シリア北西部への支援を難しくするアル=カーイダの存在:トルコ・シリア地震発生から3週間
2月6日にトルコとシリアを巨大地震が襲ってから3週間が過ぎた。
米国をはじめとする一部の国を除いて、多くの国、そして国際機関がシリア政府を介して、被災者に支援の手を差し伸べ、食糧、医薬品・医療機器、テント、毛布などの救援物資を空路、陸路、そして海路で届けている。そのなかでは、西側諸国のなかで真っ先に支援を決定した日本も含まれている。
関連記事
■「有史以来最大規模」の地震と「今世紀最悪の人道危機」の二重苦に喘ぐシリア
支援の遅れが指摘されるシリア北西部
こうしたなか、シリア政府の支配が及ばないシリア北西部への支援の遅れが指摘されている。
国連機関は、地震発生から3日が経った2月9日にようやくトルコ経由での支援を再開し、サウジアラビアとカタールからの物資の供与も14日に始められた。これらの物資は、国連安保理第2642号(2022年12月23日)が認める越境(クロスボーダー)支援の経路であるバーブ・ハワー国境通行所(イドリブ県)に加えて、シリア政府が2月13日に通行を許可したバーブ・サラーマ国境通行所とラーイー村北の通行所(いずれもアレッポ県)、そしてトルコ側が一方的に開放しているハマーム村西の通行所(アレッポ県)を通じて、シリア領内に運ばれている。
物資を搬入した車輌の数は、英国で活動する反体制組織のシリア人権監視団によると、2月25日現在、661台に達しているという。
このうち、353台が、バーブ・ハワー国境通行所を経由して、いわゆる反体制派の「解放区」に、308台が、それ以外の3カ所の通行所を経由して、トルコ占領下の「オリーブの枝」地域と呼ばれる地域に入っている。だが、物資搬入のペースは、地震発生以前に比べて減少したとの情報もある。
国連の対応の鈍さとアサド政権の存在
シリア北西部への支援の遅れについては、国連対応の鈍さが指摘される。この点について、国連のマーティン・グリフィス事務次長は2月12日にツイッターで対応の失敗を自己批判している。
また、シリア政府(バッシャール・アサド政権)の存在を強調する者もいる。シリア政府に供与される支援物資は、支配者の一族やその取り巻き(さらには政府の認可を受けて支援活動を行っているシリア・アラブ赤新月社やシリア開発信託などのNGO)が独占し、支援を必要としている人々の手には届かない、あるいは届くはずがない、というのである。
しかし、シリア政府自身は、赤十字国際委員会(ICRC)とシリア・アラブ赤新月社の監督のもと、政府の支配下にない地域を含む全土に国際社会からの支援を届けることを方針として決定した。この方針に沿って、クルド民族主義組織の民主統一党(PYD)が主導する自治政体である北・東シリア自治局の支配地内の被災地(アレッポ県タッル・リフアト市一帯、アレッポ市シャイフ・マクスード地区とアシュラフィーヤ地区)、そしてトルコ占領下の「平和の泉」地域(ハサカ県ラアス・アイン市)への国連の物資の輸送も始められている。
関連記事
■WHOとUNICEFの使節団と支援物資がロシア軍の護衛とシリア民主軍の護衛を受けて、シリア政府と北・東シリア自治局の共同支配地からトルコ占領下の「平和の泉」地域に初めて入る(2023年2月26日)
■シリア・アラブ赤新月社が国連からの人道支援物資を、北・東シリア自治局の支配下にあるいわゆるシャフバー地区(タッル・リフアト市一帯)の村々に配給(2023年2月25日)
支配者としてのテロリスト
シリア北西部への支援の遅れは、一義的にはテロリストが同地の事実上の支配者であることが原因である。そのテロ組織とは、「シリアのアル=カーイダ」として知られ、シリア政府やロシアだけでなく、国連、米国、そしてトルコも国際テロ組織に指定しているシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)である。
バーブ・ハワー国境通行所に加えて、シリア政府と「解放区」の境界地帯や、シリア政府側が人道回廊と銘打ってこれまで度々開放を宣言してきたタルナバ村(イドリブ県)やアブー・ザンディーン村(アレッポ県)の通行所、トルコ占領下の「オリーブの枝」地域の境界地帯と、同地に設置されているアティマ村(イドリブ県)の通行所を管理しているのは、このシャーム解放機構である。
シャーム解放機構、そしてこれを支持するシリア国内外の活動家らが、シリア政府や北・東シリア自治局からの支援を拒み、住民を人質にとるかたちで、国際社会、アラブ・イスラーム世界に直接支援を呼びかけ続けることが、支援物資を届ける選択肢を狭めていると言っても過言ではない。
「解放区」をいち早く視察したジャウラーニー
