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兵器から見るウクライナ侵攻の状況と今後の行方

JSF軍事/生き物ライター
ウクライナ国防省より「鹵獲したロシア戦車を修理して使用するウクライナ軍」

 2月24日から始まったロシアによるウクライナ侵攻は6月3日で開始から100日を過ぎました。現在は一進一退の攻防を繰り広げて、戦闘は長期化の様相を深めています。本記事では、戦闘で用いられている兵器から、侵攻の状況、そして今後の行方を解説します。

ウクライナ侵攻で使われている主要な兵器

共通装備

画像制作:Yahoo! JAPAN
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 ソ連時代の名残で両軍が同じ種類の装備を多く用いています。

戦車は搭載する主砲が数kmの有効射程を持ち、敵を直接視認する直接照準砲撃を行います。装甲車に乗った歩兵の支援を受けながら前進します。対戦車ミサイルも直接照準での攻撃を行います。

 榴弾砲と多連装ロケットは数十kmの射程を持ち、敵を直接視認せず曲射弾道で攻撃する間接照準砲撃を行います。敵位置を把握する手段は前線観測班(歩兵)、観測機(有人機ないし無人機)、対砲レーダー(敵弾の弾道を計算し発射地点を割り出す)などです。

 短距離弾道ミサイルは数百kmの射程を持ちます。迎撃突破能力は高いのですが、大きなミサイルなので製造コストが高く、数は用意できません。トーチカ-U(120km)、イスカンデル(500km)。

 巡航ミサイルは数百km~数千kmの射程を持ちます。ロシア海軍黒海艦隊が使用しているカリブル巡航ミサイルの場合は射程2000km以上あり、黒海の何処からでもウクライナ全土を攻撃可能です。

 地対空ミサイルは航空機を迎撃する兵器で、射程の順に携行地対空ミサイル(スティンガーなど)/短距離地対空ミサイル(トールなど)/中距離地対空ミサイル(ブークなど)/長距離地対空ミサイル(S-300など)と大まかに分けて4種類の区分があります。防空システムと呼ぶ場合は短距離以上、主に中長距離のものを指します。

 戦闘機は敵航空機を迎撃し、攻撃機/爆撃機は対地攻撃する役割ですが、最近では多用途任務化が進み戦闘機も対地攻撃をよく行います。ただしSu-25攻撃機のように対地攻撃専用の機種もあります。

 無人機(ドローン)は様々な種類があります。ウクライナの戦場には市販用の数百gの小型ドローンから700kgを超える軍事用ドローンまで投入されているので、市販用小型ドローン(回転翼)/自爆無人機(固定翼)/観測用小型無人機(固定翼)/中高度長時間滞空無人機(固定翼)といった区分に分けて捉えた方がよいでしょう。それぞれは完全に別物で役割も違います。

 市販用小型ドローンは歩兵が用いる偵察用、自爆無人機はミサイルに近い徘徊型兵器、観測用小型無人機は砲兵の目の役割、中高度長時間滞空無人機(MALE)は偵察、観測、爆撃を行う大型無人機です。ただし小型爆弾を用意すれば小型ドローンでも爆撃は可能です。

ウクライナ軍の装備

画像制作:Yahoo! JAPAN
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 当初はNATO各国からの兵器供与は訓練期間が少なくて済む歩兵携行火器のジャベリンやスティンガーなどに絞られていましたが、首都キーウ防衛成功で時間的な余裕が生まれたので、現在は戦車や榴弾砲などの大型兵器の供与へ中心が移り変わっています。

 保有する旧ソ連製兵器ではロシア軍に対して質でも量でも負けているので、NATO各国からの高性能な兵器の供与がウクライナ軍の抗戦を支えています。

ロシア軍の装備

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 ロシア軍にはソ連時代の兵器を近代化改修した新兵器群があり、同系統であってもウクライナ軍の旧式化したソ連時代の兵器よりも性能で上回っています。

 投入されている大型兵器の数量でもロシア軍の方がウクライナ軍よりも多くなっています。特に遠距離砲戦火力の優越により、東部ドンバスでじわじわと優勢になりつつあります。

