【宝塚市】世界に誇る日本の優れた現代アートが、関西の地方都市・宝塚で鑑賞できる理由。
今年で開館5年目を迎える宝塚市立文化芸術センターさん。企画展のほか、絵画からオブジェまで和洋・プロアマを問わない作品が観られるスペースに、宝塚の名産品や雑貨・スイーツといった人気ショップを集めたマルシェを開催するなど、身近で文化芸術に触れ、交流する場として宝塚市民に親しまれています。
ところが、世界的な作家による現代美術の展覧会が定期的に開催されていることはあまり知られていません。しかもその多くは宝塚ゆかりのアーティストによるもの。今回は、実はすごい宝塚のアートな一面をご紹介します。
宝塚の優れたアーティストを紹介するMade in Takarazukaシリーズ
宝塚市立文化芸術センターは、阪急・宝塚南口駅から徒歩6分。宝塚市立手塚治虫記念館に隣接し、なだらかで開放感のあるスロープと階段、そして明るい緑の庭が印象的な公共施設です。
長年レジャーランドとして市民に愛された宝塚ファミリーランド/宝塚ガーデンフィールズ跡地のうち約1ヘクタールを、宝塚市が阪急電鉄株式会社から買い上げて建設されました。メインギャラリーを含む複数の展示スペースがあり、庭をのぞむガラス張りの陽光溢れるホワイエにはライブラリーやキッズコーナーが併設され、さらには屋上庭園が設けられるなど、誰もが気軽に自然や文化芸術に親しめる空間となっています。
2020年4月に開館の予定でしたが、コロナ禍による緊急事態宣言で延期となり、同年6月に、メインギャラリーなどの一部のみという制限付きながら、ようやくオープンとなりました。
開館記念展として開催されたのは、宝塚に住む世界的アーティストたちの作品を一挙に展示し、豊かな芸術・文化を育む宝塚の魅力を伝える「宝塚の祝祭I―Great Artists in Takarazuka」展です。
その後、年に1回のペースで、それぞれのアーティストを改めてひとりずつ紹介する企画展「Made in Takarazuka」シリーズが始まりました。
Great Artistが宝塚に集まるミステリー
Made in Takarazukaシリーズは、2024年8月の時点で第4回まで開催されています。紹介されたアーティストは、日本洋画界の巨匠から、プラティスラヴァ世界絵本原画展グランプリを受賞した前衛美術家、Apple社の白箱パッケージデザインを担当したグラフィックデザイナー、ヴェネツィア・ビエンナーレの金獅子賞など国内外で受賞歴がある建築家、と実に多彩です。皆さんの共通点はただひとつ、宝塚市民であること。
「偉大なアーティストたちが、なぜこんなにも多く宝塚に集まってきたのか、私にも謎です」
と、同センターの加藤義夫館長は言います。
加藤さんは、現代美術評論家、インデペンデント・キュレーターとして活躍されています。朝日新聞で美術評論を執筆し、現代美術展覧会の企画・制作・運営に関しては30年以上のキャリアがあるそう。Made in Takarazukaシリーズは、加藤さん自身が1970年代半ばから90年代後半に出会った宝塚の作家たちで構成され、長年培ってきた加藤さんの経験とネットワークによって、はじめて実現が可能になりました。
現代美術はむずかしい?
