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【宝塚市】繊細な一筆書きが魅力のワイヤードローイング展

ぶらっと地域情報発信ライター(宝塚市)

一本の針金を自在に曲げることで世界を紡ぎ出すワイヤーアート。2006年に「ヒトスジ」を発表して以来、一筆書き(ひとふでがき)のワイヤードローイングにこだわる宝塚市在住のアーティスト・升田学(ますだ まなぶ)さんの個展『Life in the Flow-生々流転-』が、今月開催されます。描かれるのは、流れる水のように万物が溶けあう美しいワンダーランド。アリスのように、あなたも迷い込んでみませんか。

つりあがった目とワシ鼻がエキゾチック
つりあがった目とワシ鼻がエキゾチック

イメージの世界を空中に引っ張りだす

宝塚大劇場付近の国道176号線から清荒神へ抜けるなだらかな坂の途中に、升田さんのアトリエ『アートーン』があります。JR線の高架など現代的インフラの傍にぽつりと佇む古民家は、阪神淡路大震災を耐えぬいた家屋なのだとか。木枠で細かく区切られた窓ガラスや飴(あめ)色の柱が、昭和世代には懐かしく、若い世代ならエモいと声をあげそうな空間です。

生き延びたとはいえ地盤は震災でダメージを受け、アトリエとしてオープンする際には床の傾きを補修したと言います。
「でも、窓際の廊下は傾いたままです」
と升田さん。その朗らかな笑顔に、充実した制作活動がうかがえます。

古民家をリノベーション
古民家をリノベーション

子供のころから絵を描くのが好きだったという升田さん。グラフィックデザイナーとしてのキャリアをスタートさせたあとも、絵は描き続けていました。

ある時、紙に描いたドローイング(線画)をなんとかして空中に引っ張り出せないかと考え、思いついたのがワイヤーアートです。最初の作品は「わりとすぐ形にできた」そう。

はじめは友人や有名人の似顔絵をつくっていましたが、後にダンサーとしても活動を始める中で世界が広がり、現在は、人間や動植物など「生物」をモチーフにした作品を発表し続けています。

世界のケン・ワタナベ。似てますね!
世界のケン・ワタナベ。似てますね!

世界をつくっては壊す『維新派』時代

美術家、グラフィックデザイナーとしてだけではなくダンサーとしても活動する升田さん。きっかけは、デザイナーを始めたころにたまたま観劇した『維新派』(2017年解散)の舞台でした。
独特な台詞回しとダンス、多人数が同時に動くことで生み出される壮大な世界観に衝撃を受け、その後オーディションに合格してメンバーとなります。

村上春樹の『羊をめぐる冒険』にインスパイアされた羊
村上春樹の『羊をめぐる冒険』にインスパイアされた羊

『維新派』のもう一つの大きな特徴は、役者・スタッフが数ヵ月をかけて更地に巨大な野外劇場を建設すること。メンバーたちの食事を賄う飯場まであり、公演時だけの「異空間」が出現するのだそう。そして、公演終了後にすべてが解体され、劇場空間はまったくの更地に戻されます(『維新派』オフィシャルホームページより)。
主宰者である故・松本雄吉氏がイメージする世界をゼロから創り出し、そして壊す。虚構の世界に生き、刹那の命とその喪失という体験を繰り返す日々が、升田さんの世界観に大きな影響をもたらしたことは想像に難くありません。
海外公演も経験し、2004年に大阪南港で上演された『キートン』のタイトルロールであるキートン役を演じたことがひとつの区切りとなり、自分なりのアートの世界を極めたいと、2008年に退団してフリーで活動を始めました。

一筆書きで描くユートピア

『維新派』のメンバーとして表現の場を得ながらも、ワイヤーアートは作り続けていたという升田さん。その創作の原点は、自分の中にある「問い」だと言います。

升田さんの作品には、しばしば人間のほか、花や木の葉、蝶そして鳥、ウサギなど複数のモチーフが同時に登場します。

女性の髪が草や花へとつながっていく
女性の髪が草や花へとつながっていく

それぞれ独立した存在を一筆書きで描くことで、互いがつながり、必要とされる世界が浮かび上がってきます。

花と蝶と鶏
花と蝶と鶏

生命のつながりに対するまなざしは、
「もしかしたら、人間はすでに生命のつながりから外れてしまったのではないか」
という問いから生まれたもの。
その問いは「人間はこのまま滅びるのかも」という漠然とした危機感をはらんでいます。
問いに向き合い、人間のからだから植物が芽生える『再生』を発表するなど、あるべき世界を模索しつつも、万物が共生するユートピアという「絵空事」を描くことに、ためらいを覚える時期もありました。


