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相次ぐ銃撃事件、なぜ米国では銃規制が進まないのか?

西山隆行成蹊大学法学部政治学科教授
銃規制強化を訴えるバイデン大統領(写真:ロイター/アフロ)

相次ぐ銃撃事件

最近、米国で銃撃事件が相次いでいる。今年の5月半ば以降でも、ニューヨーク州バッファローのスーパーマーケットで黒人を狙った乱射事件(黒人10名が死亡)、テキサス州ユバルディの小学校での乱射事件(児童ら21名が死亡)、オクラホマ州タルサの医療施設で銃撃事件(犯人を含む5名が死亡)などが発生している。このような事態を受けて、ジョー・バイデン大統領は6月2日にホワイトハウスで演説を行い、銃規制強化の必要性を訴えた。だがその直後、アイオワ州の教会で犯人を含む3名が死亡する銃撃事件、ウィスコンシン州の墓地で2名が負傷する銃撃事件が起きている。

銃に起因する事件の中でも、とりわけ注目を集めているのが子供が死亡する事件である。疾病対策センター(CDC)によると、銃に起因する子供の死亡は増加しており、2020年に交通事故を超えて19歳以下の最大の死因となったという。6月2日に行った演説の中でバイデンは、「米国では子供の死因で最も多いのが、銃によるものだ。過去20年間、現職の警察官や軍人よりも多くの学齢期の子供が、銃によって亡くなってきた」 と述べ、教室が「キリングフィールド」になっているとして、この問題に警鐘を鳴らしている。

銃をめぐる不思議な現状

米国には、軍保有の物を除いても3億丁を超える銃が存在する。ジュネーブに本拠を置くスモール・アームズ・サーベイの2018年の報告書によれば、人口100人当たりの銃所有数は120.5丁である。非営利団体のGun Violence Archiveによると、2022年1月から5月末までの間に、銃による死亡者は8031人、負傷者は15119人に及び、発砲事件は231件発生しているという。

これほど多くの被害が発生していることを考えると、何故、銃規制を強化しないのかと疑問に思う人も多いのではないだろうか。この疑問は、米国に関する様々な情報を念頭に置くと、さらに強まるかもしれない。一例をあげれば、米国は製造物責任が強く問われる国であり、企業に対して懲罰的な損害賠償が課されることがある。例えば、ゴム製の弾丸が飛び出すおもちゃの銃で事故が発生した場合は玩具会社は賠償責任を負う可能性がある。だが、銃と弾丸については消費者製品安全委員会の管轄外と定められているため(全米ライフル協会(NRA)の役員を務めていたジョン・ディンゲル下院消費者委員会委員長が、銃と弾丸に関する除外規定を密かに法案に挿入したためである)、本物の銃によって事故が発生したとしても銃製造会社に賠償責任は発生しないのである。

そして米国民も、実際には穏健な銃規制に賛成している。ピュー・リサーチ・センターが2021年4月に行った調査によれば、銃規制を厳格化するべきだと回答したのは53%で半数を上回っている(ほぼ適正だとしたのが32%、規制を緩和するべきとしたのが14%)。具体的内容に目を向けると、精神に疾患を抱えた人物の銃器購入に対する規制には87%、銃の個人間売買や展示販売会での購入時における身元調査の実施には81%、銃器の販売に関するデータベースを連邦政府が整備することには66%、10発を超える高容量の弾倉の禁止には64%、攻撃用銃器の禁止には63%の人が賛成しているのである。

米国では銃所持を非合法化すべきとの議論は有力にならないが、国民の多数も穏健な銃規制には賛成している。にもかかわらず、効果的な銃規制は行われていない。このようなパラドックスが発生するのは、何故だろうか?

銃規制が困難な理由

米国で銃規制が困難なのには、いくつかの理由がある(詳細は拙著『〈犯罪大国アメリカ〉のいま―分断する社会と銃・薬物・移民』(弘文堂、2021年)を参照してください)。

第一に、合衆国憲法修正第二条にも記された、建国の理念がある。「規律ある民兵は、自由な国家の安全にとって必要であるから、人民が武器を所有しまた携帯する権利は侵してはならない」という規定は、今日の我々には時代錯誤に映るかもしれない。だが、この条文中の「民兵」という言葉には、政府による圧政に対抗する存在として象徴的な意味が込められている。政府が暴力を独占してしまえば、その暴力が国民に対して向けられる可能性がある。そのような事態を避けるためには、市民が能動的に活動し、自衛することが必要だという発想の表れなのである。この発想が銃規制に対する反発につながるのだ。

第二に、都市と農村の対立という問題がある。今日、米国の都市部と農村部の政治意識の違いは顕著になっている。銃規制に関しては、都市部では推進派が多いのに対し、農村部では反対派が多い。都市部で犯罪が起これば日本の110番に当たる911番通報を受けて警察が比較的早くやってきてくれる。だが、隣家に行くのに車で数十分かかるような農村地帯では、警察を頼りにすることはできず、自己防衛のために銃が必要だとの論理が説得力を持つのである。

