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「有史以来最大規模」の地震と「今世紀最悪の人道危機」の二重苦に喘ぐシリア

青山弘之東京外国語大学 教授
日本からシリア政府に届けられた支援物資(SANA、2023年2月15日)

2月6日にトルコとシリアを襲った地震では、5万2000人(2月22日現在)の尊い命が失われた。

「有史以来最大規模」の地震の一つに数え上げることができるとされるこの地震の被害がもっとも深刻なのは、言うまでもなく震源地を抱えるトルコだ。だが、震災後の復興を見据えた場合、より困難な道のりを歩むことを迫られているのは、むしろシリアであるとされる。

トルコ・シリア地震かシリア地震か?

アラビア語には、シリアという語が2つある。一つは「スーリーヤ」(سورية)、もう一つは「スーリヤー」(سوريا)である。両者の意味や用法の違いは多々あるが、前者、つまり「スーリーヤ」が1946年に独立した現在のシリア・アラブ共和国を、後者、つまり「スーリヤー」が、歴史的シリア、つまりアナトリア半島、メソポタミア、シリア砂漠、シナイ半島、地中海で区切られた地域(アラビア語では「シャーム」(الشام)とも言う)を指すと言われている。

後者の「スーリヤー」(あるいは「シャーム」)が指す地域は、時代によって異なるが、オスマン朝時代には、地図1の赤色の部分がシリア諸州と呼ばれた。

地図1 オスマン朝時代のシリア諸州(筆者作成)
地図1 オスマン朝時代のシリア諸州(筆者作成)

地図2は、シリア諸州の北部を拡大したものである。

地図2 シリア諸州北部(筆者作成)
地図2 シリア諸州北部(筆者作成)

地図3は、2月6日にシリア国境近くのトルコ南部を震源として発生した地震の揺れの激しさを示した地図である。

地図3 トルコ・シリア地震(BBC、2023年2月6日)
地図3 トルコ・シリア地震(BBC、2023年2月6日)

この地震は「トルコ・シリア地震」と呼ばれるようになっており、その被害への注目度も、トルコに対するものが圧倒的に大きい。だが、仮にこの地震が19世紀末に発生していたら(歴史に「もし」はないが)、この地震は「スーリヤー」(シリア)、あるいはその北側に位置するアレッポ州で発生した「シリア地震」と呼ばれていただろう。

なぜ、歴史にはあり得ない「もし」を前提として話をしているかというと、「トルコ・シリア地震」におけるシリアへの関心の低さ、あるいは支援の難しさを感じているからに他ならない。

分断と占領

「スーリヤー」が、西欧列強の干渉やフランスの委任統治を経て、今日のシリア、つまりは「スーリーヤ」を含むアラブ諸国家群へと分断されたのと同様の苦難を、シリアは2011年以降経験してきた。日本では、シリア内戦の名で知られる紛争である。

シリア内戦については紙面の都合上、詳細を述べることはしない(詳しくは拙稿『膠着するシリア:トランプ政権は何をもたらしたか』『シリア情勢:終わらない人道危機』を参照されたい)。だが、12年を経てもなお決着を見ることなく、「今世紀最悪の人道危機」と称された未曾有の混乱を経験したシリアは、分断と占領を特徴とする膠着状態のもとで疲弊しきっていたところを地震に襲われた。

ここでいう分断とは、シリア政府(バッシャール・アサド政権)、アル=カーイダ系諸派を含むイスラーム過激派が主導する反体制派、トルコが「分離主義テロリスト」とみなすクルド民族主義組織の民主統一党(PYD)による分割統治を、占領とは、米国、トルコ、そしてイスラエルによる領土の実効支配と、ロシア、「イランの民兵」による部隊駐留をそれぞれ意味する。

地図4は、地震が起きた2月6日現在(より厳密には2022年10月下旬以降)のシリア国内の勢力図、地図5は今回の地震で大きな被害を受けた「シリア北西部」の拡大図である。

地図4 2022年10月下旬以降のシリア国内の勢力図(筆者作成)
地図4 2022年10月下旬以降のシリア国内の勢力図(筆者作成)

地図5 2022年10月下旬以降のシリア北西部の勢力図(筆者作成)
地図5 2022年10月下旬以降のシリア北西部の勢力図(筆者作成)

地図5の赤色で塗られた地域はシリア政府支配地、黄色(あるいは黄色と赤のストライプ)は、PYDが主導する自治政体の北・東シリア自治局の支配地域(あるいは同自治局とシリア政府の共同支配地)、緑色は、「シリアのアル=カーイダ」として知られる国際テロ組織のシャーム解放機構(旧シャームの民のヌスラ戦線)が軍事・治安権限を握る支配地、そして紫色はトルコが実効支配(占領)する地域である。

シリア北西部とは誰のものか?

