2026年以降に多くの人たちが屈辱的に職場を追われることになるかもしれない
日本版DBSが準備中
いわゆる日本版DBSが本年6月に成立し、2026年の実施に向けて現在準備中だという。
- 学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律 | e-Gov 法令検索
日本版DBSとは、性犯罪前科をチェックして、該当者が学校や幼稚園、保育所などの教育関係の職業に就くことを制限する仕組みである。イギリスのDBS制度を参考にしたため、「日本版DBS」と呼ばれている。
- 簡単にいえば、たとえばAさんがB幼稚園に就職を希望する場合は、まず子ども家庭庁に「犯罪事実確認書」の交付申請を行なう。すると、子ども家庭庁は前科情報を管理する法務省に紹介を行ない、確認書をAに交付する。Aは、2週間以内に内定などを辞退すれば、この確認書はB幼稚園の事業者には交付されない。
- こうして、性犯罪前科のある者が教育現場で就労することが防止され、就労希望者が就職を諦めれば個人の性犯罪前科が民間に流れることはない。日本版DBSとは、このような仕組みである。
問題は、この制度が就労希望者だけではなく、今働いている現職者にも適用されることである。
- 現職とは、直接雇用だけでなく、派遣・業務委託・ボランティアなども含まれる。また一度性犯罪歴を照会した従業員についても、その後5年ごとに定期的に前科照会をしなければならない。
- 現職については、施行日から3年以内の政令で定める日までに確認しなければならない。
2026年以降、現実化する問題
性犯罪に関する前科とは、不同意わいせつ罪や不同意性交罪などの典型的な刑法上の性犯罪だけではなく、痴漢などのいわゆる迷惑防止条例違反も対象となる。
日本版DBSでは、現職に対しても、罰金の場合は10年前にまで遡って定期的に繰り返し性犯罪前科をチェックすることになっている。そして該当者に対しては、事業者が配置転換を行なうことや退職処分なども許容される。
ここで大きな問題になるのは、冤(えん)罪である。
- たとえば通勤途上の電車内などで痴漢と間違われ、無実を証明することが難しいので、示談や罰金などで済まし、しぶしぶ痴漢の疑いに同意したケースが多いといわれている。これが実際にどれくらいあるのかは分からないが、大きな社会問題になっているほどである。当然、その人たちにも性犯罪の前科は残っている(ただし刑法上は、罰金の前科は5年で消える)。
学校や幼稚園、保育所などで働いている人は、230万人はいるといわれている。塾やスポーツクラブなどは、この制度が適用されたことの認定を受けることができる。これらの業種を含めると、就業者は400万人を超える。この中に痴漢冤罪の被害者がどれくらいいるかは分からないが、おそらく相当な数であることは間違いない。
さらに深刻な問題もある。
普通「児童」という言葉で思い浮かべるのは、小学生や幼稚園児などだろう。ところが、法律は児童を「18歳未満」としている。したがって、高校生や中学を出て働いている者も「児童」である。かれらがアルバイトなどで働いていて、その職場に「支配性・継続性・閉鎖性」があれば、そこで働く「児童」を性犯罪から守るためにDBSの適用職種を広げるべきだといわれている。つまりそれは、そのような職場の従業員も定期的に性犯罪前科のチェックを受けなければならないという主張である。その数がどれくらいあるのか、またその中に痴漢冤罪者がどれくらいいるのか、想像するだけでも気が遠くなる。
ある日、突然「性犯罪者」に
真面目に働いていた人が、ある日突然、職場で「性犯罪者」と認定され、配置転換や退職を余儀なくされるのである。とくにその中の痴漢冤罪被害者たちの名誉回復は絶望的である。
国会中継を見ていたが、国会議員はもとより、参考人のだれ一人としてこの問題に触れた人はいなかった。性犯罪前科情報を将来の性犯罪の予防に使うという発想じたいに根本的な問題があると思うが、このような重大問題について、子ども家庭庁はどのように考えているのだろうか。初犯か(前科のある)再犯かにかかわらず、そもそも性犯罪が実行されにくい職場環境をどう作るのかに知恵を絞るべきではないのか。そもそも教育現場で起こっている性犯罪の圧倒的多数は、前科のない初犯者によるものなのである。(了)
■日本版DBSに関するその他問題点については、次の拙稿を参照してください。