北朝鮮が国防展覧会を開催、登場した新型兵器を分析
北朝鮮は10月12日、前日の11日に平壌の三大革命展示館で国防発展展覧会「自衛2021」が開幕したと発表しました。金正恩総書記が視察に来ており、各種新型兵器が大量に展示されています。
公式発表文には各兵器の詳しい解説は無く、写真に写った説明ボードも解像度の問題から文字は読み取れず推測の部分が多くなりますが、発表写真から確認できる兵器は以下の通りです。
- 「
火星16」ICBM(仮称。TEL有り)追記:正式名は火星17と判明 - 「火星15」ICBM(TEL無し)
- 「火星12」IRBM(TEL無し)
- 「火星8」HGV(TEL有り。TELの運転席が初確認の形状)
- 「北極星5」SLBM
- 「北極星1」SLBM
- 「謎のSLBM」(初登場。北極星1の隣に配置。グリッドフィン)
- 「謎のミサイル」(初登場。北極星5と火星12の間に配置)
- 「イスカンデル型」SRBM
- 「イスカンデル拡大型」SRBM
- 「ATACMS型」SRBM
- 「鉄道発射式弾道ミサイル」SRBM(イスカンデル型)
- 「新型2段式長射程地対空ミサイル」(2段式)
- 「謎の細長い発射筒のミサイル」(2020年のパレードから確認)
- 「新型巡航ミサイル」(5連装発射機)
- 「300mmロケット」(12連装の装輪型発射機)
- 「600mmロケット」(超大型放射砲。4連装の装輪型発射機)
- 「600mmロケット」(超大型放射砲。6連装の装軌型発射機)
- 「新型戦車」(M1エイブラムスに酷似)
- 「新型装甲車」(ストライカーMGSに酷似)
- 「新型装甲車」(ストライカーATGMに酷似)
- 「新型自走榴弾砲」(西側の車両に近い雰囲気)
- 「新型短距離自走地対空ミサイル」(トールに酷似)
- 「76mm艦載速射砲」(OTOメララのステルスシールド砲塔に酷似)
- 「金星3」地対艦ミサイル(8連装の装軌型発射機)
国防発展展覧会「自衛2021」を伝える北朝鮮の公式発表写真から現時点で確認できたミサイルなどの大型兵器は以上の25種類です。実際には写真に写っていないだけで他にも置かれている展示品は幾つかあるでしょうから、もっと種類は多い筈です。(小型兵器も含めると数倍以上)
今回は派生型ではない完全な新型ミサイルの初登場が2種類確認されているので、先ずはその2つから紹介していきます。
【用語解説】ICBM(大陸間弾道弾)、IRBM(中距離弾道弾)、SRBM(短距離弾道弾)、SLBM(潜水艦発射弾道弾)、HGV(極超音速滑空ミサイル)、TEL(輸送起立発射機)、装輪(タイヤ)、装軌(クローラ)、放射砲(多連装ロケット発射機の北朝鮮式の言い方)
なお地上展示兵器とは別にMiG-29戦闘機とSu-25攻撃機による飛行展示(派手な電飾が施され赤青緑の三色に光り輝く)、ヘリコプターからの花火投下(軍用フレアではない二色以上の光を放つ)、国旗を付けたパラグライダー降下兵のパフォーマンス、兵士の格闘技の瓦割りなど、軍事パレード並みの派手な演出が行われています。
謎のSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)
SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の北極星5と北極星1の手前に、初めて見る謎のミサイルが置かれています。置かれているコーナーから謎のミサイルもSLBMだと思われますが、北極星1よりも小さなミサイルです。
謎のSLBM(拡大写真)
謎のSLBMは最後部にグリッドフィン(格子状の翼)の操舵翼を持ちます。ノーズコーンの形状は2段階に角度が変化するイスカンデルと同じバイコニック(bi-conic)型を採用しています。そして1段式の固体燃料ロケットと推定できます。
北朝鮮のSLBM開発は大型化してグアムや米本土を目指す中長距離のものとは別に、対日本・対韓国用の短距離のSLBMを用意している可能性が出てきました。
ただし、グリッドフィンは既存の北極星シリーズで採用されている形式ではありますが、イスカンデルのような滑空飛行を行うには向いていない筈で(出来ないわけではない)、両方の特徴を組み合わせたのは少し意外な感じがします。
謎のミサイル(機動式弾道ミサイル)
一部しか写っていなかったのですが、北極星5と火星12の間に謎のミサイルが置かれています。見える範囲では三角形のフィンが確認できるのと、弾体は鋭い角度の円錐形をしているように見えます。これは一体なんでしょうか?