この地図は二つのことを示している。

第1は、日本のメディアなどでは「シリア北西部」を反体制派支配地と同義で用いる傾向があるが、実際に被災したシリア北西部は、反体制派だけでなく、シリア政府と北・東シリア自治局の支配地が多く含まれていることである。

第2は、同じく日本のメディアにおいては、多くの場合、反体制派地域が独裁体制に抗う勢力が活動する一様な領域として捉えられがちだが、実際には、二つの地域に大別され、自由と尊厳の実現をめざすとされる「シリア革命」の担い手を自称する市民活動家らは、アル=カーイダ、ないしはトルコの軍事的な傘のもとで活動の余地を与えられているということである。

なお、シリア国内での死者数に関して、シリア保健省は2月8日の声明で1,262人に達していると発表、北・東シリア自治局保健委員会は2月6日に6人が死亡したと発表している。この数値はそれぞれの支配地における死者数であり、実際にはより多くの人々がなくなっている。英国で活動する反体制系NGOのシリア人権監視団が2月19日に発表したところによると、死者総数は6,469人で、うちシリア政府支配地が2,203人、シリア北西部が4,266人だとしている。また、国際連合人道問題調整事務所(OCHA)は2月14日の報告書で5,791人(うちシリア北西部4,377人)が死亡したと推計している。

災害対策、あるいは災害支援は、一元的な主体(多くの場合は政府)の監督のもと、被災者のニーズを踏まえて、限られた資源(マンパワーであれ、支援物資であれ)を適正且つ効率的に配分することが求められる。だが、現下のシリアにおける込み入った分断支配は、こうした対応を阻害する主因となっている。

それだけでなく、支援をめぐる各勢力の対応の違いもまた、被災地に支援が行き届くことを困難にしている。

シリア政府の対応

シリア政府は地震が発生した2月6日、アサド大統領が緊急閣議を召集し、地方行政環境大臣を室長とする中央対策室を設置するとともに、各県知事に対して公営、民営セクターのすべての能力と設備を動員し、救援・支援活動を行うよう指示した。また、10日にはフサイン・アルヌース内閣が、反体制派と北・東シリア自治局の支配地、そしてトルコの占領地を含む全土に対しても、境界経由(クロスライン)での災害支援を行うことを決定した。この全土支援は、赤十字国際委員会(ICRC)とシリア・アラブ赤新月社が監督し、国連各機関が必要とする被災者に支援を届けるという仕組みが採用された。

また、政府の支配下にない地域へのトルコからの越境(クロスボーダー)での支援についても、国連安保理決議第2642号で、7月10日までの利用延長が認められたバーブ・ハワー国境通行所(イドリブ県)に加えて、2月13日には、バーブ・サラーマ国境通行所とラーイー村に設置されている通行所(同じくいずれもアレッポ県)の2ヵ所を3ヵ月に限って開放することをシリア政府が認めた旨、アントニオ・グテーレス国連事務総長が発表した。地図6はシリア政府が認めた支援の流れを示したものである。

地図6 シリア政府による全方位支援(筆者作成)
地図6 シリア政府による全方位支援(筆者作成)

北・東シリア自治局の対応

地震による被害が比較的少なかった北・東シリア自治局もまた、全方位での支援を申し出た。同自治局は、シリア政府支配地との境界に位置するターイハト・トゥワイマート村の通行所、トルコ占領地との境界に位置するウンム・ジャッルード村とアウン・ダーダート村(いずれもアレッポ県)に設置されている通行所に、救援物資や燃料を積んだ車輌を派遣し、物資を受け入れるよう呼びかけた。

