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高価な認知症治療薬に頼る前に知っておきたい簡単な予防法。医学論文で読む「エビデンス」。

黒澤恵(Kei Kurosawa)医学情報レポーター

アルツハイマー病治療の新薬「レケンビ」承認。しかし・・・

アルツハイマー病治療薬の「レカネマブ」(レケンビ)が日本でも承認されましたね。どれほどの薬価がつくかは未定ですが、先行する米国を見る限り、結構な値段になりそうです。患者自己負担には上限があるので、残りは私たちがコツコツと支払い続けてきた公的医療保険からの支払いになります。

「簡単に」ですが、「レカネマブによる早期アルツハイマー病進行抑制作用」を証明したとされる論文に触れておきます [文献1] 。

この研究で示された内容を一言で表すなら「レカネマブを1年半使い続けると偽薬に比べ、認知症重症度が18点満点中、0.45点だけ良くなった」だけ、となります。論文に書かれているのはこれだけです。報道されているような「症状進行が〇〇カ月遅れる」などというデータは書かれていません。

またこの試験で評価されたのは「認知症重症度」です。「認知機能」ではありません。だからレカネマブが「認知機能低下」を抑制するかどうかも、この試験からは分からないのです。

患者さんや家族にとって意味のある改善なのか?

それはさておき、この薬による改善幅は先ほどお示しした通り「18点中の0.45点」でした。これはそもそも患者さんや家族にとって意味のある数字なのでしょうか?

答えは「否」のようです。この指標は最低でも1年で「0.98」は変動しないと臨床的には意味がないという実証研究が、すでに報告されているからです [文献2] 。少なからぬ自己負担でこの薬を使ったのに効果が実感できなかったら、ちょっと気の毒です。

このような問題に加え安全性を懸念させるデータも存在するため、レカネマブによる軽度アルツハイマー病進展抑制作用には内外の多くの専門家から懐疑的な目が向けられています)。そして治療に期待できないのなら、アルツハイマー病にはやはり「予防」が一番大切なようです。

高血圧を改善すればアルツハイマー病発症が減る可能性

ここからが本題です。「認知症予防に有効だ」と「医学的エビデンスに裏打ちされた」(専門家の個人的感想ではない)方法があるのはご存知ですか?その一つが「高血圧を放置しない」です。393本の臨床研究を解析した結果、明らかになっています [文献3] 。

高血圧を降圧薬で治療するとアルツハイマー病が減るというデータは、すでに2002年の時点で発表されていました。 Syst-Eur(シスター)という臨床試験です。降圧薬を飲んだ群では偽薬を飲んだ群に比べ、アルツハイマー病となるリスクがおよそ0.4倍にまで下がっていました [文献4]。この試験はランダム化比較試験ですから比較的信頼性は高いと考えられます(アルツハイマー病への影響は「おまけ」解析なので、信頼性はその分低下)。

ランダム化比較試験:比較するグループをくじ引きで分ける試験。どちらかのグループが有利になるような人為的操作を排除できるため信頼性が高い。

なお認知症全体で比べても同様に、降圧薬を飲んだ群ではリスクが0.55倍に減っていました。よく週刊誌などで読む「降圧薬を飲むとボケる」は机上の空論、あるいは「風が吹けば桶屋が儲かる」のたぐいの論法だということでしょう

(この点については『こっちが本当。「高血圧を下げると認知症は減り、ボケも抑制」』という論文紹介記事で触れています。こちらもお読みください。また「高血圧は下げなくて良い」が嘘だというエビデンス『意外な運動に血圧を下げる大きな効果。それは「壁を使った空気イス」』という記事で紹介しています)

万国著作権条約に則り引用
万国著作権条約に則り引用

さらに「降圧薬を飲むと偽薬に比べアルツハイマー病の進展と認知機能低下が抑制できる」という論文もあります。こちらもランダム化比較試験のデータを元にした解析です [文献5]。アルツハイマー病を発症したあとでさえ、降圧治療で進展を遅らせられるかもしれないのです。

高血圧で血管が痛むとアルツハイマー病の原因物質を脳から除去できなくなる?

ではなぜ、高血圧を是正するとアルツハイマー病が減る、あるいは進行を遅らせることができるのでしょう?正確なところは分かっていません。しかし高血圧が続き血管が痛めつけられると(脈が打つたびに血管の内側からハンマーで殴っているような状態が高血圧)アルツハイマー病の原因と言われている以上タンパクを血中に除去する機能が低下して、アルツハイマー病が発症・進展する可能性が指摘されています [文献6]。

まとめ

いかがでしたか?新薬が登場したとはいえまだまだ完治にはほど遠いアルツハイマー病。その予防に高血圧治療が役に立つというお話でした。認知症や認知機能については次のような論文紹介記事も書いています。こちらもぜひ、お読みください。ではまた!

今回ご紹介した論文

  1. レカネマブは認知症進行を18点満点中0.45点だけ抑制する
  2. レカネマブが改善した指標は0.98以上変化しないと本人・家族に意味はない
  3. 医学研究が明らかにしたアルツハイマー病予防に有望な10の方法
  4. 高齢者への高血圧治療でアルツハイマー病、認知症が減少
  5. 降圧治療はアルツハイマー病進展や認知機能低下を抑制
  6. 血圧を下げるとなぜ認知症が減る?

上記はすべて英語論文です。無料翻訳サイトDeepLはこちら

【注意】本記事は最新の医学論文についての紹介あり、研究結果の内容の文責は「論文筆者」にあります。また論文の解釈は論者により異なる可能性もあります。さらにこの論文の内容を否定する論文が存在する可能性もゼロではありません。あくまでもご自身の見解形成の参考としてお読みください。

医学情報レポーター

医療従事者向け書籍の編集者、医師向け新聞の記者を経てフリーランスに。15年以上にわたり、新聞社系媒体や医師向け専門誌、医療業界誌、会員向け情報誌などに寄稿。近年では医師向け書籍も共著で執筆。国会図書館収録記事数は3桁。日本医学ジャーナリスト協会会員(含筆名)。

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