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<ウクライナ>ハルキウ地下鉄駅構内の学校で「ミサイルから子ども守り、授業を」(写真16枚+地図)

玉本英子アジアプレス・映像ジャーナリスト
地下の教室で、熱心に授業を受ける児童(2024年2月・ハルキウ・撮影:玉本英子)

◆地下鉄駅構内を一部改修し学校に

ミサイル攻撃や爆撃が絶えないウクライナ。子どもたちが学校に通えないなど、教育現場にも深刻な影響が出ている。北部ハルキウでは、昨年から市内に伸びる地下鉄駅の構内の一部を改修し、学校として活用し始めた。「ミサイルに怯えないで授業を」と、行政当局者と教師たちの取り組みが続く。取材は今年2月。(取材・写真:玉本英子・アジアプレス)

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地下鉄駅構内の通路を改修した地下学校の細長い教室。上空から飛来するミサイルを避けることができる「防空シェルター」になっている。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
地下鉄駅構内の通路を改修した地下学校の細長い教室。上空から飛来するミサイルを避けることができる「防空シェルター」になっている。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
廊下の窓の外には地下鉄が走り、駅から乗客が乗り降りする様子が見える。 (2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
廊下の窓の外には地下鉄が走り、駅から乗客が乗り降りする様子が見える。 (2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)

◆「平和な空がほしい」

ウクライナ第2の都市、ハルキウ。吹き飛んだ屋根、崩れ落ちた壁。ミサイル攻撃や爆撃の爪痕が残る建物を、あちこちで目にする。路上から階段を降りて、地下鉄の駅に入る。ゴーッと音を立てて、ホームに入ってくる列車。乗降客が行き交う階段のわきを見上げると、通路がガラス窓で仕切られていた。そこが、地下鉄駅構内を改修して作られた「学校」だ。ミサイル攻撃から子どもたちを守り、安全な環境で授業ができるように、とハルキウ市が設置した。改札口を回り、通路へのドアを開けると、長い廊下に沿って、教室が伸びていた。

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廊下左側のすぐ下には地下鉄が走る。元は駅構内の細長い通路を改修し、教室を作った。列車の発着音が教室に聞こえないよう、分厚い窓になっていた。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
廊下左側のすぐ下には地下鉄が走る。元は駅構内の細長い通路を改修し、教室を作った。列車の発着音が教室に聞こえないよう、分厚い窓になっていた。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
日本のアニメが大好きというダニーロくん。「ミサイルのない平和な空がほしい」と話す。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
日本のアニメが大好きというダニーロくん。「ミサイルのない平和な空がほしい」と話す。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)


5年生の教室を訪れた。

「ここで授業を受けられるようになってうれしい。友達と会って話したり、遊んだりできるから」

そう話すのは、日本のアニメが大好きというダニーロくんだ。彼の家族は、東部ドネツクから避難してきた。いま何が欲しいですか、と聞くと、こう答えた。

「ミサイルのない平和な空がほしい。静かで穏やかな空。ただそれだけ」

5年生の児童。「学校に通えるようになって毎日が楽しい」と笑顔を浮かべた。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
5年生の児童。「学校に通えるようになって毎日が楽しい」と笑顔を浮かべた。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)

◆ミサイルにおびえない環境で授業継続

ロシア軍の攻撃で、子どもの犠牲が絶えない。ウクライナでは、防空地下シェルターがない学校や、攻撃が激しい地域の学校は、ネットを使ったオンライン授業となっている。ハルキウで地下鉄駅を改修した学校ができたのは、昨年9月。市全体からすればまだ一部だが、現在、5つの地下鉄駅に教室が設置され、あわせて約2000人の児童・生徒がここで授業を受ける。

「家の庭にロケット砲弾が爆発し、ずっと恐怖で震えていた」
「爆撃で地面が揺れたときのことを、いまも思い出す」
「親戚が爆発で亡くなった」

子どもたち、ひとりひとりが、過酷な体験をしていた。

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ウクライナ標準の学校年齢1~11年生までが通う。写真は低学年児童の教室。地下学校はまだ一部で、多くはオンライン授業を受けている。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
ウクライナ標準の学校年齢1~11年生までが通う。写真は低学年児童の教室。地下学校はまだ一部で、多くはオンライン授業を受けている。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)

◆教室では戦争のことを話さない

地下学校の運営を担当するハルキウ教育局部長のユリア・バシキロワさん(53)は、ミサイルに怯えることのない環境のなかで子どもを学ばせたい、との市民の思いに応えるために、教室設置プロジェクトが始まったと説明する。

「教師は、教室内では戦争のことをできるだけ話さないようにしています。ここだけは戦争から遠ざかる場にしたいとの思いです」

ハルキウ教育局ユリア・バシキロワさん。「協調と思いやり、紛争を政治的に解決することの大切さを日本の人びとに伝えたい」と語った。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
ハルキウ教育局ユリア・バシキロワさん。「協調と思いやり、紛争を政治的に解決することの大切さを日本の人びとに伝えたい」と語った。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
ロシア国境から約30キロのハルキウは、ミサイル攻撃や爆撃にさらされてきた。市内には破壊された建物があちこちにある。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
ロシア国境から約30キロのハルキウは、ミサイル攻撃や爆撃にさらされてきた。市内には破壊された建物があちこちにある。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)

ウクライナの別の都市では、兵士を激励する手紙を子どもたちに書かせる学校もあるなか、ハルキウのこの地下学校は、戦争に対してセンシティブな姿勢をとっていた。ロシア国境に近いハルキウへの攻撃が、ひときわ激しいのもその背景にある。

