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生活を犠牲にする仕事、名ばかり個人事業主〜日本でも身近な問題を描く『家族を想うとき』

やつづかえりフリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)
photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

■セブン-イレブンとローソン「元日休業実験」の裏で「元日ストライキ」も

コンビニ加盟店のオーナーらでつくる「コンビニ関連ユニオン」が、全国のコンビニに元日の休業を呼びかけています。

セブン-イレブン・ジャパンとローソンは、来年の元日に都内の数十店舗を休業にする実験を行う予定ですが、中部地方でローソンを経営するオーナーによると「地方の店舗は(元日の休業を)希望しても断られた」とのこと(コンビニオーナーらで作る組合 “一部店舗で元日営業拒否”(NHK 2019年12月11日のニュース)より)。

契約上、本部の許可なしに休業したフランチャイズ加盟店は、違約金などを課される可能性があります。しかしユニオンは、元日の休業を「労働改善を求めるためのストライキ」と位置づけています。

加盟店のオーナーにストライキの権利があるかどうか、つまり「労働組合法で保護される労働者」であるかどうかは見解が分かれ、裁判が続いています(参考:コンビニオーナーたちの求めた「団体交渉」はなぜ認められるのか? その「意義」とは(今野晴貴))。

ですが、今年8〜9月に経済産業省が実施したオーナーヒアリングで挙がった下記のような意見からも、本部が圧倒的に強い立場にあって加盟店の裁量が少なく、加盟店オーナーは会社の労働者に近い状態だと考えられます。

・本部が決めた利益配分の仕組みやシステムに対し、加盟店はそれを契約するか、しないか、二択しかない。

・旅行や冠婚葬祭時はサポートすると謳っていたのに実行できなくなっていたり、一方的に契約内容が変わったりということが日常茶飯事。

・人件費でもこれだけ違うのに、なぜ日本全国同じ値段で売らなきゃいけないのかというのが分からない。

(経済産業省 第3回新たなコンビニのあり方検討会「調査報告資料(オーナーヒアリング)」より抜粋)

出典:経済産業省 第3回新たなコンビニのあり方検討会「調査報告資料(オーナーヒアリング)」

■イギリスの宅配ドライバーの労働実態を描いたケン・ローチ監督最新作

「社員ではなく、独立した個人事業主」とみなされて有給休暇や社会保障がないにも関わらず、契約条件を交渉したり自分の働き方を決める自由もないーーこの状態は、「名ばかり個人事業主」と言っても良いでしょう。

この「名ばかり個人事業主」の問題をリアルに描いた映画が、ケン・ローチ監督の最新作『家族を想うとき』(12月13日公開)です。

『家族を想うとき』配給:ロングライド (C)Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinema and The British Film Institute 2019
『家族を想うとき』配給:ロングライド (C)Sixteen SWMY Limited, Why Not Productions, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinema and The British Film Institute 2019

この映画の主人公リッキーは宅配ドライバー、妻のアビーは訪問介護士として働きながら、16歳の息子と12歳の娘を育てています。

ふたりとも会社の社員ではなく、運んだ荷物の数、あるいは訪問介護の件数で報酬が決まるという不安定な状態にあります。また、どちらも非常に仕事の量が多く、リッキーの場合は大量の荷物を個人宅に時間通りに届けるため、携帯端末が発する指示を受け、休むまもなく街中を走り回ります。トイレに行く時間もないので、荷台に尿瓶代わりのペットボトルを置いているほどです。

訪問介護の仕事をするアビー photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019
訪問介護の仕事をするアビー photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

アビーは「介護する相手を自分の親だと思って接する」という信条があり、仕事に誇りを持っています。でも、1日に何件もの家を回るために一人ひとりの介護に十分に時間をかけられないというジレンマを感じたり、報酬にはつながらない移動時間が多く、子どもたちと夕食も一緒に食べられない、といった状態に疲れ果てています。

どちらも、借金を抱える生活を抜け出して家族で幸せになりたい、いつかはマイホームを買って落ち着きたい、と頑張っているのです。でも、仕事に振り回される両親のもとで子どもたちもストレスをため、忙しさゆえに親としての対処が遅れ……という負のスパイラルで家庭の状態が悪くなっていきます。

■「何かあったとき」にリスクが表面化する個人事業主や非正規雇用という働き方

リッキーは配達用の車を購入して宅配ドライバーの仕事を始めた photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019
リッキーは配達用の車を購入して宅配ドライバーの仕事を始めた photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

長時間労働で家族と過ごす時間が取れないというのは、日本ではおなじみの問題です。その点では、待遇面で恵まれた正社員の方も、この映画を観て身につまされるところがあるでしょう。

