戦後75年『ガンダム』から見る戦争(後編)「顔を見えなくしているもの」安彦良和氏の視座(写真12枚)
◆『ガンダム』のリアリティ
『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザインと作画監督を担った安彦良和さん。これまで自身の作品のなかで戦争と平和に向き合ってきた。『ガンダム』が問いかけたもの、そして、いま起きている戦争の現実。戦後75年特集の後編。(玉本英子・アジアプレス)
1979年、テレビ放映されたアニメ『機動戦士ガンダム』。地球連邦軍とジオン公国軍の戦いを描いた『機動戦士ガンダム』が他の戦闘アニメと違ったのは、敵の兵士たちまで人間的に描いた点である。連邦軍の少年兵で主人公のアムロとジオン兵が出くわし、言葉を交わすシーンがある。
アムロは、ある時、中立地帯の食堂で、敵であるジオン軍のランバ・ラル大尉の部隊と遭遇する。銃を服の下に隠し、緊張するアムロ。
だが、気さくで部下の兵士思いの大尉の姿を見て、「あの人たちが僕らの戦っている相手なんだろうか」と考え込む。
富野由悠季総監督のもと、『機動戦士ガンダム』のキャラクターデザインと作画監督を担ったのは安彦良和さん(72歳)だ。
「人型の乗り物、モビルスーツを操縦しながら互いに撃ちあうけど、中にどんな奴がいるのか分からない。でもガンダムでは相手の顔が見える形で出てくるリアリティがあった」
私は、イラクとシリアの拘置所で過激派組織イスラム国(IS)の元戦闘員たちを取材したことがある。
非道で知られたISだが実際に会うと、それぞれに人間の顔があった。そのひとり、イラク人のモハメッド・イブラヒム(30歳・当時)は、捕まってもなおISを信奉していた。兄2人が米軍とイラク軍に殺された怒りからISに加わったという。
拘束される際、敵を巻き添えに自爆を考えなかったのか、と私は聞いた。手首にかけられた手錠を見つめながら、モハメッドは言った。
「自爆を考えた瞬間、家族のことが頭に浮かんだ」
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◆「相手の顔を見えなくしているもの」
「絶対悪」の敵の前では、兵士やその背後の住民、いくつもの顔が見えなくなる。
ISは神の敵を殺せと、自爆攻撃で子どもまで巻き添えにした。米軍は「テロとの戦い」の名のもとIS地域を爆撃し、住民も犠牲となった。互いに「正義」を掲げ、顔の見えない者どうしの殺戮が続いた。
イラクの宗派抗争では、地域にともに暮らしてきた人びとが宗派で引き裂かれ、顔を見えなくさせられた。
安彦さんは、戦争の実相に目を向ける。
「相手の顔が見えないことは、人としてのぬくもりが伝わってこないこと。顔が見えれば、そこで殺し合いが成り立たなくなるんじゃないか。相手の顔を見えなくしているのは何なのか、というのが大きなテーマだと思うんです」
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戦後生まれで全共闘世代の安彦さん。ベトナム戦争に怒り、反戦運動も経験した。当時の活動家にとっては、ベトナムゲリラ勢力が正義で、アメリカ帝国主義が悪だった。だが、カンボジアでポル・ポト政権による大虐殺が起き、「正義なるもの」に懐疑的になったと安彦さんは話す。
「大いなる正義、大いなる悪とされてきたものに対して『本当か?』と疑問符をつけていかないといけないと思う」
それは、安彦さんがのちに描き続けてきた近現代史を舞台にした多数の漫画作品での視座ともなっている。
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◆「人はなぜ戦争をしてしまうのか」という問いかけ
いったんアニメ界から身を引き、再び復帰した安彦さんは2015年、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の総監督を務めた。
そこでは、1979年の最初の『機動戦士ガンダム』の起点が改めて照射されている。
「人類の歴史は戦いの歴史である。人はなぜ、この愚かで悲しき争いを繰り返すのか」
戦後75年。人はなぜ戦争をしてしまうのか、その問いに私たちは答えを見いだせないままだ。
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(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2020年8月4日付記事に加筆したものです)