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【宝塚市】築110年の被災木造長屋を修復した「ゼンカイ」ハウス

ぶらっと地域情報発信ライター(宝塚市)

木造長屋にばんそうこうのような鉄のバッテン。のどかな温泉街にちょっと不思議な建物があります。「ゼンカイ」ハウスと名付けられたその家は、阪神淡路大震災で「全壊判定」を受けた長屋を修復したもの。今回は、いまなお現役のアトリエとして活躍中のゼンカイハウスをご紹介します。

搭乗型近未来ロボットのコックピット?
搭乗型近未来ロボットのコックピット?

そんなことができるなんて

ゼンカイハウスとの出合いは数年前、一枚の写真でした。ごく普通の民家の居間を横切る鉄パイプたち。異様な光景に目を奪われつつ、解説で修復した長屋と知りました。そんなことができるんだと改めて見れば、この家を残すのだ、という強烈な気迫が伝わってきます。以来ずっと気になっていました。幸運にも今年、住まい手である建築家・宮本佳明(みやもとかつひろ)氏の展覧会(2023年10月22日まで)に合わせて、期間限定で公開されることに。というわけで念願の訪問です。

長居したくなる心地よさ

右側の鉄パイプは掲示板代わり
右側の鉄パイプは掲示板代わり

訪問してまず驚いたのはその居心地のよさ。ベースとなる長屋のたたずまいは、年を経た丸みともいうべき穏やかさがあり、空間を優しく包みこんでいます。

配線はワイルド
配線はワイルド

その天井の両端には、なかなかの大きさの鉄パイプや鉄の梁(はり)が通っているのですが、動線は絶妙に避けられているので大丈夫。

本棚からはみ出して梁のなかへ
本棚からはみ出して梁のなかへ

むしろ、本が置かれたりマグネットでメモが貼られたりと、生活に溶け込んだ白い鉄たちが良いアクセントになり、少し変わったインテリアぐらいの感じです。

ちょっとシュール
ちょっとシュール

写真では圧迫感を感じた「大黒トラス」と呼ばれる基礎も、中庭状の土間に設置されているので、生活にはまったく支障がありません。

大黒トラス
大黒トラス

「できる限り残す、というのが大前提」という宮本氏の言葉どおり、加工は最小限に抑えられています。

すきま風なんて気にしない
すきま風なんて気にしない

こんなことできるんですね
こんなことできるんですね

「そうなっちっゃった」屋根瓦を貫通する鉄枠
「そうなっちっゃった」屋根瓦を貫通する鉄枠

公費解体の申請をとり下げた

被災時にゼンカイハウスを含む四軒長屋全体が「全壊判定」を受け、はじめは公費解体の申請をしたのだそう。
「けれど、10日か2週間くらいですぐに取り下げました」と宮本氏。
理由は、自身の調査で自宅は修復できると判断したから。けれど、公費の恩恵をうけとらないことが理解されづらく、なかなか取り下げさせてもらえなかったといいます。

長屋の隣家を解体して出て来た壁もそのまま
長屋の隣家を解体して出て来た壁もそのまま

諸々の手続きを終えて、実際に修復に取り掛かったのは震災から2年後でした。まず損傷を受けた軸組みに応急処置を施してから、ゆっくり修復方法を考えることに。古い建物で歪みやねじれがあったため、工事はとても大変だったそう。その場の状況に合わせて臨機応変に対応することで何とか完成したのだとか。

木造の軸組みを鉄筋で緊結したコンセプト模型
木造の軸組みを鉄筋で緊結したコンセプト模型

模型でわかるとおり、木造の軸組みは鉄骨で補強されています。

白い鉄でがっちりロック
白い鉄でがっちりロック

2階部分
2階部分

計算よりも太めに作っている

1階の鉄の梁は、計算上ではこれほど太くする必要はなかったのだそう。また、2階の天井棚も「計算上は必要ない」とのこと。
では何故そうしたのですか、と尋ねたら「怖かったから」という答えが返ってきました。

梁はこんなに太くなくてもよかった
梁はこんなに太くなくてもよかった

これほどガチガチに固めているのを見ると、やはり震災のダメージはかなり大きかったように思います。それでも、昔の造作が現在も保たれているのがすごいです。

2階はボス&スタッフの作業スペース

2階手前にはスタッフの机がずらり。高い天井と少し暗めの室内がいい雰囲気です。昭和の匂いがするレトロなスペースは、落ち着いて仕事ができそうです。
個人的には、窓の外のバッテンが萌えポイント。

透明の天井棚はなくてもよかったそう
透明の天井棚はなくてもよかったそう

さらに、無骨な鉄の向こうに見える木の梁もいいですね!

鉄と木のコラボ
鉄と木のコラボ

中にいると時代の世界線が少々ゆがみますが、それもまた新鮮です。

昭和34年!
昭和34年!

土間の中庭を挟んだ向こう側はボスの部屋。この日はミーティング中でした。

いい景色です
いい景色です

ボスの部屋にも白パイプ
ボスの部屋にも白パイプ

中をあちこち拝見すると、「こうあるべき」という概念がどんどん壊されて自由になっていく気がします。設計を考える時、この建物に影響されたりしませんか、と尋ねたら「それはありません」ときっぱり否定されました。環境と施主を基準に考える設計は、まったく別物のようです。

暖かそうな実用重視の断熱材たち。
暖かそうな実用重視の断熱材たち。

現在ではありえない急な階段も、花丸印の萌えポイントです。いい具合に摩耗した縁(へり)がたまりません。

昭和のゆったりとした時間へのなつかしさも魅力的ですが、なにより使い込まれ、暮らしてきた人たちの温もりが感じられる気持ちのいい空間で、何度でもお邪魔したくなります。

たくさんの建築家が見学に訪れる

ゼンカイハウスは1998年にJCDデザイン賞(ジャン・ヌーベル賞)とJIA新人賞を受賞し、現在もたくさんの建築家が見学に訪れるといいます。技術の高さや優れた発想など実際的な評価はもちろんのこと、個人的には、思い出の詰まった家をどうしても残したい、という若き宮本氏の闘いの記録として、魅力を感じています。

ゼンカイハウス後もたくさんの建築を手がけ、また東日本大震災というふたたび大きな災害を経たいま、ご本人にとっては30年近く前の修復に、もはや感慨はないのかもしれません。
今回お話しをうかがっているなかで、何かを思い出し考えるたびに、ぎゅっと握った手で顔を抑え、内側に入っていく様子が印象的でした。困難なことが起きるたびに考え、検討し、導き出した結論に全力を尽くす。その姿勢はゼンカイハウスの隅々で感じることができます。

ちなみに理論的には、ゼンカイハウスは7階建てまで増築が可能だそう。面白いこと考えますね。エモーショナルでパワフルな新しい建築を、これからもたくさん見せていただきたいです。

いつか7階建てになる?
いつか7階建てになる?

所在地情報

「ゼンカイ」ハウス(株式会社宮本佳明建築設計事務所)
■ 所在地:兵庫県宝塚市湯本町4-29
(電話での問い合わせはお控えください)

地域情報発信ライター(宝塚市)

カフェ、庭園、美術館、ときどき神社。新しい出会いを求めて、カメラ片手に足の向くまま、気の向くまま。歴史のあるまち、宝塚の「いま」をお届けします。執筆記事のアザーカットをInstagramで公開中。

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