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自民「全敗」立民「全勝」と「完敗」の維新と小池は何を物語る

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(750)

卯月某日

 自民党の裏金問題が焦点となる中、衆議院の3つの選挙区で行われた補欠選挙は、予想通り自民党が全敗し、立憲民主党が全勝した。

 選挙前にメディアは「自民党が全敗すれば、岸田おろしが始まる」と騒ぎ立てていたが、全敗が現実になっても「岸田おろし」が始まる気配はない。おそらく自民全敗と立民全勝は岸田総理の想定内で、それは岸田シナリオを狂わせるものではない。

 この3つの補欠選挙の結果で「6月解散説」は消え、来年の衆参ダブル選挙の可能性が高まる。解散の時期を来年の衆参ダブルだと主張してきたフーテンからすれば、岸田総理の思い通りだと言える。

 選挙の全敗が岸田シナリオを可能にするという一見矛盾した根拠を解説する。岸田総理が誕生したのは21年10月4日である。前任の菅義偉総理は自身の自民党総裁任期が9月30日、そして衆議院議員の任期が10月21日に迫っていても支持率が上がらず、解散が打てる状況ではなかった。

 そのため9月3日、菅総理は自民党総裁選挙に不出馬を表明し、河野太郎氏を後継総裁に推したが、安倍元総理の推す岸田文雄氏に敗れ、岸田政権が誕生した。岸田総理は就任10日後の14日に衆議院を解散し、31日に総選挙を行った。菅前総理の退陣は選挙を目前にした時の支持率が低かったためである。

 岸田総理は最初の人事で安倍元総理の地元で親の代からの天敵である林芳正氏を外務大臣に起用し、さらにこの選挙で林氏を将来の総理候補にすべく参議院から衆議院に鞍替えさせた。これは究極の安倍潰しである。

 安倍派が最大派閥で岸田派が弱小派閥である以上、岸田総理は最大派閥を弱体化させない限り、自分の思う政治ができない。かつて田中角栄氏に総理にしてもらった中曽根康弘氏が田中氏を裏切り、また金丸信氏に総理にしてもらった竹下登氏が金丸氏を裏切る様をフーテンは取材してきた。岸田総理の安倍潰しは権力の本性そのものだ。

 岸田総理が解散を打つ時、最大派閥を転落させる状況を作らなければ意味がない。翌22年の参議院選挙で自民党は圧勝し単独過半数を獲得した。さらに安倍元総理が銃撃され亡くなった。亡くなったとはいえ最大派閥は残っている。これを弱体化するため岸田総理は森喜朗氏に接近し、森氏を使って安倍派が一本化されないようにした。

 参議院選挙の頃、「黄金の3年間」という言葉が流行した。次の参議院選挙の25年夏までは国政選挙がないので総理は支持率など気にせずじっくり政策を遂行できるという意味だ。この「黄金の3年間」を岸田総理は実行している。来年夏の参議院選まで支持率を気にしなければやりたいことをやれるのだ。

 参議院選挙と同時に衆議院選挙を行えば、与党に有利な選挙ができる。その選挙で安倍派を最大派閥から引きずりおろす。フーテンが岸田シナリオとして考えたのはそのような展開だった。

 ところが昨年から東京地検特捜部が岸田政権の存続に貢献するかのごとき動きを始めた。まず昨年夏に自民党総裁選で最大のライバルとなる河野太郎氏の右腕、秋本真利衆議院議員を洋上風力発電汚職で逮捕した。この捜査は再生可能エネルギーの推進を政権の看板にした菅前総理にも打撃を与える。

 同時にその頃から特捜部は自民党の派閥関係者を事情聴取し、昨年末に安倍派と二階派の強制捜査に着手した。これで安倍派の組織ぐるみの裏金疑惑が炙り出され、国民の怒りに火をつけた。

 すると菅前総理と小泉進次郎氏が「派閥解消」を言い出し、それと連動するように岸田総理は「宏池会」解散を宣言する。最大派閥の安倍派も解散せざるを得なくなり、森山派と二階派が同調したから、これらの派閥は岸田総理と歩調を同じくする。

 茂木派と麻生派は抵抗したが、茂木派も解散に追い込まれ、今では麻生派だけになった。派閥の解消は岸田総理の人事権を強め、さらに派閥のパーティ禁止で資金面でも岸田総理に力が集中する。

 一方で岸田総理は徹底して森喜朗氏をかばい、裏金問題での批判を自分が集中的に浴びることで、国民からは批判されても自民党内から批判が起こりにくい状況を作りだした。つまり秋の自民党総裁選で岸田氏の再選を阻む力が自民党内にはない。

 メディアが「補欠選挙が全敗なら、岸田おろしが始まり、6月に破れかぶれ解散になる」と無責任な報道をするのはただの願望に過ぎない。岸田おろしは選挙が現実の問題にならなければ起きない。自分の政治生命がかかる選挙を前にして初めて自民党議員は支持率の低い総理を交代させる。

 だから補欠選挙の全敗で解散が遠のけば、岸田総理の思い描く来年のダブル選挙が近づく。そして世界に目を転ずれば、欧州でも中東でもアジアでもかつてない変化が起き、米国大統領選挙でトランプ前大統領が復活でもすればさらに世界は激変する。岸田総理は低支持率に耐え、「政治とカネ」が吹き飛ぶのを待っている。

 一方、補欠選挙で全勝した立憲民主党の泉健太代表も引きずり降ろしの危機を免れた。野党第一党でありながら世論の支持率で自民党に大きく引き離され、最近では野党の中でも維新より低い時がある。維新が「立民を叩き潰し、野党第一党を目指す」と宣言するのが説得力を持つ状況になった。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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