ただ、自分や家族になにか問題が起きたとき、労働者として保護される正社員と、そうでない個人事業主や非正規雇用者の違いが表面化します。息子のことで警察に行かなければいけない、怪我を負って動けないーーそんなときでもリッキーは、仕事を休むには自分の代わりのドライバーを見つけることを要求され、それができなければ多額のペナルティを課されるのです。

リッキーはドライバーの仕事を始めるとき、妻が仕事で使っていた車を売って配達用の車を手に入れています(アビーはバスで訪問介護先を回ることになり、ますます家にいる時間が削られることになります)。投資を回収し、ペナルティを支払うために、リッキーは何があっても働き続けなければいけないという精神状態に追い込まれ、家族との溝はますます深まっていくのです。

■理不尽なシステムを変えるには、世論や労働者の団結が必要

ドライバーたちに高圧的に接する倉庫のマネージャーのマロニー photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019
ドライバーたちに高圧的に接する倉庫のマネージャーのマロニー photo: Joss Barratt, Sixteen Films 2019

映画では、リッキーに何があっても同情せず、会社の都合の良いように働くことを要求する非人間的なマネージャーの存在が際立って見えます。しかし、彼は彼でほかの配達エリアとの競争にさらされており、会社が求める成果を出すにはドライバー達を酷使せざるを得ないという状況もうかがえます。そのことに良心の呵責を感じたとしても、会社の方針に逆らえば自分の立場も危うい状況下で行動を起こすことは難しいでしょう

これは、日本のコンビニ業界も同じです。加盟店オーナーに直接接する社員は、オーナーの過重労働や不利な契約条件に問題を感じているはずです。でも、改善のために動く勇気のある人、実際に会社を動かす力を持つ人は少ないと思われます。

セブン-イレブンは今年になって時短営業のガイドラインを出したり、元日休業の実験を計画したりしていますが、これはコンビニのやり方を疑問視する世論の後押しがあったからでしょう。

また、最近では同じ立場の個人事業主たちが「ユニオン(労働組合)」を結成し、団結して待遇改善を求めていく動きも注目されています。

10月にはウーバーイーツの配達員が「ウーバーイーツユニオン」を結成しました。また、2009年に設立された「コンビニ加盟店ユニオン」は、本部や国会議員などに働きかけたり、先に触れたコンビニ加盟店オーナーを労働組合法上の労働者と認めるよう求める訴訟を起こすなど、オーナー個人ではできないことを集団の力で進めています。

誰もがおかしいと感じる理不尽な契約や働き方でも、長年にわたって築き上げられたビジネスモデルゆえに簡単にはやめられないーーこういったことを変えていくためには、世論と労働者の団結とが非常に重要だと思います。

■自己責任論を超える想像力を

私がこの映画を観て特に印象に残ったのは、リッキーとアビーに否はないのに、大きな困難に見舞われているという理不尽さです。

リッキーは若いときは建設作業員として真面目に働き、マイホームの購入も決して不可能な夢ではなかったようです。しかし、金融危機の影響で住宅ローンが組めなくなっただけでなく、安定した職も失い、そこから人生が上手く行かなくなってしまったのです。

不安定な生活をしている人に対して、私たちはつい「もっと違う職業を選べばよかったのに」とか「本人の努力が足りなかったのではないか」といった「自己責任論」を当てはめがちです。でも、『家族を想うとき』を観ていると、自己に責任がなくても理不尽な目に遭っている人がたくさんいるのだということに気付かされます。そして、自分や身近な人だって、いつ人生につまづくかわからない、という不安にも襲われます。

「明日は我が身かも」という不安から解放されるには、つまづいても救われる世の中、なるべくどんな立場の人にも生きやすい世の中をつくっていくしかありません。そのためにはまず、今の自分とは違う人たちのことを想像し、現状の問題点に気づくことが必要です。『家族を想うとき』は、観る人にそのような想像のきっかけを与える映画です。

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フリーライター(テーマ:働き方、経営、企業のIT活用など)

コクヨ、ベネッセコーポレーションで11年間勤務後、独立(屋号:みらいfactory)。2013年より、組織人の新しい働き方、暮らし方を紹介するウェブマガジン『My Desk and Team』を運営。女性の働き方提案メディア『くらしと仕事』(http://kurashigoto.me/ )初代編集長(〜2018年3月)。『平成27年版情報通信白書』や各種Webメディアにて「これからの働き方」、組織、経営などをテーマとした記事を執筆中。著書『本気で社員を幸せにする会社 「あたらしい働き方」12のお手本』(日本実業出版社)

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