この動きに対して、シリア政府は当初は受け入れに難色を示したものの、北・東シリア自治局の支配下にあるアレッポ市シャイフ・マクスード地区やアシュラフィーヤ地区、タッル・リフアト市一帯域(いわゆるシャフバー地区)の被災地と、政府支配地の被災地の双方に物資を融通することを条件に、物資や欧州のNGO組織であるクルド赤新月社メンバーの通過を受け入れた。シリア政府は合わせて、シリア・アラブ赤新月社を通じて北・東シリア自治局の支配下にある被災地への人道支援も開始した。地図7は北・東シリア自治局からの支援の流れを示したものである。

地図7 北・東シリア自治局による全方位支援(筆者作成)
地図7 北・東シリア自治局による全方位支援(筆者作成)

トルコ占領地、シャーム解放機構の支配地の対応

一方、トルコの占領地では、地震の被害が少なかった北・東シリア自治局支配下のハサカ県やダイル・ザウル県の住民らからの支援物資については1度だけ受け入れを認めた。だが、北・東シリア自治局からの物資の受け取りは拒否した。

その代わりに、トルコ占領地には、シリア政府によって開放が同意されたバーブ・サラーマ国境通行所とラーイー村北の通行所、さらには地震の被害がもっとも大きかったとされるジャンディールス町(アレッポ県)近郊のハマーム村の西に設置された通行所から、国連の支援物資に加えて、トルコのNGOやサウジアラビアからの物資が搬入された。

他方、シャーム解放機構は、シリア政府支配地からの支援の受け入れを拒否し、トルコからのクロスボーダーでの支援を求めた。国連はこれに応じるかたちでバーブ・ハワー国境通行所を経由した支援を開始、またカタールも同通行所から支援物資を送り込んだ。地図8は、トルコ占領地とシャーム解放機構の支配地への支援の流れを示したものである。

地図8 トルコ占領地とシャーム解放機構の支配地への支援の流れ(筆者作成)
地図8 トルコ占領地とシャーム解放機構の支配地への支援の流れ(筆者作成)

だが、トルコ占領地とシャーム解放機構の支配地への越境人道支援を比べると、明らかにその量に違いがあることに気づく。

シリア人権監視団によると、2月23日現在、バーブ・ハワー国境通行所、ラーイー村北の通行所、ハマーム村西の通行所からトルコ占領地に入った車輌は441輌であるのに対して、もっとも支援が必要だと日本を含むメディアが強調したバーブ・ハワー国境通行所からシャーム解放機構の支配地に入った車輌は301輌だった。シャーム解放機構の支配地に充分な支援を行うには、シリア政府支配地(あるいは直接接してはいないが北・東シリア自治局の支配地)から支援を受け入れることが求められている。だが、シャーム解放機構、あるいは日本をはじめとする西側に支援を求める活動家からはそうした決断を下す兆候は見られない。

諸外国からの支援

諸外国から(そして国連諸機関)の支援は、そのほとんどがシリア政府に対して行われている。ロシア、中国、イラン、イラクといった旧来からのシリアの同盟国や友好国、アラブ首長国連邦(UAE)、オマーン、エジプト、ヨルダン、バハレーンなど2018年以降にシリア政府との関係を改善した国々、インド、パキスタン、インドネシア、カザフスタン、アルメニアといった国々が主な供給国だ。だが、2月10日に米国が、そして23日に欧州連合(EU)が対シリア制裁の180日間(ないしは6ヵ月)の凍結を決定したのと前後して、西側諸国、具体的には日本、イタリア、ドイツが人道支援を行うようになった。

日本の対応

なかでも日本の対応は迅速で、高く評価できるものだった。日本政府は2月8日、シリア政府の要請に基づいてシリア国民に支援を行うことを検討していると表明、10日にはJICA経由で支援を行うことを決定した旨発表した。そして15日、日本からの支援物資18.650トンがダマスカス国際空港に到着し、シリア・アラブ赤新月社に引き渡された。日本政府はまた、16日にはシリア復興信託基金(SRTF)の拠出金7.59億円を被災地支援に活用すると発表した。

地震発生当初、シリアへの弔意すら表明しなかった米国などの西側諸国に比して、日本政府の迅速且つ明確な支援の姿勢は、多くの国民が、東日本大震災であれ、阪神大震災であれ、熊本地震であれ、ある時は被災し、またある時は被災者に支援の手を差し伸べてきたこと、日本で大規模な災害が発生する度に、政治的な立場を超えて、諸外国から支援を受けてきたことを踏まえると、当然の対応だったと言える。