ここまで読んでいただいて、「なんだかすごそうだけど、現代美術って何を楽しめばいいのかわからない」と思った方は多いのではないでしょうか。
現代美術とは、大ざっぱにいって20世紀後半(第二次大戦以降)から21世紀に生まれた美術全般を指します。絵画や彫刻といった分かりやすいものだけでなく、見たこともない形のオブジェや、石や砂などの自然物、映像を使ったインスタレーションなどさまざまな形があり、その自由さゆえに「わからない=むずかしい」という感想につながりがちです。
「現代美術はわからないですよ。僕自身もわからないものはいっぱいあるし、つくっている作家さんご本人がわかっていないこともあります」
と、加藤さん。
わからないけど気になって何度も観ているうちに、「なんだかわからないけど好き」な作品ができ、新しい世界への扉が開かれていくのが現代美術のおもしろいところだそう。ジャッジすることなく、言葉に頼らず、からだの奥深くにある原始の感性を開き、心地良さも気持ち悪さもすべてひっくるめて、ただ受け止める。受け止めたものは、後から時間をかけてじっくりと味わえばいい。そういう意味では、ちょっと面倒臭いアートといえるかもしれません。
けれど、優れたアーティストの作品からは、間違いなくこころを揺さぶるエネルギーが伝わってきます。知識がなくても、根っこをつかんで楽しめるのがアートの凄いところ。素直にエネルギーへと身をゆだねれば、現代美術の面白さがみえてきます。
筆者が観たGreat Artist
残念なことに筆者は開館記念展を観ておらず、同様にMade in Takarazukaシリーズの第1回~第3回は未見です。この企画展の存在を知ったのは、第4回の「入るかな?はみ出ちゃった。~宮本佳明 建築団地展」(2023年)からでした。
宮本さんのアトリエである「ゼンカイ」ハウス(阪神淡路大震災で被災した築110年の木造長屋を鉄骨で修復したもの)の存在は知っていましたが、建築について知識があるわけではありません。
仕切りを取り払い、メインギャラリー全体をひとつのスペースとして、宮本さんの代表作を網羅した原寸大模型たちの展示は迫力がありましたが、正直なところ、何をどう楽しめばいいのか、はじめは戸惑いがありました。
ところが何度か通ううちに、みたこともない形に囲まれたこの空間に立つことで、からだの奥から湧き上がる「わくわくする気持ち」を楽しめばいいということがわかってきました。壁から生えたような、思わず座りたくなる美しい大屋根のラインや、フロアを区切る鉄の曲線を自分の足でどんどん飛び越えていく面白さ。自由に歩き回るうちに、木登りや鬼ごっこなどをした子供のころの記憶が蘇ってきます。怖いもの知らずのわんぱくだった日々を思い出すことで、今の自分が元気になるのが楽しい。宮本さんへの取材や著書を通して、震災がもたらしたものや人が暮らす器(うつわ)としての建築の奥深さに気付くのは、鑑賞してから更にずっと後のことです。
宮本佳明さんは、この「入るかな?はみ出ちゃった。~宮本佳明 建築団地」展で、令和5(2023)年度の文化庁・芸術選奨の文部科学大臣賞を受賞しています。
自然とアートの交流を試みる展覧会も
センター主催の企画展は年に4回。年に1度のMade in Takarazukaシリーズ以外にも、現代美術に造詣が深い加藤館長ならではの展覧会が開催されてきました。
館長職を引き受ける際に「何よりも庭に魅かれた」という加藤さん。ランドアーティストである大久保英治さんに、実際に宝塚を歩いてもらった「山と川のはざま・宝塚の時間を求めて」展(2021年)、森林の環境を守るのに需要な役割を果たすバクテリアである、粘菌と胞子をつかった髙田光治さんの「ミクロコスモス劇場展―粘菌と胞子がつむぐ物語」展(2023年)など、私たちを取り巻く自然の神秘や美しさを再発見しつつ、アートと自然が交流・対話する展示に取り組んできました。
市内から六甲山系や武庫川といった景観が臨め、西谷地区には田園風景が残るなど、豊かな土壌を持つ宝塚ならではの展覧会です。
今を生きるアーティストのライブな魅力を届けたい
センターで開催される展覧会のもう一つの見どころは、紹介するアーティストのほとんどが現役であるため、アーティスト自身から作品の解説が聞けることです。
展覧会と同時期に開催される「パートナーズサロン」は、アーティスト本人が登壇し、作品について、またMade in Takarazukaシリーズの場合は、さらにアーティストと宝塚の関わりについてのトークが開催されました。作品づくりのエピソードが聞けるなど、同じ時代・場所に生きるアーティストの「今」を感じられる人気の企画です。
なお、「パートナーズサロン」は、パートナー会員限定のイベント(要予約。当日入会可能/年会費2500円)。会員になれば、メインギャラリーで開催される当該年度の展覧会を何度でも無料で鑑賞できるのも嬉しいところ(現在は2024年度の会員を募集中)。繰り返し観ることで味わいが深まる現代美術。展覧会をじっくり楽しみたい方にお勧めです。
多くの可能性を秘めたアートなまち宝塚