それだけではない。地震の混乱に乗じるかのように、シャーム解放機構は、「解放区」の為政者としての存在を誇示し、支配地域を拡大しようとさえしている。
シャーム解放機構指導者のアブー・ムハンマド・ジャウラーニーは、地震発生の翌日にあたる2月7日と8日、「解放区」においてもっとも被害が激しかったとされるハーリム市とサラーキブ市(いずれもイドリブ県)などを訪れ、被害状況を視察した。
ジャウラーニーはまた、2月8日にシャーム解放機構傘下のアムジャード映像制作機構を通じてビデオ声明を発表し、以下のように述べてイスラーム世界に向かって被災者の救援に参加するよう呼びかけた。
トルコ占領地でも存在を誇示
さらに、ジャウラーニーは、トルコ占領地でも存在を誇示しようとした。
ジャウラーニーは2月9日、記者会見を開き、トルコ側の道路などが被害を受けているため、同国からの救援物資の搬入はいまだないとしたうえで、越境支援が再開されるまでは「解放区」内の資源やマンパワーによって、被災者の支援、負傷者の治療などを行うと強調した。
そして、次のように述べ、シャーム解放機構が「解放区」だけでなく、トルコ占領下の「オリーブの枝」地域のなかでもっとも地震の被害が大きかったとされるジャンディールス町(アレッポ県)での救援活動に参加していると主張したのである。
この発言は、当初は事実ではないと思われた。だが、その後まもなく、ジャウラーニーが幹部の1人マイサル・ブン・アリー・ジャッブーリー(ハラーリー)氏(通称アブー・マーリヤー・カフターニー)らを伴って、ジャンディールス町を訪れ、被災者の家族らとともに被害状況を視察する様子を捉えた映像がSNSを通じて拡散された。
トルコの占領を維持したまま軍事・治安権限を掌握
ジャンディールス町の地元評議会のマフムード・ハッファール議長は、反体制系メディアのEnab Baladiの取材に対して、同町が行政上は、トルコを拠点とするシリア革命反体制勢力国民連立(シリア国民連合)傘下の暫定内閣に所属しているとしたうえで、ジャウラーニーの訪問は、メディアを通じて知っただけだと弁明した。だが、シャーム解放機構が2022年10月、シリア国民軍(TFSA:Turkish-backed Free Syrian Army)の内部対立に乗じて、「オリーブの枝」地域に進攻し、中心都市のアフリーン市やジャンディールス町などを制圧、トルコの占領支配を維持したまま、その軍事・治安権限を掌握していたことは、知る人ぞ知る事実である。
なお、ジャウラーニーの記者会見とジャンディールス町訪問に合わせて、シャーム解放機構から「解放区」の自治を委託されているシリア救国内閣のアフマド・アブドゥルマリク経済資源大臣補は、ジャンディールス町のパン製造所のほとんどが地震によって利用不能になったことに対処するため、アティマ村一帯などの通商公社や穀物製造所に対してパンの生産ラインを稼働させ続けるよう指示した。
「解放区」の正統な代表となるための宣伝
ジャウラーニーの発言は続いた。英日刊紙『ガーディアン』は2月14日、ジャウラーニーの以下のような発言を掲載したのである。
ジャウラーニーの為政者、あるいは国家元首のような振る舞いや発言は、シャーム解放機構がテロ組織としての汚名を返上し、国際社会、とりわけ西側諸国に「解放区」の正統な代表として認められることを狙ったものだということは誰の目からも明らかである。
事実、シャーム解放機構は、2月24日に、米主導の有志連合がアティマ村近郊を無人航空機(ドローン)で攻撃し、新興のアル=カーイダ系組織であるフッラース・ディーン機構のイラク人司令官ら2人を殺害するのに合わせるかたちで、同地でアフガニスタン人2人を含むイスラーム過激派7人を拘束し、アル=カーイダ系組織でありながら、アル=カーイダ系組織に対する「テロとの戦い」の協力者を演じようとしている。
だが、こうしたシャーム解放機構の横暴に対して、「解放区」、あるいはそこへの支援に携わる個人、あるいは組織が批判の声をあげることは稀有である。そのことは、同地が自由や尊厳とは無縁の閉塞的な空間であることを示している。
関連記事
■地震の被害に苦しむシリア北西部でドローンによるミサイル攻撃:誰が誰を狙ったのか?
シリア北西部への支援は急務だ。あらゆる手段と経路を通じて支援の手を差し伸べなければならない。だが、テロリストが存在を強めれば、それは支援の機運を損ねることにつながる。
シャーム解放機構の支配地への支援だということを包み隠さず、そのうえで、なおかつ支援が必要であることを丁寧に説明していくトランスパレントな姿勢が、同地の人々の困難な立場を理解し、彼らに寄り添ううえで求められている。