トランプ暗殺未遂事件とバイデン選挙戦撤退の劇的展開でアメリカ民主主義の意味が問われる
フーテン老人世直し録(763)
文月某日
バイデン大統領が日本時間の22日午前、大統領選挙戦からの撤退を表明し、カマラ・ハリス副大統領を後任の大統領候補として支持する考えを表明した。
現職大統領が大統領選挙からの撤退を表明するのは、ベトナム戦争で国民に不人気だった民主党のジョンソン大統領以来56年ぶりだ。しかしジョンソンが撤退を表明したのは3月末で、今回のように全国党大会で正式指名される直前の撤退は前例がない。
バイデンの撤退は、オバマ元大統領やペロシ前下院議長、シューマー上院院内総務ら党幹部の撤退圧力の結果だが、本人は直前まで選挙戦を継続する意思を表明し、クリントン元大統領夫妻や左派系議員の一部はそれを支持していた。
撤退表明を受けてクリントン夫妻は「ハリス支持」を表明したが、2人の元民主党大統領はバイデンの進退をめぐり異なる立場を表面化させた。そして問題はバイデンの後継指名で大統領候補者が決まることの是非である。
バイデンはすでに一般党員の投票によって勝利が決定的だ。しかしハリスは一般党員から大統領候補に選ばれていない。通常なら各州から選ばれた代議員が一般投票の結果を代行し党大会でバイデンに投票する。しかし今回は代議員がバイデンに投票できない。
本来なら予備選挙をやり直さなければならないが、その時間的余裕がない。党大会で代議員に自由に投票させれば結果はバラバラになる恐れがある。そのためバイデンの推薦で候補者をハリスに一本化しようとしているが、古代中国の「禅譲」ではあるまいし、後継指名は民主主義として許されるのか。
ハリスが民主党の大統領候補になれば、それは共和党の候補者となったトランプ前大統領とは真逆のケースとなる。共和党の中でトランプはアウトサイダーだ。共和党主流や幹部はみなトランプを敵視している。それをトランプは一般党員の下からの力で打ち破って候補者になった。
トランプは民主主義の破壊者だと民主党は言うが、もし大統領選挙がトランプ対ハリスの戦いになれば、下からの力で候補者になった者と上からの力で候補者になった者との戦いになり、どちらが民主主義を体現しているかが問われる。
共和党の全国党大会でトランプの指名受諾演説は1時間32分と史上最長の演説だった。冒頭は穏やかだったが後半はバイデンを「米国史上最悪の大統領」とこき下ろし、バイデンが独裁者として嫌悪するハンガリーのオルバン首相や北朝鮮の金正恩総書記に言及して、自分が大統領になれば第三次世界大戦の危機はなくなると主張した。
演説を見ていた米国CNNテレビの政治記者たちは、「この演説で喜んだのは民主党側だ。穏健な演説をされたら民主党には不利だったが、これなら共和党側が不利になる」と口々に言った。つまりトランプが中道に寄れば、これまで以上の支持を集めることができ、民主党には脅威だというのだ。
CNNは民主党寄りのメディアだから、民主党寄りのジャーナリストたちはそういう見方をする。しかしフーテンはそれとは真逆のことを考えた。これは明らかにバイデンに対する挑発だ。トランプはバイデンが挑発に乗ることを狙い、挑発に乗ればバイデンは選挙戦から撤退しない。民主党は混乱し、収拾がつかなくなる。
トランプは自分が中道に寄って支持を拡大しようとはつゆほども思っていない。それより民主党の言う民主主義の偽善と駄目さを露呈させ、民主党への国民の支持を減らすことを考えている。それをCNNの記者たちは分かっていない。
なぜなら記者たちは自分たちの立ち位置が正しいと思っている。民主主義という人類普遍の原理に立てば誰も逆らえないと考えている。そしてトランプ支持者を低学歴で無教養の人間だと見下している。これは民主党だけでなく共和党も含めたエリートたちの考えだ。
そうした考えにトランプは反撃し、エリートたちが嫌悪する独裁者たちとの関係を強調した。今年に入ってからトランプはハンガリーのオルバン首相と2回会談した。ハンガリーがEUの議長国になる前の3月に1回目の会談を行い、5月に議長国になるとオルバンは精力的に動き出した。
7月2日にウクライナのゼレンスキー大統領、5日にロシアのプーチン大統領、8日に中国の習近平国家主席と会談した後、11日に再びトランプと会談したのである。この動きに西側各国は批判的だ。しかしこれはゼレンスキーの希望によるもので、ゼレンスキーはバイデンに戦争支援を要求しながら、和平についてはトランプを頼っている。戦争はバイデン、平和はトランプという二股外交だ。
トランプからすれば、民主主義の理想を高らかに言うエリートたちが、その裏側で戦争を遂行する嘘と欺瞞を暴いて見せようと考えているのだろう。だからバイデンを挑発し、選挙戦を継続させるよう仕向けたが、結局バイデンは撤退した。
しかしその過程でオバマとクリントンが異なる対応を見せたことにフーテンは興味を覚えた。そしてオバマとクリントンに代表されるリベラル・デモクラシーの裏側を見せられたことを思い出した。オバマが二期目の大統領選挙で共和党のミット・ロムニー候補に苦戦した時、オバマを救ったのは国民に人気のあるクリントンだった。
クリントンは「みなさん!ウサマ・ビン・ラディンを殺したのはオバマですよ。GMを救ったのはオバマですよ」と言ってオバマを応援した。「GMを救った」とはどういう意味か。日本のトヨタ自動車に濡れ衣を着せ、リコール運動を起こさせてGMを救ったのである。
ところが日本ではトヨタが濡れ衣を着せられたことを報道しない。なぜ日本のメディアは日本の企業に厳しくアメリカに都合の良い報道ばかりするのか、アメリカを取材するたびにフーテンが感じてきた疑問である。
トヨタは08年にGMを抜いて販売台数世界一になった。翌09年1月にオバマが大統領に就任する。6月にGMが破産し再建への道を歩みだした。すると11月から10年2月にかけて、トヨタ車のアクセルペダルに不具合があり、死亡事故が連続していると大騒ぎになった。
10年2月に豊田章男社長が米国議会の公聴会に喚問され、涙を流して謝罪する記者会見が全米に放送された。トヨタ車は信用を失い1000万台がリコールされた。日本のメディアはトヨタの気の緩みや甘さを批判した。オバマは10月の中間選挙で下院は負けたが上院では過半数を死守した。
選挙が終わると米運輸省は、トヨタ車に欠陥はなく、事故原因は運転ミスだったと発表した。それを報道する日本の新聞記事は拡大鏡で見なければ気が付かないほど小さかった。テレビでは誰も騒がない。フーテンはそれが民主主義を標榜するアメリカと、アメリカの奴隷である日本の報道の、いつものやり方であることを苦々しく思った。
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