 対地用の巡航ミサイルはロシア軍のみが投入しウクライナ軍には無く、短距離弾道ミサイルも性能と数でロシア軍が大きく上回っています。

今後の戦況を左右しそうな兵器

ウクライナ軍

  • MLRS(多連装ロケット発射システム)・・・装軌車両(クローラー車両)に227mmロケット弾の6連装発射ポッド2個を搭載。
  • HIMARS(高機動ロケット砲システム)・・・MLRS(多連装ロケット発射システム)をトラック車載式にした小型版。6連装発射ポッド1個。
  • M30A1およびM31A1(227mmロケット弾)・・・MLRS/HIMARS用のGPS誘導ロケット弾(GMLRSとも呼称される)。公称では射程70km以上、試験では射程92kmを記録。
  • ATACMS短距離弾道ミサイル・・・射程300km。MLRS/HIMARS用の発射ポッド1個に1発収納可能。ただしウクライナへの供与が見送られる。

※MLRS/HIMARS供与の鍵は提供数量

MLRS/HIMARSのロケット弾の射程はスメルチと同等であり、勝っているのは精密誘導能力になります。GMLRSはロケット弾というよりは事実上の地対地ミサイルであり、この高価な誘導ロケット弾をアメリカが大量供与できれば、ウクライナ軍が劣勢に立たされている遠距離砲戦火力を逆転できる可能性が見えてきます。

※ATACMS短距離弾道ミサイルの供与見送り

MLRS/HIMARSは発射ポッドの交換で大きなATACMS短距離弾道ミサイル(射程300km)も撃てますが、射程が長くロシアの奥深くの重要拠点を攻撃できてしまい(例えばクリミア半島のセヴァストポリ軍港に届く)、ロシアの猛烈な反発が予想されたので今回は供与が見送られました。もし将来に改めてATACMSが供与されることになれば大きな転換点になるでしょう。

関連:MLRS/HIMARS多連装ロケット発射機をウクライナに供与する重大な意味と転換点 ※供与決定直前の時点での解説記事

ロシア軍

  • 戦術核兵器・・・もし投入された場合、全ての状況が激変します。戦術的にも戦略的にも政治的にも凄まじい大きな影響が出て来ます。NATOが対抗して介入し、同規模の限定核攻撃を行ってロシアに対し「警告」を行う可能性すらあります。その場合は限定核戦争で止まるのか、あるいは全面核戦争に発展して第三次世界大戦が勃発するのか、分かりません。NATOが介入せず静観する可能性もありますが、その場合は今後の核兵器の使用のハードルが大きく下がってしまい、ロシアの真似をする国が出て来てしまうでしょう。

※極超音速兵器がゲームチェンジャーにならない理由

そもそもウクライナ軍にはBMD(弾道ミサイル防衛システム)が無いので、飛んでくる相手が弾道ミサイルだろうと極超音速兵器だろうとどちらでも同じです。現状でもイスカンデル短距離弾道ミサイルはほとんど迎撃できていません。

例えば仮に「短距離弾道ミサイルは迎撃して完封できているが、極超音速兵器が投入されたら迎撃不能」という状況ならば極超音速兵器はゲームチェンジャーです。しかし短距離弾道ミサイルの時点で迎撃できていません。よってロシア軍が極超音速兵器を新たに投入しようと状況の変化は全く無いのです。

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今後の戦況の行方、展望

地上戦について

 東部ドンバスと南部ヘルソンが主戦場になります。遠距離砲撃で敵を粉砕し、戦車と歩兵が突撃して支配領域を拡大していく戦いとなっています。両軍ともに無人機で弾着を観測し方位と誤差を修正しながら砲撃を撃ち込む戦法となっています。

 平坦な地形での野戦では榴弾砲と多連装ロケットの持続した遠距離砲兵火力の投射量で勝敗が決します。現状の戦いでは榴弾砲と多連装ロケットこそが決戦兵器であり、各国からウクライナに様々な種類の榴弾砲が新たに次々と送られて全ての名前を上げるのが困難なほどです。

