<ウクライナ>ハルキウ地下鉄駅構内の学校で「ミサイルから子ども守り、授業を」(写真16枚+地図)
◆地下鉄駅構内を一部改修し学校に
ミサイル攻撃や爆撃が絶えないウクライナ。子どもたちが学校に通えないなど、教育現場にも深刻な影響が出ている。北部ハルキウでは、昨年から市内に伸びる地下鉄駅の構内の一部を改修し、学校として活用し始めた。「ミサイルに怯えないで授業を」と、行政当局者と教師たちの取り組みが続く。取材は今年2月。(取材・写真:玉本英子・アジアプレス)
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◆「平和な空がほしい」
ウクライナ第2の都市、ハルキウ。吹き飛んだ屋根、崩れ落ちた壁。ミサイル攻撃や爆撃の爪痕が残る建物を、あちこちで目にする。路上から階段を降りて、地下鉄の駅に入る。ゴーッと音を立てて、ホームに入ってくる列車。乗降客が行き交う階段のわきを見上げると、通路がガラス窓で仕切られていた。そこが、地下鉄駅構内を改修して作られた「学校」だ。ミサイル攻撃から子どもたちを守り、安全な環境で授業ができるように、とハルキウ市が設置した。改札口を回り、通路へのドアを開けると、長い廊下に沿って、教室が伸びていた。
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5年生の教室を訪れた。
「ここで授業を受けられるようになってうれしい。友達と会って話したり、遊んだりできるから」
そう話すのは、日本のアニメが大好きというダニーロくんだ。彼の家族は、東部ドネツクから避難してきた。いま何が欲しいですか、と聞くと、こう答えた。
「ミサイルのない平和な空がほしい。静かで穏やかな空。ただそれだけ」
◆ミサイルにおびえない環境で授業継続
ロシア軍の攻撃で、子どもの犠牲が絶えない。ウクライナでは、防空地下シェルターがない学校や、攻撃が激しい地域の学校は、ネットを使ったオンライン授業となっている。ハルキウで地下鉄駅を改修した学校ができたのは、昨年9月。市全体からすればまだ一部だが、現在、5つの地下鉄駅に教室が設置され、あわせて約2000人の児童・生徒がここで授業を受ける。
「家の庭にロケット砲弾が爆発し、ずっと恐怖で震えていた」
「爆撃で地面が揺れたときのことを、いまも思い出す」
「親戚が爆発で亡くなった」
子どもたち、ひとりひとりが、過酷な体験をしていた。
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◆教室では戦争のことを話さない
地下学校の運営を担当するハルキウ教育局部長のユリア・バシキロワさん(53)は、ミサイルに怯えることのない環境のなかで子どもを学ばせたい、との市民の思いに応えるために、教室設置プロジェクトが始まったと説明する。
「教師は、教室内では戦争のことをできるだけ話さないようにしています。ここだけは戦争から遠ざかる場にしたいとの思いです」
ウクライナの別の都市では、兵士を激励する手紙を子どもたちに書かせる学校もあるなか、ハルキウのこの地下学校は、戦争に対してセンシティブな姿勢をとっていた。ロシア国境に近いハルキウへの攻撃が、ひときわ激しいのもその背景にある。
この戦争のなかで感じたことを、日本の市民にどう伝えたいですか、と私はバシキロワさんに尋ねた。
「他者への寛容さ、協調と思いやり、互いに助け合う心、紛争を政治的に解決することの大切さ、それを伝えたい。平和を取り戻すにはどうすればいいのか、ともに考えてほしい」
そう言って、彼女は涙をにじませた。
◆幼稚園も開設、心に傷負う子どもたち
ハルキウ市内中心部に建つ州行政庁舎はロシア軍の侵攻直後にミサイルが直撃し、現在も使用不能のままだ。その庁舎前の地下鉄駅構内に、今年1月、幼稚園も開設された。
「春は何月から始まりますか? 春が来るとどうなりますか?」
園児に質問する先生に、元気な声が返ってくる。
「3月です!きれいな花が咲きます!」
教室は子どもたちの笑顔でいっぱいだ。そして、先生たちも笑みを絶やさない。
市教育局幼児部のナタリア・ビロフリチェンコさん(59)は言う。
「先生たちは、子どもを愛情で包み込むよう心がけています。抱きしめ、やさしく言葉を交わします。心が傷ついた子も少なくないのです」
爆撃で家族を亡くしたり、家を破壊されて避難生活を余儀なくされた家庭もある。ある日、父親が戦死した子が、突然、教室で泣き出したことがあったという。このためカウンセラーが配置され、子どもたちの癒しの時間も設けている。
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帰宅時間になると、教室から駅通路に向かう出入り口の前に保護者が並ぶ。6歳の娘を迎えに来た母親、オルガ・ボンダレンコさん(36)は、家の近所にミサイルが落ち、子どもを外で遊ばせることもできなくなったという。
「ここでは子どもどうしがコミュニケーションしながら社会性を身に着けることができる。地下鉄駅がその場を与えてくれました」
◆「美談」にしてはならず
ハルキウで始まった地下学校の取り組みを、「美談」にしてはならない。地震の被災地で学校が復旧したのではないのだ。人間が引き起こした戦争の殺戮と破壊のなかで、子どもを守るために教室設置を強いられたという現実があるのだ。
国連ウクライナ人権監視団(HRMMU)は、ロシア軍の侵攻から今年2月までの2年間で、少なくとも1万582人が死亡し、うち587人が子どもだったと報告。この悲劇はいつ終わるのか。
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(※本稿はふぇみん2022年7月25日付記事に加筆したものです)