トルコ・シリア大地震の被害に苦しむシリア北西部でささやかな朗報:支援を受け入れる反体制派
2月6日にトルコ・シリア大地震が発生して、4ヶ月半余りが経った。両国、とりわけ12年に及ぶ紛争による破壊やテロ、欧米諸国による経済制裁によって困窮を極めているシリアでは、復旧・復興もままならない深刻な状況が今も続いている。
だが、そんなシリアからささやかな朗報が届いた。
OCHA(国連人道問題調整事務所)のシリア事務所は、ツイッターを通じて、シリア政府の支配下にあるアレッポ県から、シリアのアル=カーイダとして知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が支配するシリア北西部に人道支援物資を輸送したと発表したのだ。
政府支配地から、シャーム解放機構の支配地やトルコ占領地への境界経由(クロスライン)での人道支援が行われるのは、トルコ・シリア大地震が発生して以降、これが初めてだった。その政治的な思惑はともかく、これまでシリア政府支配地経由での支援を頑なに拒否してきたシャーム解放機構が支援を必要としているシリア北西部の住民のために折れたかたちだ。
シリア北西部で支援活動にあたっている反体制組織のシリア対応調整者がフェイスブックで明らかにしたところによると、物資は貨物車輛10輛に積まれ、アレッポ市とラタキア市を結ぶM4高速道路沿線のサラーキブ市(シリア政府支配下)とタルナバ村(シャーム解放機構支配下)を隔てる通行所を経由して輸送された。
支援をめぐる各当事者の対応
トルコ・シリア大地震が発生した当初、紛争下のシリアでの救援活動や人道支援にはもたつきが見られた。同国が、シリア政府、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体の北・東シリア自治局、シャーム解放機構を主体とする反体制派の支配地、そしてトルコ、米主導の有志連合、そしてイスラエルの占領地に分断されていたためだ。
とはいえ、シリア政府、北・東シリア自治局、トルコ、ロシアは、被災地への支援を躊躇なく行った。当時シリアと断交状態にあったサウジアラビアは、シリア政府を介した人道支援に踏み切り、そのことが5月の両国関係正常化やアラブ連盟へのシリアの復帰のきっかけともなった。また、アラブ首長国連邦(UAE)をはじめとするアラブ諸国、中国、インド、パキスタン、そして日本、さらには国連も、シリア政府に対して支援を行った。米国やEU(欧州連合)でさえ、6ヶ月という期間限定ではあったが、シリアに対する制裁を限定的に解除することを決定した。
かくして、地震発生を機に、シリア政府を介した人道支援が主流をなすようになり、その権威も回復されていった。トルコが占領する地域への支援が、シリア政府の支配地を経由して行われることは依然として(ほとんど)なかった。だが、シリア政府は、アレッポ県北部のバーブ・ハワー国境通行所やラーイー村北の通行所を経由して、トルコからこれらの地域に物資を輸送することを認めた。シリア政府はまた、北・東シリア自治局の支配地への支援に対しても比較的穏健な姿勢をとり、一方、北・東シリア自治局も(消極的ではあったが)支援物資をシリア政府と融通するような対応をとった。
しかし、シャーム解放機構、そしてその暴力の傘のもとで「自由」や「尊厳」を謳歌している一部活動家たちだけは、頑なな姿勢を取り続けた。彼らは、シリア政府の支配地を経由した支援の受け入れを拒否し、トルコからの越境(クロスボーダー)での支援を求めた。また、バッシャール・アサド政権の関係者らが支援物資を横領しているなどと喧伝し、シリア政府に支援すべきでないと主張、自分たちだけに支援をするよう求めた。
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越境支援から境界経由での支援へ
シリア政府の支配下にない地域への人道支援は、2014年7月14日に採択された国連安保理決議第2165号を起点とする。
この決議は、当時反体制派によって掌握されていたトルコ、ヨルダン、イラク国境地域に対して、シリア政府の承諾を得ずに、イドリブ県のバーブ・ハワー国境通行所(トルコ側はジルベギョズ国境通行所)、アレッポ県のバーブ・サラーマ国境通行所(トルコ側はオンジュプナル国境通行所)、ハサカ県のヤアルビーヤ国境通行所(イラク側はラビーア国境通行所)、ダルアー県のダルアー国境通行所(ヨルダン側はラムサー国境通行所)の4ヶ所を経由して越境人道支援を行うことを認めていた。