宝塚市立文化芸術センターの英語名称は「Takarazuka Arts Center(宝塚アーツセンター)」だそう。「Museum(美術館)」ではなく「Arts center(アーツセンター)」なのは、所蔵品を持たないからだとか。「Arts(アーツ)」と複数形にすることで、新しい時代にふさわしい、多様な価値観の可能性を追求し、創造したいとの思いが込められています。
優れた芸術作品を保存・研究し、後世に伝える役割を担う美術館と違い、コレクションを持たないアーツセンターが目指すのは、地域社会とつながりを持ち、アートに触れる機会を増やすことで豊かな感性を育んでもらうこと。また、そうした経験を、より良いまちづくりに繋げることが目標だそう。
阪神地域の一都市として、1970年代から大阪、京都のベッドタウンとして発展し、交通の便も良く新しい住宅街として整備されてきた宝塚市。昭和の洋風モダン建築である旧松本邸や大正の和風別荘・旧山田家といった登録有形文化財や、昭和を代表する建築家・村野藤吾設計のカトリック宝塚教会など、複数の貴重な建築が現存しています。同時に、温泉やまちを囲む山並みなど自然に恵まれ、清荒神などに代表される敬虔な日本人の面影も残っています。
本稿でご紹介した以外にも、たくさんのアーティストが宝塚を拠点に活動してきました。移住の理由はさまざまで、なぜ宝塚なのかは依然として謎ですが、多彩な文化が絶妙にブレンドされたまちの空気が一役買っているのは間違いなさそうです。
定点観測のススメ
SNSが発達し、Instagramのおかげで世界の美しい風景が掌(てのひら)で簡単に見られるようになりました。映えるスイーツや、センスあふれる雑貨などカワイイものが日常に溢れ、わざわざ足を運び、お金を払ってアートを観に行かなくても十分しあわせ、という方もいるかもしれません。
アート鑑賞とは、アーティストの頭の中を覗くことです。作品制作の動機を想像し、何に心惹かれ、あるいは憤ったかを探ることで、作家自身が懸命に生き、葛藤した時間が見えてきます。
作品から受け取るものは環境や鑑賞者の体調によって変わるので、定点観測のように時間を置いて、何度も観るのがお勧めです。作家の人生を観ているつもりが、いつのまにか鑑賞者自身の人生を見つめる時間になることも。アーティストと鑑賞者の人生が交わるところに共感が生まれ、新しい世界が開かれていく。そこで生まれる静かな感動がアート鑑賞の醍醐味(だいごみ)と言えるかもしれません。そして、ひとりの人間が全存在をかけて届けるメッセージをあますところなく受け取るには、実際に展覧会に足を運び、からだ全体で鑑賞することが大切な気がします。
宝塚が育んだGreat Artistの作品を観てみよう
どんなに優れた芸術でも好き嫌いや相性があり、わざわざ観に行ってがっかりすることもないとはいえません。それでもやはり、ライブで鑑賞するのが断然面白いのは間違いありません。
現在開催中(9月1日(日)まで)の「市制70周年記念展 宝塚コレクション-宝塚市所蔵作品展-」では、前衛美術家・元永定正さん(フランスのシュヴァリエ章を受章)と中辻悦子さんの作品等を展示中。ポップでユニークな「かたち」や「色」で、誰もが笑顔になるハッピーでスケールの大きな作品は、ふだん美術鑑賞をしない方でも親しみやすい展示です。
さらに、9月14日(土)からは、加藤館長イチオシのMade in Takarazukaシリーズ vol. 5「小清水漸の彫刻 1969~2024・雲のひまの舟」が開催予定です。この展覧会は、メインギャラリーだけでなく、屋上庭園にも展示があります。全5回で企画されたMade in Takarazukaシリーズの最後を飾るのにふさわしい、自然とアートが融合したダイナミックな展示が期待されますね。
今回は、宝塚ゆかりの優れたアートを堪能できる施設、宝塚市立文化芸術センターさんをご紹介しました。将来的には、日本人だけでなく世界中のアーティストが宝塚に憧れて移住し、作品をつくってくれることが加藤館長の夢だそう。
実はすごいアートなまち宝塚。誰でも気軽に立ち寄れるセンターで、宝塚が育んだGreat Artistの作品をご覧になってみてはいかがですか。
施設情報
宝塚市立文化芸術センター
〒665-0844 兵庫県宝塚市武庫川町7-64
■ 開館時間:10時~18時
(入場は17時30分まで)
■ 休館日:毎週水曜日
■ お問合せ:TEL 0797-62-6800
■ 公式ホームページ
展覧会情報(いずれも会期終了)
「宝塚の祝祭I Great Artists in Takarazuka」(2020年)
出展作家:元永定正、中辻悦子、辻司、小清水漸、松井桂三、宮本佳明
Made in Takarazukaシリーズ
Vol 1. 「辻司 七〇年の絵路 ~メアンドロの光芒~」(2020年)
Vol 2.「中辻悦子展―WHO IS THIS? あなたは誰(だぁ)れ―」(2021年)
Vol 3.「松井桂三展|化学反応実験」(2022年)
Vol 4.「入るかな?はみ出ちゃった。~宮本佳明 建築団地」(2023年)