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ネプチューン地対艦ミサイルによる巡洋艦モスクワ撃沈の衝撃

JSF軍事/生き物ライター
ウクライナ防衛企業ウクロボロンプロムよりネプチューン地対艦ミサイル

 現地時間4月14日(日本時間4月15日)、ロシア国防省の発表によるとロシア海軍の黒海艦隊旗艦である巡洋艦「モスクワ」が曳航中に沈没しました。前日に爆発炎上し総員退艦、その後まだ浮いていたのでセヴァストポリ港に戻ろうと曳航している最中でした。

 ウクライナ側は前日に地対艦ミサイル「ネプチューン」2発を巡洋艦モスクワに命中させて撃破したと主張しています。ロシア側はこれを認めていませんが、どちらにせよ艦は失われました。

 ロシア海軍黒海艦隊旗艦スラヴァ級ロケット巡洋艦モスクワ撃沈。その衝撃は戦史に永久に刻まれることになるでしょう。ウクライナ海軍地対艦ミサイル部隊の大戦果であり、ロシア海軍の大失態となります。

巡洋艦「モスクワ」を喪失した意味

ロシア国防省よりスラヴァ級ロケット巡洋艦「モスクワ」
ロシア国防省よりスラヴァ級ロケット巡洋艦「モスクワ」

 巡洋艦モスクワはロシア海軍黒海艦隊旗艦であり、黒海艦隊の中では最大最強の艦でした。ただし主兵装の超音速対艦ミサイル「P-1000ヴルカン」には対地攻撃能力は無く、ウクライナとの戦争でこの艦は広域防空艦として価値を発揮していました。

 長距離艦対空ミサイル「S-300F」を搭載した巡洋艦モスクワはウクライナ南部の黒海沿岸の沖合いに進出し、防空網の一角を担っていました。長射程の対空ミサイルでウクライナ空軍機の活動を妨害していたのです。

 これが消えました。ロシア海軍黒海艦隊には他に広域防空艦は居ません。ウクライナ空軍は南部での行動の制約が大きく解かれたのです。

 また、これでもうロシア軍は揚陸艦隊を用いてオデーサに上陸作戦を行うことが困難になりました。ロシア艦隊は地対艦ミサイルを恐れて、容易には沿岸に近付けなくなった筈です。

 そして首都モスクワの名前を冠する軍艦の喪失はロシア全軍どころかロシア全国民の士気を下げ、ウクライナの士気を大きく向上させることになります。

地対艦ミサイル「ネプチューン」

ウクライナ国防省よりネプチューン(試作型車両)。前方の丸いものは発射筒の蓋
ウクライナ国防省よりネプチューン(試作型車両)。前方の丸いものは発射筒の蓋

 ウクライナ語”Нептун”の発音は「ネプトゥーン」の方が近く、英語のNeptune(ネプチューン)と語源は同じでローマ神話の海神の名前です。

 ネプチューンは亜音速の対艦ミサイルで、アメリカ軍のハープーン対艦ミサイルやロシア軍のKh-35対艦ミサイルとよく似た性能です。固体燃料ロケットブースターで加速した後にジェットエンジンを始動して巡航し、海面を這うような低い高度で飛んで行きます。

 ネプチューンはウクライナ国産の新兵器で生産に入ったばかりであり、開戦前のスケジュールでは最初の1個大隊の編成完了が4月予定だったので、ぎりぎりでロシアとの戦争に間に合いました。ネプチューン地対艦ミサイル1個大隊は4連装発射機が6両で1斉射24発、予備弾含め3斉射分72発が定数となっています。

 ウクライナ海軍の想定ではトルコ製「バイラクタルTB2」無人偵察攻撃機で洋上索敵を行い目標艦を発見したらネプチューン地対艦ミサイルで攻撃するという手順を予定していましたが、実際の巡洋艦モスクワ攻撃ではどのような攻撃方法だったのかはまだ発表がありません。

 なおロシア海軍は巡洋艦モスクワが被弾する2日前に、黒海艦隊のフリゲート「アドミラル・エッセン」がウクライナ軍のバイラクタルTB2無人機を撃墜したことを誇る動画をUPしていました。これはウクライナ軍がドローン(無人機)による洋上索敵を積極的に行っていた可能性を示しています。

 あるいは無人機のバイラクタルTB2はロシア海軍を油断させるための囮で、本命の対艦索敵はアメリカ軍の偵察手段だった可能性もあります。一部のウクライナ報道ではバイラクタルTB2を囮に使ってその隙にネプチューンで攻撃した戦法が示唆されています。

 黒海にはアメリカ軍の大型無人偵察機「グローバルホーク」が開戦後も頻繁に飛んで来ていたので、巡洋艦モスクワの位置情報の提供を行っていた可能性があります。ただしこれが仮に事実だとしても公表したらロシアを怒らせるので、黙っている筈です。

 まだ不明な点は多いのですが、今回のネプチューンによる歴史的な大戦果の詳細はいずれ明らかにされていくことでしょう。

追記:4月18日に公開された巡洋艦モスクワ炎上写真

追記:ウクライナのゲラシチェンコ内相顧問が4月18日に公開した沈没寸前のモスクワ
追記:ウクライナのゲラシチェンコ内相顧問が4月18日に公開した沈没寸前のモスクワ

 ネプチューン対艦ミサイルの被弾状況は横方向からにもかかわらず、巡洋艦モスクワに1基のみ装備されている後部の火器管制レーダー「3R41ヴォルナ」が真後ろの通常状態を向いており、戦闘状態に無かった可能性があります。

 つまりバイラクタルTB2無人機による囮は使われておらず、単純に油断していただけだったのかもしれません。もし囮が使われていたなら、火器管制レーダーが向いている方向とは逆方向からネプチューン対艦ミサイルが着弾している筈です。

 巡洋艦モスクワは低空を飛んで来たネプチューン対艦ミサイルに捜索レーダーがぎりぎりまで気付かず、火器管制レーダーを目標に向けることすら出来ていなかったのかもしれません。

追記2:巡洋艦モスクワ撃沈の真相? 索敵に成功した驚きの理由を報じたウクライナ紙(2022年12月14日)

【参考外部記事】ウクライナ軍事ポータルサイト「Український мілітарний портал (ウクライーンシクィー・ミリタルニィー・ポルタル)」の英語版記事より。

※なおネプチューンの発射車両は試作型と量産型で車両が異なります。

  • 試作型の発射車両:КрАЗ-7634НЕ(ウクライナ製)
  • 量産型の発射車両:タトラT815-7(チェコ製)
ウクライナ国防省の広報サイトАрміяInformよりネプチューン地対艦ミサイル(試作型)
ウクライナ国防省の広報サイトАрміяInformよりネプチューン地対艦ミサイル(試作型)

VoidWanderer氏撮影、2021年キーウ。ネプチューン地対艦ミサイル(量産型)
VoidWanderer氏撮影、2021年キーウ。ネプチューン地対艦ミサイル(量産型)

軍事/生き物ライター

弾道ミサイル防衛、極超音速兵器、無人戦闘兵器、オスプレイなど、ニュースに良く出る最新の軍事的なテーマに付いて解説を行っています。

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