追記:謎のミサイル全体の映像が判明
12日夜に朝鮮中央通信(KCNA)から新たな放送があり、謎のミサイルの全容が分かりました。細いフィン付き弾頭部は分離し滑空機動を行う、アメリカのパーシング2によく似た機動式弾道ミサイルです。北朝鮮は精密誘導打撃が可能な中距離級の弾道ミサイルを試作していたことになります。ただしこのミサイルは試射を行っていないようです。
火星12より二回りは小さく、ノドンに近い大きさのように見えます。
「火星8」極超音速滑空ミサイル
北朝鮮が9月28日に試射した極超音速滑空ミサイル「火星8」が早速公開されました。ミサイル全体の大きさは隣に置かれた火星12より長く、火星15より短い範囲です。
火星8の滑空弾頭は円錐形ではなく三角形断面に近く、操舵翼は4枚あるように見えます。これは中国の極超音速滑空ミサイル「DF-17」の滑空弾頭と基本構成がよく似ています。ただしDF-17よりも滑空弾頭が太短い印象です。
ブースターのロケット部分は火星12の転用が濃厚になりました。それは火星8が全力を発揮したら中距離級の射程になることを意味しています。
なおTELの運転席の形状が従来の火星12や火星14のTELと異なっていますが、おそらく火星12のTELをベースに改造されています。
追記:火星8の別アングルが判明
複数のアングルからの映像を照らし合わせて確認した結果、火星8のTELは6軸12輪型(ムスダンおよび火星12で使われたもの)と判明しました。ただし運転席の形状を火星14のTELに近い形状に変更されてあるようです。
滑空弾頭は下面が平らで、円錐ではないウェーブライダー形状が確認できます。
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新型2段式長射程地対空ミサイル
北朝鮮が9月30日に試射した新型地対空ミサイルも早速公開されていました。大型の地対空ミサイルで2段式は確定です。なお2発のミサイルが展示されていますが、それぞれブースターの長さが違うのかもしれません。
翼は4枚1組みで、4組み合計16枚あります。どれが操舵翼でどれが安定翼かは写真の解像度が低いので判別はできません。判明したのは北朝鮮の説明する新型地対空ミサイルの「쌍타조종기술(双舵制御技術)」は、日本陸上自衛隊の03式中SAM初期型の「双翼操舵方式」と同じ意味合いのものだろうということくらいです。2組みの操舵翼を同時制御する方式です。
北朝鮮の新型地対空ミサイルは翼の枚数だけならイスラエルの「ダビデスリング」地対空ミサイルと同じですが、ミサイルの大きさがまるで違います。役割も全く違うので、そのまま参考にされているようには思えません。
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鉄道ミサイル(イスカンデル型)
北朝鮮が9月15日に試射した鉄道ミサイルが少しだけ写っていました。奥の方で見え難いですが、イスカンデル型の短距離弾道ミサイル2本を向き合うように互い違いに搭載した鉄道貨車が確認できます。
これは展示館に鉄道車両を持ち込むという大変な作業を行っていることになります。近くに線路はありますが、約2kmは大きな道路を経由して移動する必要がありそうです。
なお手前の方にせっかくイスカンデル拡大型が置いてあるのですが、鉄道ミサイルのイスカンデルは奥の方に置かれてしまい、大きさの比較が困難になっています。
追記:鉄道ミサイルの全容
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新型巡航ミサイル
北朝鮮が9月11日と12日に試射した新型巡航ミサイルも少しだけ写っていました。大きなブースターと尾部の操舵翼3枚中2枚が見えています。
追記:新型巡航ミサイルを前方から
塗装色違い?