 ただし榴弾砲は各国からたくさん送られていますが、多連装ロケットの大型の物は送られてきませんでした。しかしそれもアメリカからHIMARSの供与決定で解決されます。MLRSもイギリスやドイツから供与される話が出ています。とはいえ、纏まった数が供与されないと戦況を変えることは出来ないでしょう。

 もし大規模な都市で市街戦になった場合は、再びジャベリン対戦車ミサイルなどの待ち伏せ攻撃で使用する接近戦用兵器も活躍することになるでしょう。ただし市街戦は大勢の住民を巻き添えにすることと同義です。

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航空戦と防空戦について

 お互いが相手の地対空ミサイルを恐れて航空機による積極的な活動を行えず、航空優勢をお互いに奪取しきれないせめぎ合いの状態がこのまま続くでしょう。ロシア軍がウクライナ防空網の制圧に失敗したのはこの戦争での最大の誤算であり、ウクライナが抗戦を続けられている理由です。

 ウクライナ軍の防空システムは未だ健在であり、損害を出しながらも戦い続けています。S-300などの高高度を迎撃可能な大型防空システムが生きているからこそロシア軍機はレーダーに映り難い低空に逃げ込まざるを得ず、其処を歩兵のスティンガー携行地対空ミサイルで狙い撃たれています。もし防空システムが全て潰されていたらロシア軍機はスティンガーの最大射高の上を飛んで悠々と一方的に爆撃していたでしょう。現在ウクライナ軍が戦えている理由は防空システムの残存にあると言っても過言ではありません。その補充としてドイツは地対空ミサイル「IRIS-T SLM」を供与する予定です。

関連:ウクライナ軍がKh-22巡航ミサイルの撃墜に成功

 ロシア軍の防空システムも短距離/中距離地対空ミサイルこそ損害を出していますが、最新鋭の長距離地対空ミサイルであるS-400は損失ゼロのままで、ウクライナ空軍機の行動を大きく妨害し続けています。S-400を撃破しようと試みても一度も成功していないのは、S-400が高性能な上に他の防空システムと共に多重に配置されているからです。現状ではウクライナ軍にはロシア軍のS-400を撃破できる有効な手段がありません。戦争の初期に首都キーウへの侵攻を目指すロシア軍の全長60kmもの長い車列が話題になりましたが、あの脆弱な目標がウクライナ軍の攻撃で壊滅していなかったのは、おそらくは強力な防空システムに守られていたからでしょう。

 戦争初期に損害を出したロシア軍のSu-34攻撃機は積極的な投入が控えられるようになり、空対地ミサイルでのスタンドオフ攻撃(敵の地対空ミサイルの射程外から攻撃する)に切り替わりましたが、ミサイルの不足により活動は低調なままです。

 それでも防空システムを避けるようにレーダーに映り難い超低空を突撃する両軍のSu-25攻撃機の姿が度々映像で報告されています。小型無人機を除けば、ウクライナの空を飛ぶ航空機の報告例でもっと目撃の多い機種がSu-25攻撃機となっています。また5月初旬にロシア軍がドネツ川の渡河で大損害を出した時のウクライナ軍の攻撃は重砲と空軍機の共同攻撃だったという現地報道があり、明言されてはいませんがSu-25攻撃機が戦果拡大に貢献していたようです。

 大型無人機、中高度長時間滞空(MALE)無人機システムであるウクライナ軍のバイラクタルTB2は、遠隔操作のために見通し線通信を行う制約で低空飛行ができません。4月下旬にロシア領ベルゴロド方面への越境攻撃に投入されて撃墜が相次いで以降は、強力な防空網のある場所への投入は控えられるようになりました。それでも航空優勢をロシア軍に奪われなかった状況を利用して、偵察や攻撃に活用されています。また小型無人機が各種あり、A1-SMフリア無人機などが弾着観測に投入されています。

