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貧困でなくても子どもを持てない高いハードル「900万円の年収の壁」の現実に必要な視点

荒川和久独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター
(写真:アフロ)

貧困じゃなくても産めない

お金がなければ結婚も出産もできない時代になった。

ここでいう「お金がない」とは、決して食うにも困るような貧困ではない。貧困ではなくても、かつて中流と呼ばれ、人口ボリュームの多い中間層ですら手の届かない状況になりつつあることが問題なのである。

当連載でも、データを元に繰り返しお伝えしてきていることだが、どれだけ事実をお話してもまったく理解しようとしない界隈というのがある。

2022年の最新の就業構造基本調査より世帯年収別の子どもの数が把握できる。そこから、世帯年収別の子どもの数を計算したものが以下である。

ちなみに、この統計は出生した子どもの数ではなく、調査時点で同居している子がいる「夫婦と子世帯」の数であり、親元から独立した子の数は含まれていないことに留意していただきたい。

これを見れば、世帯年収が多いほど子どもの数は多くなっているのが明らかだ。「貧乏子沢山」どころか、低収入世帯は子どもの数が少ないのだ。ちょうど世帯年収900万あたりで平均子ども数は頭打ちとなっている。

この世帯年収900万円は分岐点である。

世帯年収900万の壁

以前、こちらの記事(かつて日本を支えていた所得中間層の落日「結婚も出産もできなくなった」この20年間の現実)で、別の統計である国民生活基礎調査を元にして児童のいる世帯の数を2000年と2022年とで比較したことがある。

結果からいえば、20年間で児童のいる世帯が減っているのは世帯年収900万未満の世帯のみであり、900万以上の世帯は22年前とまったく変わらず子を産んでいることかわかった。

つまり、出生数が減少しているのは、この900万未満の世帯の子どもの数が減っているのであり、人口(世帯)のボリュームから見れば、中間層である400-600万の世帯が子を産めなくなっているということになる。

写真:アフロ

2007年との比較

さらに、2022年と2007年の世帯年収別子どもの数を比較すると、この15年間で随分と状況が変わっていることがわかる。

15年前でも全体的には、「高年収でなければ子どもは多く産めない」状態であることに変わりはないが、それでも、世帯年収300-500万あたりの中間層の子どもの数は多かった。

これは、年収の高くない若い夫婦でも15年前はまだ子どもが産めていたとみることができる。そもそも子を持つ夫婦の世帯数そのものも15年前からも10%近く減少しており、それはそもそも結婚にまで至らない若者が多いということを意味する。

この傾向が今後も続けば、中間層以下の子ども数だけがどんどん減少していくことになり、それは人口ボリューム層が結婚や出産をしないということでもあり、ますます出生数は激減していくだろう。

一過性の支援など無意味

だからといって、中間層の若者が結婚や出産ができるようにするために一時的な支援金を出そうという方向は全くの的外れである。そんな一過性の支援など何の役にも立たない。

産む以上、親としてはその子が大人になるまでの長い期間の責任がある。だからこそ「子どもはほしくない」という若者が増えてしまうのである。

むしろ考えるべきは、若者全体の収入の底上げである。

ここでいう収入とは決して額面給料の話だけを言っているのではない。ただでさえ、税金や社会保障費の負担増で若者(若者には限らないが)の手取りは減っている。この手取りを増やすという方向がなければ、いつまでたっても婚姻減・出生減は解消されないだろう。

何のために蔵をいっぱいにしてるのか?

提供:イメージマート

「飢えた人に魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教える」ことが大事だ。

自分自身で魚を釣ることが実感できれば、自信にもなるだろうし、未来へのモチベーションも高まる。

実際、今の若者が決して元から若者に魚を捕まえる能力や意欲がなかったわけではない。若者が置かれている今の状況が理不尽すぎるのだ。

どれだけ魚を捕獲しても、捕獲したそばから「はい、税金な」「はい、社会保険料な」と搾取され続けられてきたのだ。そんなことが続けば、「どうせ頑張ったところで…」と学習性無力感に苛まれても不思議ではない。

国の蔵に魚を満杯にすることより先に、今は若者が自分でと取った魚を腹いっぱい食べて、元気を出して、さらに自分が食えないほどの量の魚を獲得できるようなお膳立てが必要なのではないか。

でないと、魚を取る若者がいなくなる。

それは、ひいては国の蔵が空っぽになるということだ。

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独身研究家/コラムニスト/マーケティングディレクター

広告会社において、数多くの企業のマーケティング戦略立案やクリエイティブ実務を担当した後、「ソロ経済・文化研究所」を立ち上げ独立。ソロ社会論および非婚化する独身生活者研究の第一人者としてメディアに多数出演。著書に『「居場所がない」人たち』『知らないとヤバい ソロ社会マーケティングの本質』『結婚滅亡』『ソロエコノミーの襲来』『超ソロ社会』『結婚しない男たち』『「一人で生きる」が当たり前になる社会』などがある。

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