なお、犯罪統計を見ると、銃規制推進派にとって都合の悪いデータの読み方ができるのも興味深い。銃による犠牲者が多い地域は人口密度の高い都市部に多いが、都市部は人口当たりの銃所持率は低い。他方、農村地帯は自衛や狩りのために銃を所有する人は多いが、治安が良好なことが多い。このような事情によって、人口当たりの銃が多いところほど犯罪が少ないという関係が見いだせるため、「銃による被害者を減少させるためには、より多くの人に銃を持たせるべきだ」というような議論が展開されやすくなるのである。

第三に、銃規制反対派の政治力の強さがある。その代表的機関は、「人を殺すのは人であって銃ではない」というスローガンを掲げるNRAである。銃を使わずともナイフや鉛筆を頸動脈に刺せば人は死ぬかもしれない。だが、その時に悪と見なされるのは鉛筆ではなく人である。それと同様に、銃自体は悪いものではなく、それを使った人間が悪いというのがNRAの考え方である。銃規制を強化して善人が銃を持てないようになれば、悪人だけが銃を持ち続けることになってしまうというのが彼らのロジックである。

先ほど紹介したテキサス州での銃乱射事件の後、同州ヒューストンで行われたNRAの年次総会で共和党のドナルド・トランプ元大統領は、「銃を持った悪者を止める唯一の方法は、銃を持った善人だ」と述べ、銃規制ではなく教師に銃の携行を求め、学校に警官や武装警備員を配置するよう提案した。これは典型的な銃規制反対派の発想だといえるだろう。学校で銃乱射事件が発生すると、何故学校内に銃を持っている人がいるのかと疑問に思うのが日本では一般的だが、米国では、学校内での銃乱射事件による被害を最小化するためには、むしろ学校内での銃規制を緩和すべきだという考えも有力なのである。

NRAは公称500万人の会員を擁し、圧倒的な組織力と資金力を持っている。その選挙支援策も巧みである。それに対し、銃規制推進派の政治力は相対的に弱い。近年では、ブルームバーグ社のCEOで前ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグが、NRAが集めた資金よりも多くの資金を銃規制推進派候補に献金するなどしている。だが、銃規制推進派は個人の資金力に依存しすぎているし、政治を動かすには資金だけでなく人々を動員する組織力も必要である。この点において、銃規制推進派の劣勢は否めない。

この他にも、銃の存在は人々を平等にするとか、礼儀正しくするという議論も時折なされる。銃がなければ力の強いものが弱い者を暴力で押さえつける可能性があるが、弱い者も銃を持っていれば平等に渡り合えるだろう(このような主張をするフェミニスト団体も存在する)。そして、他の人が銃を持っているかもしれないと考えれば、人々は慎み深く行動するようになるというのである。

今後の行方は?

このような事情によって、米国では穏健な銃規制を支持する人が相対的に多いにもかかわらず、実際に銃規制を進めるのには多くの困難が伴うことになる。

6月2日に行った演説でバイデン大統領は、殺傷力の高い銃や高容量の弾倉の販売禁止、銃購入時の身元確認の厳格化、購入最低年齢の引き上げ、自身や他者への脅威となる兆候を見せた人物から一時的に銃を押収するレッドフラッグ法制定、銃製造業に対する免責廃止など、様々な具体的提案を行った。民主党内でその方針に基づく銃規制法案を提出する動きも存在する。

既に米国内に3億丁を超える銃器が流通していることを考えると、「刀狩り」的な規制は実現不可能だろう。今後の銃販売に制限をかけたとしても、その効果が見られるようになるには時間がかかる。他方、レッドフラッグ法や、銃製造業者の免責廃止などは、実現すれば一定の効果を見込むことができるかもしれない。

米国で銃に起因する悲劇が多発している現状を考えれば、必ずしも現実的ではない刀狩り的な政策に期待するよりも、このような具体的な策を積み重ねていくことが重要になるだろう。だが米国では、政治社会の分断が進み、二大政党の対立が激化している。先に紹介したピュー・リサーチ・センターの調査でも、民主党支持者の81%が銃規制強化を支持するのに対し、共和党支持者で銃規制強化を支持するのは20%に過ぎない。現在、連邦議会上院の二大政党の勢力は50対50と拮抗している。フィリバスターを避けるためには60票必要なので、上院で法案を通過させるためには共和党から10名以上が法案に賛成しなければならない。今年11月に中間選挙を迎えて二大政党が互いの違いを明確化しようとしていることもあり、法案通過の可能性も極めて低いのが米国の現状である。

成蹊大学法学部政治学科教授

専門はアメリカ政治。東京大学大学院法学政治学研究科博士課程修了、博士(法学)。主要著書に、『アメリカ大統領とは何か:最高権力者の本当の姿』(平凡社新書、2024年)、『混迷のアメリカを読み解く10の論点』(共著、慶應義塾大学出版会、2024年)、『〈犯罪大国アメリカ〉のいま:分断する社会と銃・薬物・移民』(弘文堂、2021年)、『格差と分断のアメリカ』(東京堂出版、2020年)、『アメリカ政治入門』(東京大学出版会、2018年)、『アメリカ政治講義』(ちくま新書、2018年)、『移民大国アメリカ』(ちくま新書、2016年)、『アメリカ型福祉国家と都市政治』(東京大学出版会、2008年)など。

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