関連:ドローンはゲームチェンジャーではなく、バイラクタルTB2は銀の弾丸ではない

 一方ロシア軍のMALEであるオリオン無人攻撃機は投入数が少ないのか戦果報告数は少ない状態です。小型無人機の弾着観測用のオルラン10無人機は大量投入され続けており、対ドローン電子妨害銃や携行地対空ミサイルで撃墜され消耗数も非常に多いのですが、製造コストが安く数があるのでまだ余裕があり、砲撃戦で味方砲兵の目となる目的で活用されています。

 自爆無人機についてはウクライナ軍がスイッチブレード300、ロシア軍がKUB-BLAを投入していますが、どちらも小型機であり戦車を破壊できる装甲貫通力は無く、劇的な戦果が上がっているというわけではないようです。ウクライナ軍のスイッチブレード600とフェニックスゴーストは戦車も破壊可能な威力を持つ自爆無人機ですが、戦果報告がまだありません。フェニックスゴーストに至っては未だに機体の形状すら不明な謎の存在のままです。

 攻撃ヘリコプターの投入は両軍とも続いており、超低空を飛行する様子が映像でも度々確認されています。しかし損害が大きな接近攻撃を避けたいのか、低空飛行から上昇に転じ上向きの角度を付けてロケットランチャーを斜め上に発射する間接射撃を両軍の攻撃ヘリコプターが行っています。この「空飛ぶ砲兵」的な遠隔攻撃の運用はソ連時代からマニュアル化された戦法のようです。ヘリコプターだけでなくSu-25攻撃機でも同様の戦法が確認されています。

関連:攻撃機や攻撃ヘリがロケット弾を「斜め上」に発射して遠隔攻撃する戦法

海上戦について

 ロシア海軍黒海艦隊の巡洋艦モスクワをウクライナ軍がネプチューン地対艦ミサイルで撃沈した影響は大きく、ロシア海軍は地対艦ミサイルを恐れてウクライナ沿岸には容易に接近できなくなり、揚陸艦を用いたオデーサ市への上陸作戦の実行が困難になりました。

関連:ネプチューン地対艦ミサイルによる巡洋艦モスクワ撃沈の衝撃

 現在はルーマニアとウクライナの国境線沿岸の30km沖合いにあるズミイヌイ島(蛇島)の攻防が海上戦の主体となっています。ロシア側の広域防空任務を担当していた巡洋艦モスクワが消えたため、ウクライナ軍機の活動が活発になりました。ウクライナ軍はズミイヌイ島に対しバイラクタルTB2無人機とSu-27戦闘機で空爆を行い、ロシア軍はなんとか島を維持しようと増援を送り続けています。

 ただし現状ではウクライナ軍は島を無理に奪還しようとせずに攻撃を続けて、ロシア軍に出血を強いる選択をさせているように思えます。また現状ではズミイヌイ島にロシア軍のトール短距離地対空ミサイルが3~4両ほど新たに搬入されているようで(衛星画像で確認)、ウクライナ側の空爆が難しくなっているようです。

 そして新たな動きとして、ウクライナのクレーバ外相は5月31日、穀物輸出のためのパートナー国海軍との国連主導の作戦に取り組んでいるとTwitterで表明しています。

 これは何を意味するのかまだ不明ですが、国連主導の他国海軍の艦隊で輸送船団を護衛してウクライナのオデーサ港から穀物を輸出するという話になるのであれば、この護衛艦隊がロシア軍と対峙する可能性が出て来ます。

 その場合はロシア海軍黒海艦隊のキロ級潜水艦と、クリミア半島に配置された地対艦ミサイルシステム「バスチオン」が非常に厄介な存在となるでしょう。バスチオンのオーニクス巡航ミサイルはマッハ2.6の超音速で飛翔する強力な対艦兵器です。

 オーニクス巡航ミサイルは対艦攻撃だけでなく限定的な対地攻撃も可能で既にオデーサ市への攻撃にも投入されていますが、今後の展開次第では本来の対艦兵器として強力な抑止力を発揮しかねないという事態になります。

【この記事は、Yahoo!ニュース個人編集部とオーサーが内容に関して共同で企画し、オーサーが執筆したものです】

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人兵器(ドローン)、ロシア-ウクライナ戦争など、ニュースによく出る最新の軍事的なテーマに付いて兵器を中心に解説を行っています。

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