この戦争のなかで感じたことを、日本の市民にどう伝えたいですか、と私はバシキロワさんに尋ねた。

「他者への寛容さ、協調と思いやり、互いに助け合う心、紛争を政治的に解決することの大切さ、それを伝えたい。平和を取り戻すにはどうすればいいのか、ともに考えてほしい」

そう言って、彼女は涙をにじませた。

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地下鉄通路を改修した幼稚園の入り口。長い教室が伸びる。新鮮な空気を取り入れる専用ダクトも設置された。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
地下鉄通路を改修した幼稚園の入り口。長い教室が伸びる。新鮮な空気を取り入れる専用ダクトも設置された。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
おゆうぎの時間。先生は子どもにやさしく接するよう心がける。奥の窓の向こうは地下鉄が走る。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
おゆうぎの時間。先生は子どもにやさしく接するよう心がける。奥の窓の向こうは地下鉄が走る。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)

◆幼稚園も開設、心に傷負う子どもたち

ハルキウ市内中心部に建つ州行政庁舎はロシア軍の侵攻直後にミサイルが直撃し、現在も使用不能のままだ。その庁舎前の地下鉄駅構内に、今年1月、幼稚園も開設された。

「春は何月から始まりますか? 春が来るとどうなりますか?」

園児に質問する先生に、元気な声が返ってくる。

「3月です!きれいな花が咲きます!」

教室は子どもたちの笑顔でいっぱいだ。そして、先生たちも笑みを絶やさない。

ハルキウ教育局のナタリア・ビロフリチェンコさんは、「2年にわたる戦争で心が傷ついた子どもが少なくない」と話す。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
ハルキウ教育局のナタリア・ビロフリチェンコさんは、「2年にわたる戦争で心が傷ついた子どもが少なくない」と話す。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
長引く戦争のなかで、「心の傷」を抱える子どもも少なくない。地下鉄駅構内の幼稚園では、園児たちの心を癒すための対話の時間も設けられている。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
長引く戦争のなかで、「心の傷」を抱える子どもも少なくない。地下鉄駅構内の幼稚園では、園児たちの心を癒すための対話の時間も設けられている。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)

市教育局幼児部のナタリア・ビロフリチェンコさん(59)は言う。

「先生たちは、子どもを愛情で包み込むよう心がけています。抱きしめ、やさしく言葉を交わします。心が傷ついた子も少なくないのです」

爆撃で家族を亡くしたり、家を破壊されて避難生活を余儀なくされた家庭もある。ある日、父親が戦死した子が、突然、教室で泣き出したことがあったという。このためカウンセラーが配置され、子どもたちの癒しの時間も設けている。

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6歳の娘を地下幼稚園に迎えに来た母親、オルガ・ボンダレンコさん(左)。「ここでは子どもが社会性を身に着けることができる」と地下幼稚園を歓迎。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
6歳の娘を地下幼稚園に迎えに来た母親、オルガ・ボンダレンコさん(左)。「ここでは子どもが社会性を身に着けることができる」と地下幼稚園を歓迎。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
園児を迎えに来た保護者。地下鉄構内の教室で安全に学ばせる環境ができてうれしいと話す。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
園児を迎えに来た保護者。地下鉄構内の教室で安全に学ばせる環境ができてうれしいと話す。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)

帰宅時間になると、教室から駅通路に向かう出入り口の前に保護者が並ぶ。6歳の娘を迎えに来た母親、オルガ・ボンダレンコさん(36)は、家の近所にミサイルが落ち、子どもを外で遊ばせることもできなくなったという。

「ここでは子どもどうしがコミュニケーションしながら社会性を身に着けることができる。地下鉄駅がその場を与えてくれました」

◆「美談」にしてはならず

ハルキウで始まった地下学校の取り組みを、「美談」にしてはならない。地震の被災地で学校が復旧したのではないのだ。人間が引き起こした戦争の殺戮と破壊のなかで、子どもを守るために教室設置を強いられたという現実があるのだ。

国連ウクライナ人権監視団(HRMMU)は、ロシア軍の侵攻から今年2月までの2年間で、少なくとも1万582人が死亡し、うち587人が子どもだったと報告。この悲劇はいつ終わるのか。

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地下鉄駅構内を改修した幼稚園で学ぶ園児。戦争の殺戮と破壊のなかで、子どもを守るために教室設置を強いられたという現実がある。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
地下鉄駅構内を改修した幼稚園で学ぶ園児。戦争の殺戮と破壊のなかで、子どもを守るために教室設置を強いられたという現実がある。(2024年2月・ウクライナ北部・ハルキウ・撮影:玉本英子)
ウクライナ第2の都市、ハルキウは、ロシア国境から約30キロ。ミサイル攻撃や爆撃にさらされる。地図は2024年11月時点。(地図作成・アジアプレス)
ウクライナ第2の都市、ハルキウは、ロシア国境から約30キロ。ミサイル攻撃や爆撃にさらされる。地図は2024年11月時点。(地図作成・アジアプレス)

(※本稿はふぇみん2022年7月25日付記事に加筆したものです)





アジアプレス・映像ジャーナリスト

東京生まれ。デザイン事務所勤務をへて94年よりアジアプレス所属。中東地域を中心に取材。アフガニスタンではタリバン政権下で公開銃殺刑を受けた女性を追い、04年ドキュメンタリー映画「ザルミーナ・公開処刑されたアフガニスタン女性」監督。イラク・シリア取材では、NEWS23(TBS)、報道ステーション(テレビ朝日)、報道特集(TBS)、テレメンタリー(朝日放送)などで報告。「戦火に苦しむ女性や子どもの視点に立った一貫した姿勢」が評価され、第54回ギャラクシー賞報道活動部門優秀賞。「ヤズディ教徒をはじめとするイラク・シリア報告」で第26回坂田記念ジャーナリズム賞特別賞。各地で平和を伝える講演会を続ける。

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