日本からシリア政府に届けられた支援物資(SANA、2023年2月15日)
日本からシリア政府に届けられた支援物資(SANA、2023年2月15日)

ダマスカス国際空港で取材に応じる三宅浩史在シリア日本国大使館臨時代理大使(SANA、2023年2月15日)
ダマスカス国際空港で取材に応じる三宅浩史在シリア日本国大使館臨時代理大使(SANA、2023年2月15日)

これに対して、反体制派支配地への支援を国家レベルで行っているのは、サウジアラビア、カタール、エジプト、米国(、そしてトルコ)のみである。このうち、サウジアラビアとカタールは救援物資の供与、エジプトは救援部隊の派遣を行っている。米国はホワイト・ヘルメットに500万米ドルを提供してきたと発表しているが、2月6日以降に具体的にどのような支援を行っているかは定かではない。

一方、北・東シリア自治局への外国からの支援は、被害が少なかったこともあり、ほとんど行われていないが、イラク・クルディスタン地域からの支援がこれまでに1度、支配地に送られたのち、シリア政府支配地を経由して、アレッポ市シャイフ・マクスード地区およびアシュラフィーヤ地区、タッル・リフアト市一帯地域に送られている。なお、イラク・クルディスタン地域はトルコ経由でトルコ占領地にも支援物資を提供している。

求められる全方位支援

とはいえ、シリア(そしてトルコ)を襲った地震の被害に対する全方位、そして即応的な支援は、草の根レベルにおいては必ずしも十分に行われているとは言えない。

それは、日本のNGOによるこれまでの支援が、欧米諸国の経済制裁による制約を受けていたこと、支援の多くがトルコにいるシリア難民や、シャーム解放機構の支配地で活動する個人や団体を対象としてきたためである。日本政府が国連を通じて全方位の支援を行ってきたのとは異なり、NGOにはそうしたことを行えるだけの政治力も財力もないことを踏まえると仕方のないことではあろう。

だが、地震という災害は、こうした制約を克服する機会を期せずして与えてくれている。

筆者自身も、一方でシリアへの注目度が(トルコとは異なり)なかなか高まらず、他方で注目が集まったとして、その視線が行く先が「シリア北西部」に限定されてしまう状況を打破したいという一心から、シリア地震被災者支援キャンペーン「サダーカ・イニシアチブ」を立ち上げる決意をした。

サダーカ・イニシアチブのロゴ(シリア和平ネットワークHPより)
サダーカ・イニシアチブのロゴ(シリア和平ネットワークHPより)

地震の被害は言うまでもなくトルコの方が深刻ではある。だが、被害から立ち直る道がより険しいのは、12年にわたる紛争で疲弊しきったシリアだ。また、支援が国内外のさまざまな勢力によって政治利用され、互いへの憎しみや嫌悪を煽ることにつながりかねない。

そうした懸念を踏まえて、サダーカ・イニシアチブでは、①シリアに特化した支援、②分断されているシリア全域への政治的立場を超えた全方位支援、という二つを主要な柱として義援金を募っている。詳細については、シリア和平ネットワークのホームページを参照されたい。

震災はすべてのシリア人に乗り越えるべき共通の試練を与えた。それ自体は不幸なことではある。だが、その試練がこれまでの不和を増長させるのではなく、困難をともに乗り越えようとする営為のなかに、分断を克服する突破口が見出されることを願ってやまない。

*本稿は2023年2月23日にシリア和平ネットワーク主催で開催された緊急オンライン・シンポジウム「シリア震災支援の難しさを乗り越えるために」での報告「シリア支援を巡る政治的事情」をもとに執筆された。

東京外国語大学 教授

1968年東京生まれ。東京外国語大学教授。東京外国語大学卒。一橋大学大学院にて博士号取得。シリアの友ネットワーク@Japan(シリとも、旧サダーカ・イニシアチブ https://sites.google.com/view/sadaqainitiative70)代表。シリアのダマスカス・フランス・アラブ研究所共同研究員、JETROアジア経済研究所研究員を経て現職。専門は現代東アラブ地域の政治、思想、歴史。著書に『混迷するシリア』、『シリア情勢』、『膠着するシリア』、『ロシアとシリア』など。ウェブサイト「シリア・アラブの春顛末記」(http://syriaarabspring.info/)を運営。

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