決議の有効期間は180日と定められていたが、人道支援継続の必要から、第2191号(2014年12月17日採択――2016年1月10日まで延長)、第2332号(2016年12月21日採択――2018年1月10日まで延長)、第2393号(2017年12月19日採択――2019年1月10日まで延長)、第2449号(2018年12月14日採択――2020年1月10日まで延長)、第2504号(2020年1月11日採択――2020年6月10日まで延長)、第2533号(2020年7月11日採択――2021年7月10日まで延長)、第2585号(2021年7月14日採択――2022年1月10日まで延長、7月10日まで自動で再延長)、第2642号(2022年7月12日採択――2023年1月10日まで延長)、第2672号(2023年1月9日――2023年7月10日まで延長)と更新されていた。
この間、シリア政府が紛争において優勢となるなか、国連安保理決議第2504号では、2018年半ばにシリア政府の支配下に復帰したダルアー国境通行所とヤアルビーヤ国境通行所が除外された。また、決議第2533号では、バーブ・サラーマ国境通行所も除外され、越境人道支援が可能なのは、バーブ・ハワー国境通行所のみとなっていた。
また、第2642号では、越境人道支援に加えて、政府支配地からそれ以外の地域への境界経由での人道支援、早期復旧プロジェクトの推進が奨励されるようになった。
シリア対応調整者によると、越境人道支援は今回の物資輸送を含めて11回行われ、貨物車輛163輛がシリア北西部に物資を輸送した。うち、安保理決議第2642号の有効期間中に物資を輸送した国連の貨物車輛は82輛、第2585号の有効期間中は71輛、そして今回は10輛である。
政治利用される支援
越境人道支援の期間延長については、これを反体制派支配地への支援のチャンネルとしている欧米諸国と、これに抗うロシア、トルコが安保理において対立を続けており、これまでにもたびたび失効の危機に直面してきた。ウクライナをめぐる欧米諸国とロシアの対立や、グローバルサウスと言われる国々の多極世界への志向の高まりに加えて、アラブ連盟におけるシリアの復権、そしてトルコとシリアの関係改善に向けた動きのなかで、越境人道支援の意義はこれまで以上に薄れつつある。だが、国連安保理決議第2672号が定める期限である7月10日が迫るなか、国際社会とシリア国内において、越境人道支援の継続の是非をめぐる論戦が再燃し、支援が政治利用されることは避けられないだろう。
人道支援、復旧・復興支援が政治利用されることは、シリアに限られたことではない。だが、シリアの現状を踏まえると、支援が政治のカードとして弄ばれること、あるいは支援が国際社会における一陣営、あるいはシリア内政における一当事者によって独占され、それ以外の陣営や当事者が排除されることで苦しむのは、ほかならぬシリアの人々である。
なお、反体制系メディアのイナブ・バラディーが6月23日に伝えたところによると、トルコ・シリア大地震が発生して以降、貨物車輛3,098輛がトルコからシリア領内に物資を輸送した。このうち2,591輛がバーブ・ハワー国境通行所を経由してシャーム解放機構の支配地に、428輛がバーブ・サラーマ国境通行所、79輛がラーイー村北の通行所を経由してトルコ占領地に入った。
一方、英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団が4月18日に発表したところによると、トルコ・シリア大地震発生以降にバーブ・ハワー国境通行所を経由してシャーム解放機構の支配地に入った貨物車輌は803輌、バーブ・サラーマ国境通行所、ラーイー村北の通行所、ハマーム村(アレッポ県アフリーン市西)西の通行所を経由してトルコ占領地に入った車輌は308輌だという。
境界経由での支援が越境支援にとって代わるには、シリア政府がこれと同等の支援をシャーム解放機構の支配地やトルコ占領地に提供すること、そしてこれらの支援をシャーム解放機構とトルコ占領地で活動する反体制派が受け入れることが大前提となる。だが、12年に及ぶ紛争を経たシリアにおいて、それが容易でないことは誰の目からも明らかである。