「ねじれ」を作った総理はみな責任をとって辞任した。ところが「ねじれ」を作っても総理の座に居続けようとした政治家が2人だけいる。自民党の安倍晋三とこの男である。

 脳科学者の中野信子著『脳の闇』(新潮新書)を読むと、人間の脳は怠け者にできているらしい。物事を複数の視点から見て冷静に考えることが苦手で、自分で判断するより誰かに決めてもらおうとする。そして何事も白か黒かで考え、あいまいにしておくことができない。そのため人間は騙されやすい。

 政治の世界は理性と性善説を建前として出来上がっている。しかし政治の内実は本能とむき出しの欲望によって運営される独特の世界だ。大衆が冷静な判断能力を持っているという「仮定」の上に民主主義は成立しているが、そう遠くない将来、民主主義という時代遅れの制度が是とされていたと語られる日が来るかもしれないと中野は考えている。

 そして中野は直感で考えるのと冷静に考える時では脳の中で別の機能が働くと指摘するが、政治家のこの男は短慮というか直感で政治をやった。その典型例が2004年の年金法改正案である。

 小泉純一郎政権は少子高齢化に伴い年金の給付を抑えなければ年金制度は維持できないと考え、老後の給付を抑制する「マクロ経済スライド制」を導入しようとした。野党第一党の民主党はそれに立ち向かい論議を尽くさなければならなかった。

 ところが国会で議論が始まると、「小泉内閣の閣僚3人に年金未納がある」とメディアが報じ、この男はそれに飛びついて3人を「未納3兄弟」と呼び激しく小泉政権を攻撃した。しかし未納は3人だけにとどまらない。次から次に未納政治家の名前が報じられ、メディアは連日大々的なキャンペーンを始めた。

 フーテンはメディアが独自に情報を発掘できるはずはなく、当時の社会保険庁からのリークだと考えた。そして何を狙ったリークなのかを考えた。年金未納はけしからん話だが、しかし未納すれば給付額も減るだろうから得をする話でもない。そして政治家に未納が多いのは公務員と民間の年金制度が異なるからだと考えた。

 民間の立場にいる政治家が閣内に入れば、公務員の年金制度に移ることになり、閣外に出れば再び民間の年金制度に戻る。その移動の際に手続きを忘れたケースが多いのではないかと考えれば大騒ぎする話ではない。それより本筋の議論をすることの方が国民のためだと思った。

 ところが参議院選挙を前にしていたからか、この男のヒートアップが止まらない。メディアの未納報道もついに福田康夫官房長官という政権中枢にたどり着き、福田官房長官は辞職を申し出て細田博之衆議院議員と交代した。

 するとブーメランが起きた。自民党を攻撃していたこの男にも未納があると報じられ、男は民主党代表を辞めざるを得なくなり、頭を丸めて四国巡礼の旅に出た。何のための四国巡礼なのか、フーテンにはパフォーマンスにしか見えなかったが、これで「未納バッシング」に国民は飽きた。

 その時期を待っていたかのように小泉総理の未納が報道され、しかしもはや誰も批判する者はいない。この騒ぎのおかげで国民の老後生活を厳しくする法改正は難なく成立することができた。

 今年の初めのフランスでは、年金支給開始年齢を遅らせる政府の方針に市民や労働者が怒り、大規模なデモや暴動が起きたが、日本では老後の年金支給が抑制されても、国民はメディアと野党によって「年金未納」に目を奪われ、野党第一党の代表が頭を丸めただけの喜劇に終わった。

 フーテンは四国巡礼から戻った男を当時フーテンが運営していたCS放送の「国会TV」に出演してもらい「年金未納は罠ではなかったのか」と質問した。すると男は「そんなことはメディアがきちんと取材してくれなければ困る」と言った。国民の老後生活に責任を感じている様子はなかった。

 その後、民主党は総選挙で圧倒的な国民の支持を得て政権交代を実現した。国民は政治に対する期待感をいやがうえにも高めた。原動力になったのは自民党で政権運営の経験を持つ政治家が民主党の中枢にいたからだ。それまで自民党に投票していた有権者が、自民党を離れて民主党に投票したことが初の政権交代を実現させた。

 単純な話だが、自民党支持者を切り崩さなければ政権交代は実現しない。民主党が自民党支持者にも共感されたのは、消費増税を行わない方針を打ち出したことによる。当時は小泉構造改革で「分配よりも成長」の新自由主義が日本の地方をズタズタにしていた。だから「分配に力を入れる」と見られた民主党に自民党支持者は投票した。

 しかし政権交代の立役者であった小沢一郎代表は、東京地検特捜部の摘発によって代表を辞任、代わった鳩山由紀夫総理も母親から提供された政治資金を検察とメディアに突かれて退陣した。そこに登場したのが国民の老後生活を厳しくしたあの男である。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:2月24日(土)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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