そんな中で思い出したのが、中学生の頃にバチカン市国で観たミケランジェロの『最後の審判』です。

再臨したイエス・キリストが、天国か地獄行きかと死者を裁定する様子は、現実では決して見ることのできない世界。けれど多くの人が訪れて、信仰の拠り所となっています。
想像上の場面が、実際に描き出されることで観る者の心に真実として宿る。その事実に励まされ、以来、自身がイメージする世界を描くことに迷いがなくなったそう。

愁いをおびた表情が胸に迫る
愁いをおびた表情が胸に迫る

人間以外の生物の存在を忘れ、土の手触りや頬をなでる風すら遠くなってしまった現代に抗うように、升田さんの作品は異世界を感じさせつつ、どれもリアルな生命力に満ちています。

Life in the flow―細胞は日々変化している

今回の個展『Life in the Flow-生々流転-』は、生命を流動的なものとしてとらえ、その流れを描く意欲作です。

『生々流転』(c)升田 学
『生々流転』(c)升田 学

さなぎから蝶へとまるっきり姿を変えてしまうメタモルフォーゼや、女性の体内で細胞が分裂、変化して胎児が形づくられる生物の神秘に魅かれるという升田さん。そのまなざしは、ダンサーとしてのたぐいまれな身体感覚と相まって、身体を構成する細胞へとフォーカスされていきました。

たとえば、豊かな髪がたなびき、泡(うたかた)に包まれた女性は、羊水に満たされた胎内にいるようでもあり、巨大な試験管のなかにいるようにも見えます。もしかしたら、人生の時間という長い河の流れを漂っているのかもしれません。
結跏趺坐(けっかふざ)のフォルムや菩薩を思わせる表情は「写仏」の影響があるのかも、と升田さんは言います。

結跏趺坐に組まれた足
結跏趺坐に組まれた足

イラストレーターでもある住職とのご縁から、京都・瑞泉寺の当麻曼荼羅(たいままんだら)に魅せられて、月一回ワイヤーを持ってお邪魔し、写経ならぬ写仏を続けているのだそう。

当麻曼荼羅の写仏 (C)升田 学
当麻曼荼羅の写仏 (C)升田 学

仏教に関心はないそうですが、極楽浄土とともに大乗仏教の経典の一つである『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』を、絵を使ってわかりやすく紐解いた当麻曼荼羅は、升田作品と強く響きあうものを感じます。

当麻曼荼羅と同じ空気を感じます (c)升田 学
当麻曼荼羅と同じ空気を感じます (c)升田 学

いつもと同じ時間を過ごしているようでも、私たちのからだのなかでは、刻々と細胞が生まれて死んでいく。アトリエで拝見した作品は今回の個展のごく一部ですが、升田さんの手で空中に引っ張り出された喪失と再生の物語は、文句なく美しく、静かな感動がありました。

『水の行方』
『水の行方』

個展は神戸で11月9日から

会期は2024年11月9日(土)~11月17日(日)まで、神戸市中央区の『アート○美空間Saga』にて開催されます。
また、11月10日にはオープニングLIVEパーティも開催。音楽家2人と升田さんとのコラボレーションライブや「即興」をテーマにしたトークショーが、美味しい料理とともに楽しめるそう(定員25名:要予約)。
詳細は、Instagram等でご確認ください。


いかがでしたか。一本のワイヤーから生まれる美しい物語。この機会にぜひ体感してみてください。

関連情報

アートーン

■ 場所:兵庫県宝塚市清荒神1-2-37
■ 電話:0797-98-0260
公式ホームページ
公式Instagram

升田 学 ワイヤードローイング展 生々流転Life in the Flow
■ 2024年11月9日(土)~11月17日(日)(会期中無休)
■ 11:00~18:00(11月10日のみ17:00まで)
■ 於:アート○美空間Saga
神戸市中央区下山手2-13-18 観音寺ビル1F
Tel: 078-321-3312
Mail: info@saga-beauty.com

オープニングLIVEパーティ
■ 時:2024年11月10日(日)
    17:00〜20:00
■ 出演:KAOLUNONOMATH、柴田知佳子、升田学
■ 料理:tomomi
■ 料金:¥2,500

地域情報発信ライター(宝塚市)

カフェ、庭園、美術館、ときどき神社。新しい出会いを求めて、カメラ片手に足の向くまま、気の向くまま。歴史のあるまち、宝塚の「いま」をお届けします。執筆記事のアザーカットをInstagramで公開中。

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