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「火星11」短距離弾道ミサイル(ATACMS型)
記念撮影の背景パネルに2019年に発射されたATACMS型短距離弾道ミサイルの写真が写っていますが、正式名称が記載されていました。
지상대지상탄도미싸일 (地対地弾道ミサイル)
《화성포-11나》형 (「火星砲-11나」型)
数字の11の右にある「나」は日本語の発音にすると「ナ」になりますが、何を意味するのかは不明です。何らかの記号なのでしょうか?
日本語の「イ・ロ・ハ・二…」に朝鮮語で相当するものが「가・나・다・라…(カ・ナ・タ・ラ…)」になります。英語なら「A・B・C・D…」です。もしも「나(ナ)」が2番目の文字という意味なら、英語でいうB型やMk.2に相当しているのかもしれません。
ただし現時点でイスカンデル型の正式名称は判明していません。
こちらは展示品のATACMS型短距離弾道ミサイルです。形こそはアメリカのATACMSに似ていますが、大きさは全く異なるほど北朝鮮版の方が遥かに大きいミサイルです。イスカンデルに近い大きさがあります。
追記:ジェットベーン装着部を確認
ATACMS型の最後尾の操舵翼後方に突出部が確認できますが、此処の内側にはジェットベーンを装着していると推定できます。ジェットベーンはアメリカ製ATACMSには付いていない部品なので、「北朝鮮版ATACMSはATACMSではない(技術的にはイスカンデルの派生型)」という筆者の推定は答え合わせが出来たと思います。
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火星16改め火星17
《화성포-16》형
《화성포-17》형
映像が上部で切れて文字が下半分しか判明しませんが、数字の部分が16は有り得ないことが分かります。
実は昨年パレードで登場した11軸22輪TELの超大型ICBMの名称はこれまで北朝鮮は一度も言及して来ませんでした。「火星16」とは欧米の研究者が勝手に予想して名付けていた名前で、仮称に過ぎなかったのです。
《화성포-17》형 (「火星砲-17」型)
今回の映像で実際の正式名称は「火星17」であることが判明しました。火星16は別のミサイルに割り当てられています。あるいは試作型に命名されて既に不採用なのかもしれません。
300mm大型ロケット弾(12連装)
手前に12連装の多連装ロケット車両が写っています。300mm大型ロケット弾自体は以前から既に知られている存在ですが、発射機は8連装のものが知られていました。12連装の車両は記憶にありません。トラックのタイヤも1軸分増えており、おそらく初登場の新型発射機です。訂正:2020年10月10日の軍事パレードで12連装車両が登場済みだったことが分かりました。
なお直ぐ後ろに居る5連装発射機は新型巡航ミサイルの発射機です。更にその後方の奥には鉄道ミサイルの貨車が見えます。
一部の中長距離ミサイルのTEL不在の疑問
今回登場した中長距離級の大型ミサイルについて、火星17と火星8だけがTELと一緒に登場し、火星15と火星12はTEL無しでミサイルのみ登場しています。これは一体どうしてなのでしょうか?
SLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)ならばTEL無しなのは当然ですが、地上移動式でTELを用意しない理由がよく分かりません。試作中あるいは模型なら分かりますが、火星15と火星12は実戦配備されたと推定されている弾道ミサイルです。他の短距離弾道ミサイルや巡航ミサイル、多連装ロケットなどの地上移動式は全てTELを連れて来て展示されています。それどころか鉄道ミサイルは鉄道車両を展示会場に持ち込むという大変に手間の掛かる真似までしています。
根拠の乏しい推定になりますが、北朝鮮の中長距離ミサイル用の大型TELは、動かせるものが整備の都合上などで展覧会の時点ではこれだけしか用意できなかった、運用面で苦労している可能性が考えられます。
あるいは運用可能数を秘匿するためにわざと展示する数を抑えた可能性もあります。
なお今回も「火星14」ICBMと「ムスダン」IRBMは新型兵器であるにもかかわらず登場していません。この2種類のミサイルが姿を見せなくなってから随分と年月が経ちます。おそらくこれらはミサイル開発の過渡期の存在で、後から登場した火星15や火星12に正式採用の座を奪われて不採用になっているのかもしれません。