<シリア>トルコ軍が越境攻撃「トランプはクルド人を売った」怒る住民(写真9枚+地図)
◆シリア北部・戦火逃れ、避難民20万
2019年10月9日、私はトルコと国境を接するシリア北部のカミシュリで取材中だった。戦争は突然始まった。
「ドーン」。暗闇に雷が落ちたかのような轟音が空気を揺さぶる。トルコ軍の砲弾が炸裂した瞬間だ。一連の砲撃で、市民も命を落とした。(玉本英子/アジアプレス)
トルコ軍はシリア北部の2つの町、テルアビヤッドとラース・アル・アインに越境攻撃、軍事作戦を開始した。カミシュリを含む国境地域でも砲撃があいついだ。ラース・アル・アインから30キロのテル・タミルの病院へ行くと、負傷者が次々と運び込まれていた。「戦闘機の爆弾が爆発し、家が崩れ落ちた」。瓦礫の中から救出された18 歳の女性は、ベッドに横たわりながら、震える声で言った。民間人だけで死者は300人におよぶ。
「平和の泉作戦」と名付けられたトルコ軍による軍事侵攻。その狙いは、シリア北東部を実効統治するクルド・人民防衛隊主導のシリア民主軍(SDF)勢力を地域から排除することだ。トルコのエルドアン大統領はシリア・クルド勢力を「テロ組織」とみなし、国境を挟んで対峙してきた。
過激派組織イスラム国(IS)との最前線で戦ったのがSDFで、IS壊滅を急ぐ米軍は武器供与などで連携した。国境地帯ではSDFとトルコとの間に米軍が入る形で衝突を抑制していた。双方は国境線に沿った安全地帯構築で合意し、米軍・トルコ軍の合同パトロールも始まったばかりだった。
それを一気にひっくり返したのが、トランプ大統領の方針転換だった。「アメリカはトルコの軍事作戦に関与しない。ISを打倒したアメリカ軍は、この地域に駐留しない」。トランプの発表の背景には米国製武器を購入すると約束したエルドアン政権、そしてシリアから米軍を撤収させて大統領選挙を有利に進めたいトランプの思惑があったとされる。
この決定の直後、米軍は国境の監視ポイントから部隊を撤収。そのポイントがあった建物に行くと、中はもぬけの殻だった。発電機や戦闘糧食を詰めた段ボールもそのままで、米軍があわてて引き上げたことがうかがえた。米軍撤収にあわせ、トルコ軍はシリア領への攻撃を始めた。一方、クルド勢力もトルコ側に反撃し、死者が出ている。
テル・タミルには戦闘が続くラース・アル・アインから脱出するクルド人やアラブ人の住民の姿が目立った。幹線道には家財道具をいっぱいに載せた小型トラックが連なる。多くは別の町に住む親戚を頼って避難したが、行き場のない家族は国境から離れた地域の仮設避難所に身を寄せた。
トルコ軍機の爆撃のなか、着の身着のままで脱出してきたクルド人のムハンマド・オマルさん(40歳)は憤る。「クルド人はたくさんの犠牲を払ってISと戦い、アメリカや世界に貢献した。トランプはエルドアンの武器購入と引き換えにクルド人を売った」。
トルコ軍の越境攻撃で脱出した住民は20万といわれる。その一部はイラクの難民キャンプに逃れるなどしている。
トルコは制圧した地域にトルコが支援する反体制派や別地域のシリア難民を移住させるとみられ、そうなれば元の住民は家も土地も失うことになる。「世界最大の国なき民」と呼ばれてきたクルド人は、大国や周辺国に利用され裏切られてきた。今また大国の思惑で翻弄されている。
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2019年11月12日付記事に加筆したものです)