映画『関心領域』が突きつけるもの、ウクライナとパレスチナにつながる戦争と人間のありよう
◆アウシュヴィッツ収容所長の家族描いた『関心領域』
戦争と人間のありようを問う映画『関心領域』(2023年:ジョナサン・グレイザー監督)を観た。アウシュヴィッツ強制収容所の所長だったルドルフ・ヘスと、その家族を描いた作品だ。収容所に隣接するヘスの自宅と彼の家族の日常を淡々と映す形で、ストーリーは進む。
収容所に移送されてきたユダヤ人は人間ではなく「荷」であり、それをいかに効率よく処分するかがヘス所長の関心事だ。
一方、夫人ヘートヴィヒのもっぱらの関心は、子どもたちや庭に咲いた花である。収容所のユダヤ人が着ていた毛皮のコートを平然とまとう彼女は、自宅のすぐ先で殺戮が行なわれているのを知っている。いまの幸せな暮らしが、夫の地位と「功績」ゆえのものともわかっている。
◆幸せな生活のために「関心」を閉ざす妻
ヘートヴィヒは、ようやく手にした豊かな生活を守るため、家の外で起きていることへの関心を自身で徹底的に閉ざす。彼女を訪れた母は壁の先にある収容所で起きていることを悟り、耐えられずに逃げ出してしまう。それでも彼女は、ユダヤ人虐殺の上になりたっている幸福な生活を手放そうとはしない。収容所わきの暮らしのなかで歪む夫婦の心理や、子どもたちの異変も暗示的に描かれる。
虐殺されるユダヤ人の映像は出てこない。だが、壁向こうの煙突から昼夜を通して立ち上る赤い炎と黒い煙りが、ホロコーストの場であることを伝え、悲鳴や銃声の音が無数の死を表現する。映画では、夜、収容所のまわりにひそかにリンゴを置いてまわる少女の映像が挿入されている。実際に収容者のために食べ物を置いた少女がいた史実をもとにしているが、そこに暗闇のなかでもわずかに残る人間の良心の部分を見せている。
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◆底知れぬ恐怖と人間の罪深さ
そして最後のシーンで突如、現代に引き戻される。ホロコーストの悲劇を伝える「記念館」となった現在の収容所が映し出され、展示室を清掃員の女性たちが黙々と掃除する。今日もやってくる来館者のために、フロアに掃除機をかけ、ウインドーを拭く。ウィンドーが隔てる先にあるのは積み上げられたユダヤ人の靴や遺品の数々。それは人間の無関心が招いた結果もたらされたものであり、拭いても消し去れない歴史の事実を示す。さらに、鋭い問いかけにもなっている。
「では、この映画を観ている、あなたはどうなのか」
そのとき気づかされる。これは過去に起きたナチスの狂気で片づけられることなのか。世界でいま戦争や虐殺がすぐ隣で起きているのに、無関心のまま、いや、あえて無関心を装い、普通に日常を送る私たちの姿を問う映画なのだと。「あなたもこの家族と同じではないか」。多くの人は、そこに罪深さに満ちた底知れぬ恐怖を感じるだろう。
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◆『関心領域』とウクライナ
ヘートヴィヒが邸宅での生活を自分の「生存圏」と表現するシーンがある。ナチスは「ドイツ民族の生存圏獲得」を名目にポーランド、ソ連へと侵攻していった。熾烈な独ソ戦の場のひとつがウクライナだった。収容所や移送の途中で多数のユダヤ人が虐殺された。私は、ウクライナでホロコーストを生き抜いたユダヤ人たちの取材を続けてきた。いずれも80代を超える高齢だが、幼い頃に起きた悲劇を覚えている。そのひとり、ローマン・シュヴァルツマンさんは、オデーサのホロコーストの犠牲者を追悼する慰霊碑の前で、戦争と差別のなかで人間としての良心を持つことがいかに大切か、またいかに難しいかを語ってくれた。
◆『関心領域』の問いかけと、いま起きている戦争
『関心領域』が突きつけるものは、いまウクライナやパレスチナで起きていることにつながる。
今年2月、ウクライナ北部ハルキウで出会った40代の女性は、ロシア軍の侵攻後、勤めていた靴メーカーの社員を辞め、医療支援団体のスタッフになった。ミサイル攻撃や砲撃で毎日、病院に運ばれてくる市民の負傷者を目にしてきた。彼女は言った。
「なぜ世界の人たちは、ウクライナで起きている悲劇を知ってくれないのか、怒りを覚えました。でも振り返ってみてわかったのです。シリア内戦が起きたとき、どれだけのウクライナ人がシリア人に同情したでしょうか。私も遠くの出来事と思っていました」
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◆関心を閉ざした先に
ネットがあたりまえになったいま、爆撃される町、泣き叫ぶ子どもの映像は、瞬時に世界に伝わる。だが、各地で起きている戦争に、どれだけの人が関心を払っているだろう。今日、爆弾で亡くなった子どものことを、どれだけの人が自分の家族のこととして心を痛めているだろう。
人間が本来むけるべき関心とは。関心を失ったとき、関心を自ら閉ざしたとき、その先にあるものは何なのか。『関心領域』の問いかけは深く、鋭く、そして重い。
◆映画『関心領域』は現在公開中
『関心領域 The Zone of Interest』オフィシャルサイト
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